LA - テニス

05-07 PC短編
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---音楽を鳴らす



*「歌う声」続編





Amazing grace, how sweet the sound,
 驚かんばかりの大いなる恵み

That saved a wreck like me.
 私のような罪人さえ救ってくださる

I once was lost but now I'm found,
 かつて、我を見失い、彷徨いし私を

Was blind but now I see.
 今は、光で導いてくださる





昼休みの度に、彼女に会いに行く。
君でなければならない用があるから…

「また来た…」
「何度でも来ますよ?貴方からの返事を頂くためなら」
「だから、断ったろ?」

彼女は怪訝そうな顔をして、神聖なる礼拝堂で喫煙を始める。
自分の声帯ことなど考えない行動。
僕はいつもの如く、それを頑なに邪魔をする。

「ココでは許されない行為ですよ?」

初めて会った時と変わらぬ様子で、彼女はココにいた。
いつもいつも、昼休みの度にココへ…
誰も立ち寄ることのない礼拝堂は、彼女にとっての救いの場。

「そんなコトを言うためにココに来てるわけ?」
「いえ。貴方とセッションしたくて来ているんですよ」

あの日から、彼女に捕らえられた日から
ずっと、僕は夢を見続けている。
"トンビ"だと言われ続ける彼女を羽ばたかせる夢。

「何度も断ってるでしょ?」
「それでも、貴方じゃないとダメなんです」

半年に一度、この礼拝堂が一般に解放される。
その日だけは特別な日で、学校側が用意したイベントが行われる。
選ばれた生徒たちがココで賛美歌を歌うというイベント。
自主的な参加を求めることで、年々参加者は減っていくという。
そこで僕に、あのパイプオルガンの演奏を依頼して来た。
演奏を、歌を聴かれるのが嫌いなのは、彼女だけじゃない。
だけど、この場を使って証明するためなら…

「貴方にも声は掛かっているでしょう?」
「…アレね」
「一人では心細いですし、僕と……」
「それも、もう断ったから」

彼女はいい加減、げんなりしていた。
勝手に期待されて、希望を持たれていたコトに。
音楽とは掛け離れて、未だに否定し続けても付き纏ってくるコトに…
音楽一家というのも大変なコト。だけど…

「逃げていても仕方ないですよ」

礼拝堂に置かれたパイプオルガンは持ち腐れていた。
彼女に秘められた才能もまた、第三者によって押し潰されている。
そんなの、僕には許せなかった。

「貴方の中の音楽を否定することは簡単でしょうね」
「ええ。いつも私じゃない誰かがしてくれるから」
「だけど、逃げて否定し続けるのは辛くないですか?」

誰も居ない礼拝堂で一人歌う姿。
歌声はいつも伝えていた。

「歌うのは…お好きでしょう?」

否定しても、否定しても、ココで存在をアピールしている。
こんな矛盾が、どこにあるというのでしょう。
こんなにも美しく、神に愛された歌声…

「否定し続けても良いことはありません。ですから、敢えて振り切って登るべきだと思います」

彼女は何も言わず、去っていった。
この日を境に彼女はココに現れなくなった。




Amazing grace, how sweet the sound,
 驚かんばかりの大いなる恵み

That saved a wreck like me.
 私のような罪人さえ救ってくださる

I once was lost but now I'm found,
 かつて、我を見失い、彷徨いし私を

Was blind but now I see.
 今は、光で導いてくださる




一般礼拝前、僕の部活動停止が決まった。
放課後に自分で決めた曲を練習するよう、指導されたから。
その時に、パイプオルガンに触れるのは僕だけだと聞かされた。
そして…一般礼拝にて人前に出るのも僕だけだ、と。

音楽推薦でココへ来た者たちは、目先のコンクールの方が大事。
部活動をやっている者たちもまた、目先の大会の方が大事。
そんな理由を提示するから…彼女の居場所がなくなっていく、そんな気がした。

ポーンと鳴らしたオルガン。
誰もコレに触れようとしないから、寂しそうな音を響かせる。
何のために存在しているのか。まるで、そう問い掛けるかのように…

「断らないから、こんなコトになるのよ」
「…志月さん?」
「世話ないわね」

舞台の緞帳から顔を出したのは、間違いなく彼女だった。
溜め息をついて、身軽に舞台から降りて…

「…セッション、したげるわ」

最初に目にした時と変わらない様子。
声とそぐわないキツい口調と態度。
その目は鋭く、まるで弱者を見下すような…
それでも彼女は言った。小さな声で、でも確かにそう言った。

「…どんな心境の変化かは知りませんが、有難いです」
「別に…アンタのためじゃないわ」

短いスカートをなびかせて、僕の傍へ一歩ずつ…
今まで、こんな光景があっただろうか。

「両親の帰国が決まったわ。私を蔑みに来るそうよ」
「え…?」
「悔しいから、それを否定してやるコトにした」

"アンタの言葉も癪だけどね"
彼女はそう付け加えて、オルガンに一番近い椅子に腰掛けた。
理由はどうであれ、夢が叶う瞬間が訪れる。

「曲は?Pie Jesu以外にして」
「Pie Jesu以外で?」
「教わったヤツなんか歌わない」

捻くれた発想で、でも真っ直ぐな目…
もしかしたら、起こしてはならないモノだったのかもしれない。

「Amazing graceはいかがでしょう?」




Amazing grace, how sweet the sound,
 驚かんばかりの大いなる恵み

That saved a wreck like me.
 私のような罪人さえ救ってくださる

I once was lost but now I'm found,
 かつて、我を見失い、彷徨いし私を

Was blind but now I see.
 今は、光で導いてくださる




我を見失い、彷徨いしモノを…
今は、光で導いてくれた。




ゼロから始めた放課後の練習。
彼女は異様なまでのペースでモノにしていた。
曲も、歌詞も、内容も…全てにおいて早い暗記。
すぐに僕と合わせるコトが出来ていた。


礼拝堂に響くパイプオルガン。
それに合わせて響く、彼女の声…
夢舞台はもう間近に迫っていた。



◆Thank you for material offer Greenland
御題配布元 BERRYSTRAW 学園ラブ2 5のお題「キミと過ごした放課後」


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