LA - テニス
□TRAGIC LOVE
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死を、覚悟したつもりだった。
いつかまたどこかで
「大丈夫ですか?」
それなのに、自分の口から出て来た言葉はまるで正反対もので…こんな時でも死にたくないと思う自分が居た。
もう、誰にも届かないであろう言葉。もう、誰にも響かないであろう言葉。
それを口にした時、目の前に居たはずの人が遠くへと飛ばされているのが見えた。
「怪我はないですか?」
真っ赤に染まった服、もう変色しかかった刃が確かに目の前にあって…私は大声で叫んでいた。「誰か助けて!」と。
こんなにも荒れて、こんなにもおかしくなってしまった世界で私は誰かに助けを乞う。泣きながら、発狂しながら。
私は、こんなにもおかしくなった世界でたった一人となった気分で居た。だけど、
「……行きましょう。此処は危険です」
温かな手。怖気づいて動くことさえままならない状態の私を見捨てないでくれるぬくもり。
誰とも知らない人が、私の手をひいて歩き始めていた。
世界は一瞬にして変わった。
科学が、技術が進むことは決して悪い事では無かったはずなのに今となっては憎い。
所詮、その程度のもので回避することの出来ないものに果敢に立ち向かう人など最終的には居なくなった。
「意味なんて無い」そう有名な人が告げた瞬間から世界は壊れた。此処は生命の有無に問わず、見放された。
「……もう、大丈夫ですよ」
悲しそうに笑う、人。ようやく顔を上げて見ることの出来た人の印象だった。
誰とも知らない人の手。温かな手。無意識に私が強く握り締めていたことに気付く。
「最後の最期に犯罪に手を染めるなんて…可哀想な人だ」
「……っ」
「そんな人に貴女まで手を掛けられなくて、良かった」
背の高い、人。ぼんやりと眺めた姿。
もっとまともな時に出会っていたならば…キャーキャー大はしゃぎするくらいの容姿の持ち主だ。
新手のナンパから助けてもらっただの何だの理由をかこつけて連絡先を聞く価値のある、人。
祐希にも「すっごい格好良かったのよ」って話したりして…それなのに…何でこんな風になってしまったんだろう。
「うく…っ」
「大丈夫…大丈夫ですよ」
人の狂気は、何処からやって来たんだろう。
私の涙は、何処からやって来るんだろう。
ゆっくりと堕ちていった魂は、何処へ行ってしまうんだろう。
「祐、希っ」
「……」
「祐希!何で!何で…!」
「……っ」
気付いた時には真っ赤だった。
目の色が、消えてった。何かを告げようとしていた唇が、動かなくなった。
ホンの数秒の出来事。ホンの数分前には確かに私の傍で感じてたぬくもり。それが色も無く消えた。
ホンの一瞬。たった一歩の偶然が、私と祐希を裂いた瞬間だった。
「……もっと、早く俺が来てれば」
私は叫んだ。祐希も叫んだ。死を、覚悟していたはずなのに…乞うた。
まだ、此処がある限り生きていたいと、届かぬ願いを、届かぬ助けを乞うた。
こんな結末があっていいのだろうか。
楽しく笑って、最後の最期まで共にあることを願ったのに。
彼女は消えた。これから起きる一瞬より先に、消えてしまった。
「祐希!祐希祐希!」
大事な友達。私の目の前で消えていってしまった。
そんなこと望んでない。そんなこと望んでなんかない。こんな風に、なんて…望んでなかった。
泣いて、泣いて、泣いた。
気付けばその知らない人が一生懸命私を抱き締め、同じように泣いていることを知った。
誰とも知らない人。私を助けてくれた、人。
「ごめん、なさい…っ」
こんな世界になって、初めてすがった。
強がるでもなく、抗うでもなく、素直にすがってただ泣いて謝った。
どうしようもないこと、誰にも何も出来ないこと、従うしかなくて全てを諦めた。
それでも小さな願いを持って最期へ向かう途中、あっけない最期を見た。それが、どうしようもなく辛い。
「ごめん、なさ、いっ」
「……もう、泣かないで」
誰が、こんな世の中に変えてしまったんだろう。
こんなにも脆い世界。こんなにも無常な世界。少し前まではこんなにも狂気に満ちてはなかったのに。
「君も、同じところへ行けますよ」
「え…?」
「もう、時間ですから」
見せられた腕時計が、例の時刻を差しつつあった。
「……いつかまたどこかで、会いましょうね」
「ま、待って!私まだ…!」
閃光は綺麗で眩しくて、一瞬にして全てを飲み込んだ。
-いつかまたどこかで-
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The End of the World 第3号(101213)