LA - テニス

2008-2011
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〜聴かせてみたい



とても、懐かしいカンジがした。
一生懸命取り次いでようやく漕ぎ着けた約束だったのに、たった1本の電話で全てが泡となった頃と似ているなーって思った。
約束した時間の1時間前がいつも怖かった。律儀な人だったからギリギリまで約束を優先しようとしてくれて…最終的に私が出掛ける直前に連絡をして来てたんだ。

『すまない。今日は行けそうもない』
『悪いが今度埋め合わせはしよう』
『もう出掛けたか?実は…』

この1時間前という時間が、私は嫌いだった。
いつもテニスが大事で他は二の次で、色々なものから順位を付けた時に最後になるのは「彼女」なんだと思い知らされる瞬間。
それでも別れを切り出さなかったのは…それでもしがみ付いていたかったからだと今なら分かる。それくらいあの頃から比べて年を重ねた。

悲しくて悔しくて泣いた日々から随分時間は経った。
そして、彼からの突拍子の無い告白からも時間は経った。
それでも私はまだ一人、日本に取り残されたままだった。

結局、前と変わらない状況が続いてて…でも時折、思い出したかのように彼から連絡が入って私を驚かす。
「元気か?」と問われれば嘘でも「元気」だと答える自分。「変わったことはないか?」と聞かれれば「いつも通り」と答える自分。嘘吐きだと思う。

『イブには日本に戻る』
『20時頃にはそっちに行けるだろう』
『自宅で待つように』

この言葉を最後に、彼との連絡は途絶えていた。
「結局好き放題で放置かよ、あのテニス馬鹿が!」と友達みたく叫べるくらいの強い心があれば良かったのに、私は何も言えなくてただ時間に身を委ねるだけ。


私は、今もこの1時間前が嫌いです。


どんなにオシャレしてもどんなに気合を入れても無駄になって来たことは忘れることは無くて、急に出来た空白の時間を簡単に埋めることが出来なくて膝を抱えて泣いたことも忘れることは出来なくて、今も、不安で着飾ることが出来ずに何も出来ずにただ膝を抱えている。

「……卒業、しとけば良かったのかな」

後悔にも似た、出来もしない想いが込み上げて来る。
何とも言えない感覚で眠れない日がある…なんてことはないけど、不安定な自分が何かに押し潰されそうで怯えることはある。

そんな時は大抵、「あの日」を思い出しながら家を出ることにしていた。

コンビニに出掛けようとして玄関を開けたら手塚くんが居た日、また付き合おうと言ってくれた日、そして…ひとしきり泣いてグチャグチャの顔のまま彼と結局コンビニまで買い物に出掛けるハメになった、あの日。
もしかしたらサプライズでまた玄関先に居るかもしれない、と何度も甘い夢を抱いては現実に引き戻されてしまうけど…それでも良かった。
鮮明な記憶として残ってたから。それだけで状況は少し良くなってた。

適当に着合わせた服の上からコートを羽織って、あの日と同じように思いっきり玄関を開ければ…そこには手塚くんの姿は無かった。
当然と言えば当然のことで、それでも期待していた私に笑った。



コンビニで買いたいものなんか無く、無駄に店内をウロウロしてコーヒーだけ買った。
どんどん寒くなって来る季節、馬鹿みたいにコールドの缶コーヒーを手にしていた私に店員は「え?」という顔をしていたが特に気にしなかった。
この冷たさが、手を伝って感じられるものが自分を冷静にしてくれる。
だから敢えてコールドを買っていたことを知る由もない店員は、わざわざコレ一つのために袋を取り出し入れてくれた。
有難いのか有難くないのか…そんなビニール袋をぶら下げてトボトボ歩く道のり。

「……何か、キツいなあ」

自然と口から零れたのはそんな愚痴。また家に着いたら不安な時間が、不安定な時間が私を待ちわびているのかと思うと憂鬱になる。

「往復5分のエリアでリタイアか?」

確かにそれくらいの距離しかないね。でも、そういう意味でキツいんじゃない。もっと複雑なものがあってキツいんです。

「これからは少し移動でも歩いた方が良さそうだな」

失礼な。こう見えてもスーツにパンプスで一駅分くらいは歩いてます。だから、そういう体力的なものじゃないんだって。

「……待たせたから、振り向かないのか?」

はた、と何かに気付いて振り返った自分。
でも…後ろには誰も居ない。道の向こうにさっきまで居たコンビニが見えてる。

「折角振り返ったのに…結局居ないんじゃん」
「いいや。運悪く逆から俺が前に移動してしまったようだ」
「え?」

……居た。

「夜にフラフラするのは感心出来ないな」
「……」
「それに携帯を鳴らしたんだが持ってなかったのか?」
「……」
「おい、本当に具合が…」
「……て、づかくん?」

大きなバック、大きな手塚くんが居る。


「ただいま」

ちゃんと居る。それを確かめるために伸ばした手が彼に触れた。
温かいとか冷たいとか、そういったものを確かめるわけでもなくただ純粋に存在を確かめた。此処に居ることだけを確かめたかった。

「……待たせて悪かったな」

「本当だよ、このテニス馬鹿!」と色んな勢いで言う前に彼が塞いだ。
大きなバックは捨てられて無残にも横になってしまったのが見えた。ついでに私の荷物も落ちた、きっと缶ビールはヘコんだと思う。
その代わりに今度は…私が存在だけじゃなくぬくもりを感じてる。

「色々…話したいことがあるが、」
「……ん」
「今はこうさせてくれ」


ワガママな人だ。本当にワガママで突拍子の無い人だ。だけど、

気が済んだのか、体を離してくれた彼は前と同じように…何の脈絡もなく唐突に箱を突き付けて「次に向こうへ行く時は付いて来て欲しい」と、言った。



2010.12.06.
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