LA - テニス

2008-2011
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髪は女の命だと言ってた時代があった。
強いて言うなら、その時代に生まれてなくて良かったと思ってる。
他人より薄い色素を持って生まれた私の髪は、何とも言えない色と細さをしてる。
まあ、生まれ持った遺伝子に文句は言えないけど…伸ばしてりゃ誤魔化せると思ってた。

「お前、髪薄すぎんだろ」

初めて発せられた言葉はコレだった。
同じクラスで近くの席。目を引かないわけじゃない彼を見た瞬間のことだ。
普通思っても言わないだろ!と心で叫んだけど彼にはそんな常識は関係ないと後々になって知った。

――跡部景吾。
ダルいだけの入学式に旋風を巻き起こした人物。その後も学園を騒がせ続けた男。
腐った縁が3年も続いたけど、それももうすぐ終わりを迎える。



不、可視光線



「オイ、自習だからってサボんな」
「……それ、お仲間に言われたくないんだけど」
「バーカ。俺様は答辞草稿の手直しに来たんだよ」

さいですか。にしても随分微妙な場所で手直しなんかすんのね。此処、非常階段なんだけど。
まだ肌寒い季節にわざわざこの場所に好き好んで来る人なんか居ないと思ってたのに。
よりによって小うるさいのが来ちゃったよ。教師なんかよりもタチの悪い独裁者さん。でも答辞を読むのよね…

「手直しなんて教室でしなよ」
「あんなうっせえとこで出来るか」
「ま、それもそうか」

卒業が間近になって増えた自習。進級試験だの外部受験だのも一段落しちゃった人が多いからなあ。
今頃、教室は確実に無法地帯だ。騒がしそう。で、来月からは卒練が始まるかと思えば今のうちに騒いどけ、よね。
何たってこれで本当に最後になるんだし。何となく気持ちは分からないこともないわ。でもうるさそう。

「あーあ、余計戻る気無くなった」
「知るか。てか、てめえは何してんだよ」
「感傷に浸ってるとこ」
「は?頭イカれてんのか?」
「失礼ね。たまにはあるのよ」

急にね、そうなることもあるのよ。そう言いたかったけど敢えて言わなかった。

進級試験はきちんと受けた。でも、外部受験も受けて来た。公立じゃなく私立で随分前に。
どうしてもやりたいことがあって、なら早いうちがいいだろうって何となく心が焦ってその分野を必修とする学校へ。
その合格通知が昨日届いて…今更だけど悩んで、考えて、結果、感傷的になってる。とは言えない。

はあ、と大きな溜め息を吐く頃には跡部も近くに座り込んで長ったらしい文を見直してた。
そう…そんな風に大人しくしてりゃカッコいいし、キャーキャー言われてるのにも納得が出来るんだけどなあ。

「溜め息吐くな。ストレスは髪に良くないぜ」
「ご忠告有難う」

けど口を開けばこうだ。結構気にしてることをズケズケと言っちゃうヤツでどうしようもない。
それが無ければ好きなんだけどな。悪いヤツには思えないし、意外と優しいのも知ってる。変なヤツだけど。

「……随分大人しいじゃねえか」
「だから、感傷に浸ってるって言ったじゃない」
「合格通知、来たからか?」

……誰から聞いたんだろう。まさか、大した学校でもないのに職員室に貼り出された、とか?
一応、都内有数の進学校に居ながら外部を受験するってよっぽどのこと。去年は確か貼り出されてたっけ。

「もう貼り出されてたわけ?」
「いや…今年はまだだ」
「じゃあ何で知ってるわけ?」
「俺様の情報網を舐めんな」

あーさいですか。いや、もうその話題はいいや。本当に何か、感傷的になるし。
次へのステップが楽しみじゃないわけじゃないけど、少なくとも単体で乗り込んで、今までとは違う生活になる。
それを考えたらやっぱり寂しいし、何だかなあ…って不安定なカンジになって変になるのよ。だから、もういい。

「学校は都内か?」
「一応。だけど県境に近いわ」

「寮にでも入んのかよ」
「ブー。一人暮らしの予定」

と、思っていたけど、どうやら跡部はそのネタで何か引き出したいらしく何か色々と聞いてくる。あくまで片手間に。
まあ、私もまた長い文章の中から気になる点を修正してくのを見ながら適当に返事をしてるんだけど。

「それで不安になってんのか」
「不安、ねえ」
「そういうのも髪に悪いぜ?」
「……放っといて」

分かった分かった。精神的なことも髪に良くないのは分かった。けどソレを引っ張るなって。
こっちは本当に感傷的になってるって分かってて言うのはどうかと思う……って、跡部にはその辺は通じないんだっけ。
もう本当に感傷的を通り越して憂鬱になって来た。こんな不安定な時に何やってんだろ。

くしゃり、髪を掴んでたら急に跡部が顔を上げてこっちを見た。青い目。

「お前…やりたいことあんだろ?」
「……そうよ」
「だったら楽しみにしとけ。じゃねえと続かねえぞ」
「……そう、ね」
「ま、潰れる前に俺が駆け付けてやるがな」

駆け付ける?校門に横付ける何とも言えない派手な外車で?
県境とは言えども結構田舎で田園風景とかも見える場所に行くのに…その外車で横付け?想像したら笑えた。

「……何が可笑しいんだてめえ」
「だって、あぜ道に外車って、絶対田んぼに突っ込むわよ」
「バカか!考えるとこはそこじゃねえだろ!」
「じゃあ…道に迷う外車?絶対誰も道教えないわね」
「……っ、このバカ!」

バサバサと乱暴に草稿を畳んだかと思えば伸びて来る手が見えた。
思いっきり引き寄せられて顔をぶつけて、引き寄せた手がゆっくり髪を撫でて遊んでることに気付くまでに時間は掛からなかった、と思う。
あまりに突然で今まで笑えてた内容がパッと消えた。結構、鮮やかなビジョンまで描けていたはずなのに。

「想像以上に柔らかいな」

遺伝子の問題よ、色素の所為よ、とは言えなかった。だって、同じくらい跡部の髪が柔らかいって初めて知ったから。

「お前が行く場所をこの俺が迷うわけがない。調べは付いてる」
「……情報網?」
「まだ言うかバカ。ちゃんと俺様が直々に調べてんだよ!」

ぎゅっと力を込めた跡部の手が、少しだけ震えてるのを感じた。でもそれ以上に、私の心臓が震えてる。
まだ肌寒い季節なのに変にあったかくて…手に汗を握る。カタカタ、震えてるのはその肌寒さからなんかじゃない。

「一人暮らしってのはラッキーだな」
「……なんで」
「空いた時間に気兼ねなく行けるからだボケ」
「何それ…」

何となく分かった。分かったから少し体を離して跡部を見れば、まだ髪を触ったままこっちを見てた。
青い目。悔しいけど綺麗だった。こんなに間近で見たことはない。

「てめえが何処に行こうが俺様の知ったことじゃねえ」
「うん」
「俺には、どんなものも関係もねえ」

……そうだね。基本的に我が道を進む跡部には大きなものも些細なものに変換出来る機能が付いてる。

「気まぐれに会いに行く。受け入れ態勢くらいは作っとけ」
「……理由、は?」

ねえ、その返答次第では不安定なものに支えが付くよ。地盤を固めて足場を固めて補強されてくよ。

「向こうに行ったからのお楽しみだ」

いつもみたく悪戯に笑って、摘まんだ髪束に口づけて私の体を解放した。
綺麗な青い目が揺れたのを見て、どちらからでもなく目を閉じてキスを交わした。一度でなく何度も。
何も言ってないし何も聞いてないけど分かったことがあって、大きく傾いたことも嫌でも分かって…心臓がまだ震えてる。

「もう、感傷に浸ってねえよな?」
「……お陰様で」

今度こそ、完全に離れた跡部はまた草稿を開いて手直しを始めた。
それをまたぼんやりと眺めてる私にはもう感傷的になってる暇はなくて、ただ次へのステップに心が揺れ始めた。
さっきの言葉が嘘でも本当でも構わない。気持ちが浮上したから…ただ「有難う」と呟けば跡部は振り向くこともなく笑った。

「髪だけは切んな。もう随分前から気に入ってるんだから」 と、静かに囁いて。



可視光線・・・目に見える光のこと。想いは目に見えないので「不」が付いてます。
あまり甘くないですがリクエスト頂きました那智さんへ捧げます。



2010.02.01.
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