LA - テニス

2008-2011
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体は許しても、キスは許さない。
漏れる言葉は甘くとも、吐く言葉は決して甘くはない。
貴女がそうするのであれば俺もまた同じ。そうでなければ自分が報われないから。
いつだって俺たちはフェアではないと知る。俺だけが一人、踊らされている…



ノンブレス



始まりは本当に突拍子もなかったと思う。
あまりにもキツく、棘だらけの貴女に俺が惹かれた。その眼に射抜かれたとでも言おうか。
強烈すぎるくらいの眼差し。それを直視出来る人間がどれくらいいようか。

「……犯してやりたいですね」

口に出すつもりはなかった。当たり前の話ですが。
あくまで思うだけのことを口に出した自分は、どれほど人として不味い人間でしょう。
更生すべく捕まえられても仕方がない。だけど、そんな俺に彼女はこう言った。

「木手、アンタにそんな度胸あるんだ」





彼女は拒絶しなかった。一切の拒絶がないまま、押し倒されていた。俺に。
触れて撫で回して、漏れる声だけが甘く、それだけで酔えた。
キツい言葉を吐く唇から、こんな声が漏れるなんて誰が思えただろうか。
だから何度となく抱いた。時折、場所も構わずに抱いた。何度も、何度も――…

「あ…もう…ッ」
「……仕方ないですね」

正直、俺も限界で遠慮などなく彼女の中へと押し入る。キツかろうとお構いなしに。
中へと攻め入る直前に身を捩るその仕草が、更に俺の中の何かを駆り立てていること。
きっと彼女は知らないだろう。気付きもしないだろう。いや、そんなことは貴女には関係ないでしょうね。
それがこんなにも俺を焦がすこと、思い馳せること、貴女は知らない。

「相変わらず…キツいですね。息は詰めないで下さいよ」

何度となく体に口付けて無数の痣を残そうとも、彼女は取り立てて気にすることはない。
乱れた前髪をそっと掻き分けて、額に口付けても文句は言わない。だけど…

「く、唇だけは、するな」
「……わかりました」

その暴言を吐き散らす唇だけは、塞ぐことが出来ない。
漏れる言葉は甘くとも、吐く言葉は決して甘くはない小さく開いた唇。
触れたいのに、触れることを彼女は許さない。頑として拒み続ける。
どうして?なんて、聞くことは今更、今更だから聞くことは出来ない――…

「イイ表情ですよ」
「うる、さいッ」
「もう随分慣れたみたいですね」

俺だけが、彼女に焦がれているのでしょう。俺だけが、彼女に捕らわれている。
それが何よりも辛く、キツく、切ない現実…だからこそ刻んでいく。俺という存在を、その体に。
そんなこと、彼女に告げたなら貴女は笑いますか?それとも、哀れみますか?
馬鹿な男だと、俺を冷ややかな眼で射抜いて、蔑みますか?

「こんなのは…如何ですか?」

今までしなかった体位へと無理やりに変えて、更に奥を突けば彼女は啼いた。
喜んでいるようには見えなくとも、体だけは悦んでいることでしょう。
甘すぎる声に、酔う。思わず、口付けたくなるくらい――…

「木、手…んぅッ」

ダメだと知りながら、ダメだとあれだけ言い聞かされていたのに…俺は約束を、破った。





情事の後、約束を破った俺に彼女は眼も合わせない。言葉も発しない。
それでも俺は…後悔なんかは、していない。

「……怒って、いらっしゃるんですか?」

彼女の唇は暴言を吐くにはあまりにも小さく、柔らかいものだった。
歯列を割って舌を絡めれば、蜂蜜にも劣らぬほどの甘い蜜があった。
それを夢中になって啜って、まるで餌を与えられなかった動物のように貪って…
彼女は懸命に逃げようとして俺の舌を少しだけ噛んでいた。

「貴女はどうして…」

今更、聞くことが出来ずにそれ以上は口に出さなかった。
彼女は体を望んでも、キスを望まない。ただそれだけなのかもしれない…

「すみま――…」
「何で、キスした?」

謝罪の言葉は彼女の疑問で消された。
行為が激しすぎたせいか、声はいつもより枯れて、体は重そうに引き摺って。
距離を置いたまま、こちらを見ることなく突っ放すように切り返された。

「……理由を聞いたら、貴女怒りますよ?」

こんな俺の感情、貴女にとって何の意味があり、何のメリットがあるのでしょう。
必要ないと突き返されたならば、もう俺の全ては終焉を迎える。
全てを終わりにして、それ以上は望まずに全て、全てを終わりにします。

「貴女が…好きだから、です」

残酷な人ですね、貴女は。俺がそう告げても眉一つ動かさずに振り返っただけ。
あまりにもキツく、棘だらけの貴女に射抜かれた瞬間から、俺はずっと貴女だけを想う。
貴女はそれすら許さないつもりですか?必要なのは自分を満たしてくれる体だけで…
それでも、俺は貴女を望みます。どうやら、これが最後のようですから。

「好きです。ゆい」

初めて、名前を呼んだ気がする。
初めて、自分の中の想いを口に出した気がする。
全てはそう、最後となるだろうから…


「……だったらいい」


棘付きの彼女が、少しだけ微笑んだように見えた。
だけど次の瞬間にはその顔が見えなくなって、代わりにぬくもりだけが伝わる。
背に回された手がしっかりと、でも何処か頼りなく感じた。
彼女を強く、ただ強く抱きしめて一言呟くと、彼女は静かに頷いた。

――キス、してもいいですか?




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