LA - テニス

2008-2011
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雨が降る。俺の大嫌いな雨。
お陰でテニスどころじゃなくて、嫌でも早めの帰宅を余儀なくされる。
帰ってもすることって言ったら…やりかけたゲームの続きをするくらいだ。でも何となく今そんな気分でもねえし。
滅入るよなーこの天気。気分までどん底に落ちてく中、俺はただ溜め息吐いて立ち止まってた。




相合傘




「……な、何やってんだお前」
「おー宍戸っち。ご機嫌麗しゅう」

憂鬱も憂鬱、どうにも出来ねえことで溜め息吐きながら歩く下足箱から校門までの道のり。
その途中で会ったのは馬鹿みたいに降られっぱなし、阿呆みたいに足取り軽く校門へと向かう女の姿。
思わず声を掛けずにはいられないほどに濡れきった志月の姿。とりあえず…馬鹿だと思った。
だってめちゃくちゃズブ濡れになってんのに足取り軽やかに歩いてんだぜ?普通、気持ち悪くてダッシュするもんじゃね?

「全然麗しくねえよ。てか、濡れてんじゃねえか」
「傘忘れた。でもさ、結構気持ちいいもんだよ。宍戸っちも――…」
「断る」
「おお、一刀両断」

明らかに断られることを踏んでおきながらそのリアクションってどうなんだよ…
普段からそうだ。人と違った感性でもって行動して、発言して、それでもって楽しそうに時間を過ごしてるようなヤツ。
変わってんなーコイツ、くらいで話してりゃ妙に仲良くなっちまったみたく、急に「宍戸っち」呼ばわり。
最初は変えろって言ったんだぜ?んな呼び方されたくなかったしな。けど気付けば定着しちまったらしく…でもそう呼ぶのは志月だけ。

「んなことしてたら風邪ひくだろ?」
「んー。あ、だったら宍戸っちの傘に入れてくれる?」
「無理」
「やっぱり。だったら濡れるしかないわ」
「……走って帰るって選択肢はねえのかよ」
「そんな元気はありませーん」

嘘吐け。力有り余ったみたく浮かれてるヤツが何言ってんだか。
雨に降られて何も出来ねえことで憂鬱な俺とは対照的、雨を一身に受け止める志月は呆れるくらい元気で。
何が楽しいんだかちっとも分からねえ。濡れるし、冷たくなるし、下手したら風邪ひいてベッド送りになるんだぜ?俺だったら勘弁だ。
そう言って貶してやろうかと思ったけど…それが意味を成さないことくらい経験済み。「そうだねー」くらいで終わる話になっちまうんだ。
いっつもそうだ。だからそれは口には出さず顔だけくらいにしておいて……溜め息でも吐いておく。

「そんなに雨嫌いなの?」
「ああ。することなくなっちまうからな」
「ふーん」

「晴れてても雨でも私は結構することないよー」とか雨に濡れながら笑って言う台詞とかではないと思うんだが。
いつもサラサラとなびいているはずの髪がどんどん水滴で押し潰されて、同じものなのに色を変えていく制服はどんどん重くなってそうで、
それでも足取りの軽い彼女は、何を思ってこんなに元気なのか俺には分かったもんじゃねえ。

傘を持つ溜め息ばかり吐く俺の横に、傘の無い鼻歌を歌う志月。
これは一体、どんな取り合わせなんだろうか。
ザアザアと降る雨。容赦なく志月に降り注いで、それでも笑って走ることをしない彼女。

「雨、好きなのか?」
「全然」
「……好きじゃねえのか?」
「当たり前」

………はあ?

「雨に降られて濡れて帰ってイイコトなんて無いに決まっ―……」
「だったら走れって!」
「そんな元気はありませーん」

ケラケラ笑って理解も出来ないような素振りをして、好きでもねえ雨に降られてズブ濡れになるようなヤツは世の中に居ねえだろ!
今度は思いっきり声に出して勢いで言っちまって、そしたら彼女は「そうだねー」なんて、やっぱそれで終わっちまった。

「……理解に苦しむぜ」
「はは。でもさーそこそこ利点もあって今日は歩いてるんだよ」
「何のメリットがあるってんだよ…」

体の芯から冷え込んでズブ濡れで、なかなか乾かない制服を無理やり乾かす作業を少なくとも今夜するハメになって、
下手したら明日は生乾きの制服を着るか、着ない代わりに自分がベッドに沈み込んで死に掛けるか…んな選択肢しかねえぞ。
そんなんで利点だのメリットだのあるんだったら逆に俺が濡れて帰ってやる。傘なんかその場に捨ててやってもいい。

そんなことを考えてたら彼女は笑って、ただ首を傾げているだけ。
「分かんないよねー」とか、そんな当たり前のことを呟きながらそれでもニコニコしてるだけ。

「宍戸っちには分からないかもしれないや」
「分からねえよ」
「おお、一刀両断」
「当たり前だ」

無駄に雨の中、走ることの無い俺の横に付いて歩いて、それでいて利点なんて無い。
そう言えばチッチッと指を振りながら「あるんだよ」とそればかりを主張する彼女はどんどん濡れていくばかり。
そうなった時、少しだけ考える。今更だが傘に入れてやるべきか、このままで居るべきか…
校舎も離れて来たし、同じ制服のヤツなんかもそんなに居なくなって逆に傘の色の方が目立って来たわけで。

「……とりあえず」
「ん?」
「アレだ。今更だけどよ、中入るか?」

何つーの、俺が残酷かつ残忍なことしてるみてーでちょっとアレだ。罪悪感っつーか何つーか。
結構、居た堪れなくなって来たカンジだな。校舎を離れ出した途端、知らねえヤツの視線をモロに浴び始めてる。

「……え?」
「お前さっき言ったろ!入れてくれるか?って」
「いや、言ったけど宍戸っちが…」
「だから今更だけどって言ってんじゃん」

ザアザア降りしきる雨の中、大声上げてるのは俺だけで彼女は何故か微妙に口ごもってる。
どうしようか、今更だけど入るべきか、そんなことを考えてるのか分からないけど少しだけ空けてやったスペースがなかなか埋まらない。
悩むくらいなら今更かもしれねえけど入ればいいのに。こんな恥ずかしい真似、一生に一度するかしねえかだぞ?
傘で催促しながらそう言えば、オズオズと近付いて来る彼女に今度は俺が近付いた。そしたら少なくともお互い3分の1、濡れるか濡れないかのゾーンに入る。

「ったく…手間取らせんな」
「……だったら最初っから入れてくれれば良かったんだよ」
「それなりにこっぱずかしいんだよ!」

傘は一つ、中には二人。そこそこ歩調合せて歩いたり、ぶつからないようにとか気を遣ったりとか恥ずかしいだろ普通。
口には出さなかったけどそれが志月の中でも普通だったのか、あからさまに下を向いて歩き始めた。
今の今まで天を仰ぐかのように上を向いて、しかも馬鹿みたいに笑ってたってのに…

「……やっぱ利点あったや」
「ああ?」
「アリガトね」

雨の音に掻き消されそうなくらい小さな声でお礼なんか言われて、旋毛向けてたはずなのに急にはにかんだ笑顔なんか見せて。
それに有り得ないくらいドキッとしたことなんか悟られたくなくて…適当に返事して視線を空へと移した。



◆Thank you for material offer リライト


氷帝三年R誕生祭3、出展作品A

2008.10.28.
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