LA - テニス

02-05 携帯連載
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ある日、俺はなかなか寝付けんくて…でもその中で夢を見た。
朝起きて夢の内容は覚えてへんくて。せやけど胸が苦しくなるくらいの…切なさだけが何となく残っとった。
その感覚と似た感情が今、急に思い出されて何や泣きそうになったんや。




-ナミダ- 09




「あ…」

翌日の朝、校門手前で会うたんはゆいで、あっちがちっちゃな声上げて…ほんでこっちも気付いた。
久しぶりに顔見た気もした。そない時間は空いてへんはずやのに…と、ふと気付く。何でそんな顔するん、て。
ゆいのそないな顔好きやない。呆れ顔でもあれへんその表情は、俺の胸の中を抉るようなもんで…痛い。
久々に会えた気がすんのに…俺は、悩まされとんで?勝手かもしれへんけど、それでも。
隣に…隣に宍戸がおるからか?そんなことあれへんやろ?今までかて三人居合わせたことあるやんな。

「……おはようさん」

いつもと同じように、同じように接しても返事は返って来ない。
笑うたつもりやってんで。ほんまにいつも通りの俺で声掛けたんに…何でなん?口すら動かしてくれへん。

「俺…俺な、ゆいにちゃんと報告しときた――…」
「必要ねえだろ?」

……話の腰を折る、か。
俺が話そうしよる時にゆいの前、庇うように出て来たんは言わずと知れた宍戸。
色々気に入らんのは分かる。分かるんやで?せやけど、そないな風にされた日には俺かて譲れんもんはあって。
宍戸の存在、見えへんもんとして話を続けたった。勿論わざと、せやけど胸が痛まんわけやない、それでも…そうした。

「報告、したいんや」
「無視してんじゃねえよ」
「櫻のことやねんけど…」
「忍足!」

悲痛にも似た叫び声。声を殺すような一瞬の声。
それと同時に感じたのは強烈な痛み。思いっきり頬の内側に衝撃が走ってそのまま地面に叩き付けられとった。
ほんまに一瞬の出来事やったと思う。怒りを露にした宍戸が見下ろしとって、横に作った拳は震えとって…ああ、コレで殴ったんかて冷静に見た。
普段から血の気は多い方やとは思うとったけど、一度たりとも手が出たとこは見たことあれへんかった。そういうんは無いと思うとった。
そないな宍戸が…ほんまに俺に敵意を示した瞬間。それが冷静に分かっとって…俺は為す術もない。
口の中を切ったのは明確や。血の味が口中にどんどん広がってく。鉄っぽい、嫌な味や。

「亮!」
「聞く耳持つな、ゆい」
「な、何…?」

目の前、ついさっき起きた出来事の状況を把握出来ずにおるゆいは、ただ交互に俺と宍戸の顔を見ていた。
せやんな。この状況は俺かて何となくでしか分からんもんがあるんや。ゆいが分かるわけがあれへんよな。
ただ分かっとることは宍戸がキレとんのと俺が殴られたことと…逆に言うたら殴られた理由は俺かて分からんねや。
けど…無駄に殴り返すことも出来ひん。得意不得意とかやのうて…何や、それが出来ひん立場におるような気すんねん。

「だ、大丈夫?おした…」
「構うな。自業自得だろ」
「亮?さっきから何を言って…」
「黙ってろ」

彼女は酷く驚いとった。
これ以上、何かを聞けばきっと同じように制されると分かったんか、何も言わんと立ち尽くして。
ボロボロの状況。何が起こったかも分からん状況。その中で冷静ではおられへんくらいに動揺しとるのは見てすぐ分かった。

「忍足…」

でも、そんだけ動揺しとっても…ゆいやな、て思うた。
座ったままで立ち上がるんも忘れとった俺に近づこうしよる彼女は、いつものゆいに違いあれへんかってん。
世話焼いてくるいつものゆい。せやけどそれはすぐに宍戸に邪魔された。

「原因はコイツだろ?もう近づくな」
「亮…何か変、だよ」
「……ゆい、黙って聞け」

芯の通った強くも穏やかな口調。嫌でも周囲が静まり返る。
校門前やっちゅうんに何処からも声が響いてけーへん空間が瞬時に出来た。人はこんなにも流れとるのに。
固唾を呑んで見とるヤツ、何も気にせんと過ぎてくヤツ、そんな人の流れの中で俺一人だけ、背筋に悪寒が走っとった。
何か、ヤバイ。胸が、急にざわめき出すんを無意識に手で押し堪えようしとった。

「俺はお前が好きだ」


――時が止まった。


ああ、言うてしまいよったわコイツ。と、何ともしれん思いが俺にはあった。
傍観しつつ流れてくはずだったヤツらもその瞬間だけは足を止めて。ゆいはただただ目を丸くしとった。
そらそうやわ。こんなとこで言うこっちゃないねん。皆見とるし…とか思う冷静な俺がおる。けど、それでも変な汗を掻く自分も此処にはおって。

「ちゃんと、考えろよな」

どんぐらい時間が経ったんかは分からんかった。ただ、結構時間が経ったらしく我に返った宍戸がそう言うたんを耳にした。
俺は、何も出来んかった。宍戸はしっかりと俺を一瞥した後、俯いて何も出来んくなったゆいの手をちゃっかり引いて校内へと連れてってしもた。
届くくらいの距離におったはずで、話かてしたかったはずやのに…俺は…ほんまに何も出来んと声も出せんと、その場に残された。





「……侑士」

そっからまたどんくらい時間が経ったやろか。
確実に何かのチャイムは聞いたような気はした。生徒指導のセンセもそろそろお出ましになる時間帯やろか。
躊躇いがちに俺を呼ぶ声。反応して顔を上げれば、そこには何とも言えへん表情を浮かべた…櫻の姿があった。

「櫻…?」
「予鈴、聞こえたでしょ?遅刻するよ」

呆然と彼女を見つめてしもたかもしれへん。
誰も途中で足止めて声掛けてくれる人なんておれへんかった、と思う。もしかしたら気付かんかっただけかもしれんけど。
……俺、何しとんのやろな。動けなくなって座り込んだまま、なーんも出来んと子供みたくおるとかカッコ悪すぎやんな。

「まだ気付いてないんだね」
「……は?」

差し伸べられとる手。
手借りてまで…と苦笑する自分。それに掴まることなく自力で這い上がれば手は自然と下ろされた。

「悔しいけど…そんな侑士は見たくないや」
「……櫻?」
「話でもしよっか」

にこっと笑う櫻の中に垣間見れるのは、優しさと哀しみ。
何やねんな。そないな顔とかせんでくれや。こないだ俺フッたん自分やん、とか頭ん中でぐるぐる言葉が回る。
せやけど…何かある、ねんな。櫻は俺に気付かせようしよるみたいや。何を?俺も気付かん、知らん何かて何やの?


なあ、何を…何を言おうとしとるんや?


縋りつくもんを失った気がして、優しく差し伸べられた手を取るしかなかった。
自分の力じゃ気付かんこともある気がして、無言で頷いた自分の姿。

それを遠目に見た気さえした。



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