LA - テニス

02-05 携帯連載
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涙は勝手に溢れるもので、
感情が込み上げた時、感情に流された時、感情に呑まれた時にこそ反応する。
それはまるで化学物質のようなものだと私は考えた。

酸化と同じような原理で、気持ちの中の何かが空気のように混ざると、それが化学反応を起こして涙となる。
これを誰かに話したならば私はきっと…笑われていたことでしょう。あまりにも馬鹿げた発想だから。




-ナミダ- 01




「………でさ。また忍足くんってば彼女変わったらしいよ」
「あ、聞いた聞いた。今回もまたあっさりしてたわね」
「相当冷たいみたいだよ?物腰だけ柔らかくて言葉は氷みたいって」


はあ…と人知れず溜め息を吐いても、それが人の噂話に反応してるなんて誰も思いはしないだろう。
嫌でも聞こえて来る噂話の中心人物はいつも彼だった。早くて即日、長くても一週間後くらいにはこの話題が飛び交う。
同じくらい人気のある俺様だってこんなもんじゃない?って思うけど不思議と彼はそんな噂が立つことがない。
彼も少しは大人しくしてれば耳に入らなくていいのに。私にとって、こんな噂話聞きたくもないのに。

「……だってよ。ゆい」
「ふーん」
「またその言葉だけ?」

祐希が呆れてる。呆れたいのはこっちも同じだよ、て顔をすれば今度は苦笑に変わってた。
こんな噂話が嫌でも耳に入って来る理由。嫌なら耳に入れなければいいって分かってて入って来る理由。
そんなの自分自身が分かってて、それを止めたくても止める術なんかなくて。

「私は関係ない、よ」

そう…関係ない。その言葉しか出て来ない。
どうしようもないことなんだもの。私が何を言えるっていうの?そんなこと、私に権限なんてないのよ。

「本当に気にしてるのってゆいでしょ?」
「……図書室、行ってくるわ」

机の中に忍ばせておいた本を片手に私は席を立つ。
読んでしまった本をいつまでも持っといてもしょうがないし、返却期間だって迫っているから行かなきゃいけない。
それが今のこのタイミングで無くてもいいのかもしれないけど…もう居た堪れない。こんな教室の空気。

「意地張ってもイイコトなんてないわよ」

……分かってる、て言いたいけど言えるはずがない。
だけどこんなのは意地とかじゃなくてどうしようも出来ないことだから…って、自分に言い聞かせるしか出来ない。
本を片手に教室を去る私の姿を見つめているのはきっと彼女だけ。当然だよね。関係ないんだもの。
他の生徒たちは誰が立ち去ろうとも所詮、擦れ違いだけの存在だから気にも留めやしない。それと私と…どう違う?



気にしない、気にならない、気に留めない

……気にしてはいけない。



いつも…そう言い聞かせていることなんて、言われなくても自分で気付いているの。
だけど今はまだ…蓋は開けないでいて。でないと私、きっと笑えなくなってしまう。きっと泣いてしまう。
そんなの今の自分は堪えられない。だから、蓋は開けないでいるの。それは…分かって欲しい。


教室を出ても話題にそう変化はなく、大体同じような会話が広がっていて何とも言えない気持ちになっていた。
もしかしたら少し湾曲したものになっている可能性もあるかもしれないけど…はっきりした事実は一つで。
関係ないって思っていても「ああ、またか」くらいの感情は沸いて来るんだ。
いっそのこと…全てがうまくいってくれれば私も救われただろうに。何も、思わずに済んだだろうに。
何故、それが叶わないのか。それはまるで試練のように、嫌がらせのように、罰のようにも思えてくる。


「ゆい!」


神は、人を苦しめるのが好きなんだろうか。
それとも…私に少しは苦を味わった方が良いと、成長を促しているのだろうか。
例えそうであったとしても今は…今だけは会いたくはなかったのに。


「……忍足」
「丁度良かったわ。ちょおゆいに報告あってん」
「そう。でも――…」
「せやね、聞いとるかもしれんけど…彼女変わってん」
「……知ってる」

何をそんなに明るく報告してんだか。廊下で他人かチラチラと見ているなか私に報告されても困るんだけど。
まあ、これが意外と毎度のことだから…誰も勘違いなんかしてくれないけど、時折神経を疑うことがあるわ。
どれだけ無頓着なのか、どれだけ周囲が見えてないのか。自分の評価が下がっていることに彼は気付いてないんだ。

「あ、図書室行くん?」
「うん。もうコレ読んだし…」
「ほな俺も行こ」
「……」

彼はそう言うと…本当に気兼ねも何もないもんで平気な顔をして私の隣に並ぶ。
もしかしたら寛大なのかもしれないよ?こんなことでは怒ったりしないのかもしれないけど…本当に神経を疑う。

「……彼女は?」
「ああ、さっきまで一緒やってんけどセンセに呼ばれてったわ」
「そう…」

そんな言葉を聞きたかったわけじゃないのに…それにも気付かない彼は本当に天才なのか。
逆にこっちが気兼ねして、距離を置いて歩きたくて、わざと速足で歩くけど…コンパスの差が歩調を同じにしていた。

「……で、何か用?相談でもあるの?」
「よう分かっとるやん。実はな――…」

何時からかは分からないけど、私はいつも彼の相談役として一緒にいることが多くなっていた。
最初のきっかけは本当に何だったのか分からない。だけど、何をどう間違ったのか、ズケズケ言葉を発する私に意見を求める。
それが半ば嫌味だって気付いてないらしく、敢えて「今のは嫌味よ」と言ってのけたことだってあった。

惚気に近い相談事だって沢山聞いてきたの。耳を塞ぎたい時だってあった。
それが出来たならばどんなに楽だったか。どんなに苦しまずに居たか…彼は何も知らない。
本当は…痛い。痛くて堪らないのに。



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