LA - テニス

07-08 PC短編
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---音楽を鳴らす



夏もまだ来ていない、梅雨すら来ていない。
だけど、少しずつ暖かいから暑いへと切り替わっていく頃。
ふわりふわりと浮上していく、摩訶不思議な発光体を見つけた。
あっちの水が苦いのか、こっちの水が甘いのか、ふわりふわりと揺れている。
写真じゃ撮ることが出来ない、動画でも間に合わない。
そんな幻想的な世界。それでも存在する幻想的な光景。



Mysterious



「志月、こっちだ」
「何処まで行くの?制服じゃ限界も…」
「あと少しだから」
こんなに強引な人だったのか、自分の中の記憶を延々と探ってみる。
だけど、マイペースな人ではあっても、ここまで強引な人ではなかったと思う。
頼まれて一緒に買い物に付き合ったことはある。書類作りを手伝ったこともある。
今日も、それらと同類レベルに考えてついて来たけど…そう言えば用件を知らない。
「ねえ、柳くん…」
「何処へ行き、何の用件なのかはまだ答えられない」
返答出来ず。それ以上に突っ込みを入れることも出来ず。
さすが、立海のデータマン。私の聞きたかったこともわかってるんだ…
と、いうか、わからない方がおかしいかもしれないけど。
「少し時間を裂くかもしれないが、大事な用があるんだ」
「う、うん…」
「暗闇で置き去ることも、放置することもないから安心してくれ」
置き去るとか放置するとか、そんな心配はするつもりもないし、してもない。
ちょっとでも遅くなるようなことがあれば、彼は必ずこう言う。
「家の近くまで送らないと気が落ち着かない」と。これは口癖のようなもの。
生真面目の人だ、といつも思う。気を遣ってばかりで疲れないのかな、と。

不思議な人だとも思う。
私がボーッとしていれば、何故か急に隣に居て、不意に会話を持ち掛けて来る。
委員会の役割で裏庭の花壇で水やりをしていれば、委員でもないのに手伝ってくれる。
備品を運んでいた時も急にやって来て、代わりに片してくれたこともあった。
その代わりに…と、自分が備品を買いに行く時について来て欲しいと頼まれて。
でも、特別私に備品を持たせるわけでもなく、本当について行っているだけ。
それが不思議と自然だから…嫌でもなく、楽しいと思えるようになる。

「柳くんって不思議な人だよね…」
「……そうか?」
「私にとっては、かな」
文武両道、だけどそれだけじゃなく優しくてカッコイイ。これがクラスメイトの評価。
同じく文武両道の真田くんは怖いイメージがあるけど、彼は違う印象があるみたい。
人気層も幅広く存在しているみたいで、私は口が避けても一緒にいた…なんて言えない。
「これだけ人気者なんだから――…」
「一緒に買い物をする相手も沢山いる、と?」
「いない、とは言えないでしょう」
選り取り見取り。だけど、とっかえひっかえってするタイプでないことはわかる。
こんなに生真面目な人だから、何か理由があって私に声が掛かったのだと思う。
だから、私は彼の背中を追ってこんなトコまで来ている。
自分の背より少し低いけど藪の中、探し物も見つかりそうもない場所まで。
「……俺からすれば、志月も不思議な人だな」
「どうして?」
「こんな場所まで…よくついて来るな」
確かに。普通なら嫌がるかもしれない。制服も汚れそうだし…
あ、だから私を選んだのかな?そこそこ私にも躊躇いはあったんだけど。
「柳くんが来て欲しいって言ったから来てるんだけど…」
「そうか…言い方が少し悪かったな。すまない」
そう言葉を濁しつつも前へ、前へと歩いていく。どんどん前へ…
この先に何があって、何のために歩いているのか。
疑問に思わずにはいられないけど、答えられないと言われたから行くしかない。
前へ、前へと進んでいく背中を眺めて、歩くしかない。


それから会話もなく進んで、そして辿り着いた先は土手だった。
決して綺麗な水が流れているわけでもない、だけど舗装されていない川が流れている。
「土手に何か落としたの?」
「落し物はしていないが…」
「あ、何かを拾いに…」
「特に何も捜してはいない」
自分なりにココへ来た理由を詮索してはみるけど、どれも一刀両断。
何をしにここまで来たのか…その理由が私としては皆無。
「じゃあ、何しに来たの?」
太陽は沈みかかっていた。少し風もあって、丁度良いくらいの気候へ。
夏が近づいているせいか、陽が長くなっているけど夕方の時刻も過ぎている。
少し時間を裂く、が移動時間だけでということみたいで…
「ココじゃないと何か――…」
「ああ、ここじゃないとダメなんだ」
足を止めて、振り返った彼は手招きをして川辺を指差す。
ゆっくりと流れる水を指差しているのか、真剣に見つめても何もない。
「水?」
「いや、真ん中ではなく端の石の方だ」
言われるがまま、懸命に目を凝らして川の端に漂流した石を眺める。
上流から流れて来たのか、石は丸みを帯びていて、これもまた決して綺麗じゃない。
だけど、石と石の隙間に何かが光っているのが見えた。
「うーん…砂金?」
「……意外と変わった発想だな」
「でも光ってる」
黄色いような、緑のような…不思議な色合いをした光。
だんだん暗くなっていく様子とは裏腹に、少しずつ強くなっていく光。
「蛍だ」
「ほたる?あれって蛍なの?」
「神奈川の一部の川で繁殖を促しているんだ。ここはその一つ」
「じゃあ、蛍を見たかったんだね」
神奈川では蛍って結構いるらしいけど、時期とか生態の関係とかでいないことの方が多い。
実際、私も蛍なんて初めて見た気がする。夜に出歩くこともないし…
「こんな場所に蛍なんているんだね」
「リサーチして来た。今はここしかいない」
「さすがの柳くんも一人では来にくかった?」
「……発想も変わっているが、どうやら鈍いらしいな」
暗がりに見た柳くんは少しだけ苦笑していて、その理由がわからなかった。
確かに私は運動音痴で、勉強も人並み程度で、でも差し障りはないくらいで。
文武両道から比べたほど遠いけど、問題視はされていないと思う。
首を傾げて色々と考える私を目の前に、腰を屈めた柳くんが小さく囁く。
「志月と、蛍が見たかった」
「私と?」
「……その様子だとまだわからないらしいな」
溜め息を小さく吐いて、まだ苦笑いの表情が消えてなくて…
眉をひそめているだろう私を見て、ゆっくりと口を開いた。

「好きだから。告白するために、ここへ来たんだ」



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