LA - テニス

07-08 PC短編
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---音楽を鳴らす



長太郎の実家は、家族全員がカトリック教徒。
日曜礼拝には必ず参加して、平和のために祈る。
この時だけは私より少し前を歩いているような…そんな大人な雰囲気。
礼拝堂で祈りを捧げる時の長太郎だけが、少し嫌いだった。

「ゆいさーん、早くしないと席がなくなりますよ」

強制参加ではない学校の礼拝堂で行われる日曜礼拝。
長太郎と付き合い始めて半年、欠かすことなく参加するようになった。

「はいはーい」

多神教で有名な日本。当然、私の家も神棚と仏間が隣り合わせ。
キリスト教を信仰しているわけじゃないのに、こうして礼拝堂で祈りを捧げる。
毎週毎週、少しだけ…変な感覚を持ちながら。



日 曜 礼 拝



同じ制服を着た生徒たちの中、私たちもまた木の椅子に腰掛けた。
無言のままに神父様の説教に耳を傾けて…
だけど、私の耳にはうまく入らずにそのまま突き抜けていく。
隣に座る長太郎は真剣な顔をして、その説教を聞いている。
この瞬間の長太郎が遠く、果てしない世界へと誘われている気がして…
嫌いになれた。この瞬間の長太郎だけは。


神は私たちを天より見守っている。
原罪を負ってこの世に生まれたとしても、神はいつの日かその罪を赦してくれる、と。
正直、私にはよくわからない論を説かれて、退屈な時間がただ刻々と過ぎていく。
早く早く、終わることを祈る私は…きっと長太郎に相応しくない。


礼拝堂を抜けた瞬間、普通の長太郎は戻って来た。
真剣だった表情はなくなって、優しい笑顔の長太郎へと戻る。
「お腹空きましたね。お昼は何にします?」
「あ…そうだね…」
私に向けられた無垢な笑顔、それに対して私は作り笑顔。
この礼拝堂を目の前に、長太郎は神に愛された子なんだろうと思う。
ココへ立ち寄るたびに、ギスギスと胸は痛んでいく…
「どうかしました?顔色が…」
長身の体を少し曲げ、屈んだ長太郎との目線は同じに。
その時に気付いた。その胸に一番近い場所にあるモノがないことに…
それが大事なモノだと、話していたことを不意に思い出した。
「平気だよ。それより…クロス、落としたんじゃない?ないけど…」
お守りのように掛けられたシルバークロスのネックレス。
学校にいる間も外出した時も、デートの時ですら目立つアクセサリー。
最初はオシャレなモノだと思っていたけど、今となっては…少し辛いモノ。
「失くしたの?捜さないと…ッ」
「いや、失くしてないですよ。違いますよッ」
アタフタしている彼は制服のズボンをポンポンッと叩いている。
ポケット中、そこから取り出したシルバークロス。
キラキラ光って…そのまま彼の胸元へと移動する。
「カトリックの教えでは、礼拝の時にはコレは首から下げないんです」
キラキラ、キラキラと光るクロス。
何よりも…誰よりも長太郎の心に近いところに存在している。
「だからポケットに……ってどうかしたんですか?」
それが急に悔しくて、切なくて、心がギスギスと痛んでいく。
生きていないモノに対しての嫉妬。
日曜礼拝に来るたびに、フツフツと嫉妬心が沸いて…
「何でもないよ…」
言えやしなかった。そんな私の心のうちを。


最初は彼の傍に居られれば良いと思っていた。
それだけが幸せで、優しい彼に癒されて…それがいつの間にか。
信仰に嫉妬心を向けて、価値観の差を思いっきりぶつけられて…
遠くにいる存在だと、思うようになってしまっている。
天に召す神に愛された彼を、何にも捕らわれたくない…
そんな下らない感情ばかりが、私の心に上乗せされていく。


「何でもないこと、ないでしょう?」
「…本当に、何でもないよ」
「それ、神に誓って…言えますか?」

私は神様なんて信じていない。
だから平気で言える。

「言えるわ」

そう答えた時、少しだけ長太郎が寂しそうな表情をした。
肉体的な痛みなんかじゃない、心の痛みを抱えたような…そんな顔。
そんななかで十字を切って、クロスを手に目を閉じた。

「ゆいさんがそう言うのであれば信じます。だけど…」
「…だけど?」
「俺のせいで何か、辛い想いをさせてるんですよね?」

ズキズキと、胸が痛む。
長太郎は何も悪くなくて、私だけが変な嫉妬心を抱えて…彼に抱く、罪悪感。

「貴方が抱えるモノ…取り払いたい、なんて思うのはダメですか?」

胸にキラキラ光るクロス。
長太郎の手に握られたまま…不思議と消えていく嫉妬心。
たった一言、それだけなのにギスギスした心が和らいで…

「ダメじゃ、ないよ」

泣きそうになりながらも手を伸ばして、そっと触れた。
キラキラ光るクロスと、暖かな長太郎の手。
ドロドロとした私の心を溶かして、浄化していくような感覚の中で話した。
私の心のうちに潜んでいた、黒いモノを。

「ゆいさんは本当に可愛い人ですね」

長太郎は笑って、私を許してくれた。
穏やかなる神の御心の下、私を抱きしめて…

「このクロスだって、貴方のためにあるんですよ」

十字架の縦棒は私を意味し、横棒は"きること"を意味する。

「俺は、ゆいさんのために毎週祈りを捧げているんですよ」

"自分を犠牲にしてでも、貴方を守って行きます"
長太郎は穏やかに微笑んで、私は…ただ泣いて、その胸に顔を埋めた。



◆Thank you for material offer ノクターン
◇ララさんより330000hit、キリバンリクエスト


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