LA - テニス

07-08 PC短編
46ページ/50ページ


息を飲んで、声を殺して…それでもしがみついて離さない彼女に、異様な興奮を覚えていた。
壁を隔てた場所には兄貴がいる。下の部屋にはバアさんがいる。それに俺の両親も…
少なくとも、俺の家族は誰一人として外出しているものはおらず、それがまた興奮させた。
彼女は必死で口元を抑えているというのに…だ。



理由もなく ただ 近くて遠い



無理やりに手を引き剥がせば、荒い息遣いで目を虚ろにさせたゆいがいて。
ヤバイくらいに扇情的な光景で、ヤバイくらいに愛おしくて、それ以外に何もなかった。
誰よりも近くいる事実と、自分だけのモノにしている事実と…それだけで深くに溺れてしまいそうになる。
こんな風に彼女を抱く日が来るなんて、思ってもいなかったから――…


「……痛い、よな?」
血は出てないにしても、声を殺して涙を流したということは初めてだということ。
初めてじゃない、なんて嘘はきっとゆいは吐くことは出来ないだろう。
少なくとも、お互いにそんな存在が居た試しはなくて、そんなモノは必要なくて…
ああ、そうか。この事実が全て。本当に、本当に一番大事なモノはずっと傍に居たから。
「りょ――…」
「俺、お前だけしか要らねえみたいだ」
「んんッ」
手の代わりに自分の唇を思いっきり押し付けて、彼女の声を塞いだ。
声が、その甘い声が、他の誰かに聞かれるのはマズイ。いや…誰にも聞かせたくない。
初めて気付かされた子供染みた独占欲。内側に秘めた強く激しいまでの感情。
他の誰かが関与すること、彼女に特別な気持ちをぶつけること、もう何もかもが許せない。
そう。そのことに忍足が、気付かせてくれた。


「亮…ッ」
ダメだ。全然止まらない。止まってはくれない。
この行為が気持ちいいからとかじゃなくて、俺が俺自身をコイツに刻みたくて…
誰も見えなくなるくらい刻みたくて、そう思えば思うほどに止められない感情、心情、律動。
何でこんなに余裕がないんだろうか。焦る、逸る、焦る、逸る――…
「ゆい…ゆい…ッ」
何度となく名前を呼んで、何度となく抱き締めて、何度となく突き立てて…
余裕のない自分は滑稽だと思いながら、生まれてくるのは焦りばかり。
もっと、もっと…刻まないと飛んでいってしまう。他の場所へと飛んでいってしまう。
近くに居るはずなのに遠くに感じた彼女は、こうでもしないと消えてしまいそうで…
「りょ…待っ…て」
「待てない」
「ん、あああ――…」
二人同時に声を塞ぐ。秘密のやり取り、秘密の情事、だから誰にも知られないように。
だけど、止めるなんて出来ない。ようやく近くに、身近に感じたから。
もっと近づいて、もっと近づいて、もっともっともっと…離したくない。離せるはずがない。
「んんんッ」
「もうちょっと…我慢しろよ?」
ベットがギシギシと軋む音、塞がれてもなお喘ぐゆいの声、律動する度に響く卑猥な水音。
深く深く、更に奥を攻めようものなら更に卑猥さが増すばかり。
折り重なって触れている部分が熱い、突き立てている部分が熱い。
真っ白な肌に吸い寄せられて痕を残せば、その部分に小さな紅い華が咲き乱れる。
もう、この全てが俺のもの。もう離れることのないように、この体に俺を刻んで刻んで刻んで――…


「そ、そろそろイク…ッ」
長いような短いような、ゆいの意志など無視した行為に限界が来ていた。
追い立てられて、締め付けられて、吸い寄せられて…
俺の体がどんどん追い立てられるがままに発することを指示している。
「……優しく、出来なくてごめん、な」
いつの間にか小さく、細く、柔らかく…女性になってしまった彼女の体を抱いた。
続けている行為とは裏腹に、壊さぬようにそっと抱き締めて…
自分本位、欲望が赴くがままに抱いてごめん。無理させてごめん。だけど…

「誰よりも、お前を大事にする」






俺が果てた後、どうしたのかはわからない。
ただ、ふと現実に返った時、ゆいは俺の隣で静かに眠っていた。
狭いシングルベットの上、昔のように寄り添うように静かな寝息を立てている。
もう、幼馴染みとかご近所さんでは終わらない。そんなボーダーは取り外してしまった。
それをこんなに深く望んでいたというのに、変わってしまって少し寂しいとも思う。
だけど、そんな想いをぶっ飛ばすくらいに欲しかった、一人の女の子。

「もう、遠くに行くなよ」

変わることなく毎日響いていた、けたたましいまでの彼女の声。
これからも変わらずに響いて、俺の隣でいつものように笑って、いつまでも近くに居て。
もう変化を恐れないから、全身全霊で全てを受け止めるから。

「傍に、いて欲しいんだ。これからも、離れることなく…」

静かに眠っている彼女から答えが返って来ることはなかった。
でも、不意に唇が緩んで微笑んだように見えた。まるで、俺の言葉に頷いてくれるかのように。
前髪を掻き分けて、額に、頬に、唇に、小さなキスを落とせば、少しだけ身を捩る。
そんな彼女の横に再度寄り添って、俺もまた目を閉じた。

明日からはいつもと同じで少しだけ違う、そんな新しい生活が始まる。



戻る
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ