LA - テニス

07-08 PC短編
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---音楽を鳴らす



眠そうな顔、何度かその顔を叩く姿を見た。朝のHRの間、誰にも知らないように。
一番後ろの窓側の席は日差しが入って、この時期でも比較的に暖かい場所。
睡魔と闘う彼女の姿を何度となく見て来た。そう。彼女の隣の席だから。
もし、彼女が授業中に眠ってしまったなら起こすべきなのかもしれない。
だけど、必死で眠気を堪えて堪えて…眠ってしまった時の穏やかな寝顔。
あまりにも起こすには忍びなくて、教師が気付きそうになった時だけ起こした。

「……そろそろ先生が来るぞ」

その声に反応して、頑張って目を開けようとする彼女の、その表情は…
きっと、俺だけしか知らない、残すことの出来ない貴重なモノだと思われる。
そう。俺にとって大事な…モノとなるのだろう。



がんばる君の背中



彼女は今年、先生の言うがままに生徒会へと入った。クラス委員にもなった。
部活の顧問が言うがままに部長にも選ばれたと聞いている。俺と同じ2年なのに…
3年がいないから、同じ2年の中でも優秀だから、頑張れる子だから。
理由は彼女の性格をよく把握したモノで、大人が得意とする洗脳話術。
彼女はきっと、それを知りながらも引き受けているのだと思いたい。仕方ない、と。
そうでなければきっと彼女は過労死するだろう。この若さで、間違いなく。

「いつも起こしてくれて有難うね」
「さすがに志月も居眠りが原因で成績が落ちたら困るだろうから」
「そうね。出来れば、今の成績のまま進級したいかな」

少しばかりボケた発言。ズレた発想から垣間見れるのは穏やかな彼女の性格。
どれだけ彼女の中は平穏で満たされているのだろうか。時々感心する。
活発な子か?と聞かれれば、さほど活発さはない。だけど、大人しい子でもない。
自然と惹かれるものがある。もしかしたら、俺の欲目なのかもしれないけども。

「成績落ちたくらいじゃ留年はしないと思うけど?」
「それもそうだね」

穏やかな笑顔に癒される。会話をしているだけで俺に平穏を与えてくれる。
今のまま、このまま先もこうであって欲しいと願う。なぜか、いつも…



彼女は陸上部に所属していた。意外だといえば意外。
下駄箱からテニスコートへ移動する時にだけ見ることの出来るその姿。
教室で見る穏やかな表情とは一転した真剣な眼差しに、向けられたわけでもないのに惹かれる。
練習姿、ただグラウンドを整備する姿。全てに何故か惹かれていく。
これもまた欲目だろうか。横目で眺め、彼女の頑張りを見て、俺もまた頑張ろうと思う。
好きな子の背中を見て頑張ろうなんて…少し女々しいかもしれないけど。



「あ、日吉くん!」
「あ…お疲れ」
「あれ、元気ないね」

グラウンドとテニスコートの間にある水場。こうして時々会うこともある。
お互いにタオルを持って、休憩の合間に顔を洗って気持ちを引き締めるために。
この時の彼女は教室で会う穏やかな表情で、だけど生き生きとしていて。

「そんなことは…」
「嘘。顔に書いてあるよ?元気ないんですーって」
「それが嘘。元気がないんじゃなくて疲れただけ」

そう。まるで、太陽のように輝いているんだ。
お日様のように元気な子、というわけではないけど、本当に太陽のよう。
どこか遠く、手で届きそうもないところで輝いて、俺を照らしてくれるかのように。

「……部活で悩むこともあるよね。お互い頑張ろ!」

ポンッと叩かれた背中。彼女はすでに俺に背を向けて走っている。
その背中は何度見ても綺麗で、俺はいつも元気をもらっている。
元気を、頑張る気を、彼女の背中を見て吸収して…



「志月!」



少し遠ざかったところにいる彼女を不意に呼び止めた。
振り返った彼女は逆光を浴びて…その表情は全く見えないような状態。
少し手をかざして叫ぶ。彼女の耳に入るように、と。

「お前は頑張りすぎ。少し肩の力抜けよ!」
「……ありがと。でも今週の日曜、大会あるから!」
「だったら余計に頑張りすぎるなよ!」

遠くで会話してないで近づけよ。跡部先輩がいたならそう言うかもしれない。
商店街のオバサンじゃないんだから叫んで会話するな。宍戸先輩ならこう言うだろうか。
だけど、近づいたならお互い気を引き締めた意味がなくなりそうで…だから叫ぶ。
少し離れた場所にいる彼女も振り返っても近づくことはない。それがお互いに良い場所なのかもしれない。
いや…彼女にとっては、この距離くらいのヤツなんだろう。俺という存在は。

「日吉くんが応援に来てくれたら力まないで済むかもね!」
「……え?」
「じゃ、私戻るから!」

彼女は走る。光の方へと向かって、真っ直ぐに…
残された俺は動揺しているのに、彼女はどんな顔をしていたのかも見えなかった。
冗談なのか、本気なのか…見えたのはいつもの頑張っている背中だけ。

「……どうしろ、と?」

残された俺は口元を押さえて、呆然としていた。
言葉とは裏腹に日曜日のスケジュールに"大会の応援"と刻みながら…



◆Thank you for material offer 海龍
◇DEEP BLUE、穂高まなさんへ捧げます。


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