LA - テニス

07-08 PC短編
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---音楽を鳴らす

Turn inside out
楽しそうに笑っていた。楽しそうに話していた。響く笑い声が本当に楽しそう。
少なくとも私が目にしていた光景では、誰が見てもそう思っただろう。
それなのに何故、それが一変する必要があるのか…今は笑っていない。
ただその一瞬、目が合っただけ。それなのに冷たいまでの視線を流し、そして俯いた。
カンジの悪さは天下一品、好き嫌いはキッチリと、残酷で残忍な性格…



――嫌いだ、大嫌いだ。同じくらい。いや、それ以上に。



「今日の放課後、後期委員を決めるので帰らないように!」
四時限目が終わるや否や、ズカズカと教室へ入って来た担任はそう告げた。
朝のホームルームで伝え忘れたらしく慌ててる様子が窺えた。
「やったじゃん、祐希。ようやく体育委員辞めれるわけね」
「そうそう。でも体育祭終わったし、別にいいかなーみたいな」
節目とか区切りとか、そんなものもない普通の日。いつも通りの平日の放課後。
わざわざ時間を潰して後期の委員選出、出来ればホームルーム内でやってもらいたい。
自分が前期に何も役割がないからか、酷く面倒で億劫なものに感じてしまう。
「だからって後期もするつもりはないんでしょ?」
「正解!さすがゆいさん。そこんトコ、よく理解してらっしゃる」
「体育委員なんて、雑用係もイイトコだしねー」
私も祐希も、ダラダラ話しながら持参のお弁当を机に広げて昼食がスタート。
購買とか学食とか、わざわざ行くのも面倒でお弁当を持って来ているわけですが…
「……見事に冷凍食品ばっか」
「右に同じ。あ、ゆいと同じおかずあるし」
なんて、毎度毎度ながらに飽きないお弁当の中身トークも炸裂。
取り立てて笑い転げるような会話も無くて、だから教室に響く楽しそうな声に反応する。
教室の隅、同じく購買での戦利品を片手に集まっている集団に…
何の話題なのかもわからないけど、やけに楽しそうで、話題も尽きない様子。
だけど、一人だけ視線に気付くや否や…スーッと笑顔が遠退く。
「……カンジ悪」
「え?何が?」
小さく呟いた一言に祐希がすかさず反応する。
視線の先、表情の無くなった人物を顎で指してみせた。
「仁王?」
「アイツ、カンジ悪い」
確かにジロジロと見てしまっている私もカンジは良くないかもしれない。
だけど、その話し声が楽しそうで…つい見てしまっただけの話なのに。
嫌悪するかのように一瞥する必要はないと思う。むしろ、見られたくないならハッキリ言え。
一クラスの人数は決して少なくないけど、話したことのないクラスメイトはアイツだけ。
「悪いヤツではないけど」
「態度悪。私が何したっつーの」
そう。話したことがない以上、接触はないわけで嫌われる理由もない。
生理的に受け付けないと言われれば、それは正当な理由にもなるだろうけど…
「ま、好き嫌いもあるだろうから、気にしない気にしない」
意味も無くああいう態度を取られたなら、否応ナシに私もそうなってくる。
仁王が、嫌い、大嫌いだ。同じくらい。いや、それ以上に。
ぶすっと刺したタコさんウィンナーを頬張りながら、そう心で呟いていた。





授業が終わって、ホームルームが終わって…
担任が見守るなか、クラス委員がてんてこ舞いしながらも委員選出。
当然、誰もがやりたがらない面倒な委員なだけに自発的にしようという人物はない。
もちろん、前期を終えた委員たちも続けて…なんてことは考えていない。
ホンの数人の委員選出は困難を極めていた。
「立候補はないですか?立候補がない場合はアミダで――…」
クラス委員の"アミダ"という言葉にピクリと反応。
ぶっちゃけ、私の運は相当悪い。低い確率でも確実に引くことがある。
「アミダ、だって。ゆいのクジ運悪さが出るわね」
「ヤバイな…」
体育、保健などなど…どれを取っても面倒には違いない。
一つの委員ごとに再度、立候補がないかを確認し始めてる…
その横で、担任が悪戯なアミダクジを作り始めていて…かなりヤバイ。
「図書委員に立候補する人は…」
下手な委員になるよりは、少しでも仕事が楽なものに就いた方が利口というもの。
ハズレを引き当て過ぎた私は思わず手を挙げていた。本に囲まれるだけの図書委員へ…
体育委員の雑用も、保健委員の便り作りも、放送委員のアナウンスも絶対に嫌!
運が良ければならないで済む…なんて考えは甘い。私にとっては。
「立候補がありましたので、図書委員は志月さんと――…」
手を挙げた、私以外のクラスメイト。少なくとも私の視界には存在しないのに。
後ろ、私より後ろの誰かが挙げていた。私と同じ考えを持って、とみても良いのか。
「柳生くんに決定しました」
私の後方、離れたところに座っている柳生くんの手が挙がっていた。
彼は視線に気付くと"よろしく"と言わんばかりに頭を下げていた。

その後、時間は掛かったものの委員は無事に選出され、祐希は見事ハズレを引いた。
前期と同じく体育委員となった彼女は大きな溜め息をつき、私は笑った。

委員選出後、後期委員の顔合わせの会議があり、昼休みと放課後の当番が決まった。
クジ引き運の悪さを柳生くんに説明して、何とか良いポジションへと入り込むことにも成功した。
彼は私の説明を聞く間、終始笑っていて…取っ付きにくそうなイメージが綺麗に払われた。
「金曜の放課後で宜しかったですか?」
「うん。バッチリok!有難うね」
真面目そうな風貌に加えて、この口調。不真面目な私としては苦手なタイプ。
そう思っていたことを少し恥じた。実際、話して時間を共有してみたらイメージが違う。
これなら、きっと仲良く後期委員としてやっていける、そう安心していた。





金曜日の放課後。予想は的中していた。
明日が休みということで、図書室愛用者たちは迷うことなく帰路につくだろう。
そうフラフラと図書室に来る人もいないと見込んでの選択に間違いはなかった。
利用者が少なく、生徒もそういなかったら担当教師に言えば、私も無事に帰れる…はず。
「見事に人は来ませんね」
「そう、それが狙いだったから!」
「早く帰宅してしまおう、という魂胆ですか?」
「もちろん!柳生くんだってテニスで忙しいだろうし」
立海に通う生徒なら誰でも知ってる。テニス部のメンバーと言えば有名も有名。
全国大会にも行ってるくらいの実力に加えて、ファン集団も出来るくらいの色男メンツ。
ただ、ちょっと鬼の形相をした真田くんが怖いだけで…あとは皆優しいって専らの噂。
必然的に流れてくる話題から、彼がテニス部に所属していることを私は知っていた。
だけど、柳生くんは驚いた表情を浮かべてる。
「ご存知だったんですね」
「うん。有名だからね。テニス部」
「そうですか?」
「うん。黄色い悲鳴が飛び交ってるもん」
裏庭の方向にテニスコートがあるというのに、その悲鳴は正門まで響くという。
教師が注意しても無意味。でも、真田くんが渇を入れると静まる伝説は有名。
あれだけの黄色い悲鳴だから間違いなく、コート内はうるさいことでしょうに。
むしろ、声を上げている女子生徒の声帯は素晴らしいもの。よく潰れないなーと関心する。
「私が早く帰りたいのもあるけど、柳生くんにも都合はいいか――…」

不意に図書室の扉が開いた。

「仁王くん」
「会議じゃて。呼びに来た」
急に現われた人物に、当然私は顔を引きつらせた。
それは相手も同じことで…慌てた彼を急かすかのように呼び寄せる。
同じ場所で、同じ空気は吸えないってことね。それが酷く態度に現われてる。
「すみません、志月さん。後はよろしくお願いします」
「任せといて。部活、頑張ってね」
申し訳なさそうに頭を下げた彼に手を振って…そして、誰も居なくなった。
急に訪れた静けさだったけど、それは問題ではなく、予定時刻まで私は一人となる。
出された課題もあるし、ここにはパソコンもあるし、退屈はしない。
時折、時計と睨めっこしながらも過ごす時間は不思議と嫌じゃなかった。





それから毎週、金曜日になると決まって柳生くんと過ごす時間となった。
話題は特に尽きることもなく、時には声を上げて笑って…退屈はしなかった。





「今日も誰もいませんね」
「そうだね。意味ない当番だよね」
カウンターの中、横横に並んだ椅子に座って向き合って話す。
色々な話題があるけど、やっぱり主になるのはテニス部内での話で面白いもの。
ただ、ある人物の話題については触れないで、そう言うと不思議そうに首を傾げた。
「嫌いなんですか?」
「あ、相方、だったね」
「ええ。一年の頃からですが」
別に相方の柳生くんには罪はないし、悪くもないし、むしろ関係ないと思う。
だけど、何故かすまなそうにしている彼を見ると、うまいこと弁解もしたくなった。
「あ、食わず嫌いみたいなの。アッチの態度が悪いからちょっと、ね」
「態度、ですか?」
「そう。柳生くんみたいに話せたなら違ったんだろうけど…」
最初から態度が悪くて、カンジが悪くて。そうでなかったなら、別に気にしなかった。
それだけの話だと説明したけど、柳生くんは気に病んだような顔をしてて。
その表情が私のせいなら…と、必死に弁解しようとして、止められた。
「分かりましたから」
「……ごめん」

静まり返った図書室、居心地が一気に悪くなった。
だけど、それが急に開けられた扉によって更に空気が変わる。

「仁王くん」
「え?」
隣に居る柳生くんと、出入り口にいる柳生くんと。
交互に何度も見比べて、そして私の横で立ち上がった柳生くんが口を開く。
「あとで行く。真田にそう伝えといて」
「分かりました。なるべく急いで下さい」
図書室を出る柳生くんが出際に小さく呟いた。振り返って、私を見て。
"騙すような真似をしてすみませんでした"と。





横に立っている柳生くんと、この場を立ち去った柳生くん。
残された柳生くんは静かに眼鏡を外して、適当にそれを放った。
カウンターに放られたもの、それは度の入っていない、伊達眼鏡…
「柳生、みたいに?」
冷たく微笑んでいるように見えた。嘲笑うかのように。
さっきまで話していた柳生くんは、柳生くんではない人物へと変わっている。
カンジの悪さは天下一品、好き嫌いはキッチリと、残酷で残忍な性格…
「……ッ」
カウンターに置いた荷物を手に、立ち上がった。
目の前に立ちはだかったものに一瞥して、横をすり抜けるために。
騙されていた。二人の間で何があったかは知らないけど、ただ騙された事実がある。
嘲笑うため?だから、わざと私に弁解をさせるような真似をして…
「退いて」
嫌う理由が、増えた。今までとは違う、正式に嫌う理由が出来た。
目の前にいる人物が嫌う理由はわからなくとも、自分が相手を嫌う理由が出来た。
「邪魔よ、退いて」
「誤解されたままじゃ癪じゃけー退かん」
睨んで、目の前にいる人物を睨んで、右に移動すれど相手も同じ方向に動く。
左に移動すれど、やはり同じ方向に動いて、少しずつ移動が制限されて…
「いいよ。退かなくても」
さっきまで座っていた椅子を引き出して、悪いとは思うけどそこに足を乗せる。
目の前の腰くらいまであるカウンター、それを越えようとして止められた。
「そう簡単に逃がさんぜよ」

体の位置、引かれた手でバランスは大きく崩れ、落ちた。
ちゃんと開かれた腕の中へ、重力、引力には逆らえず強制的に落ちた。

「特別じゃから。ずっと、前から――…」




















「…苦労したぜよ、そっから」
「そりゃ、仁王先輩が悪いっス」
「愛情表現が屈折してますからね」

赤也が後学のために、なんて言うもんじゃけー話してやったにも関わらず。
結局、"俺じゃ参考にならん"とか抜かしおって、話損もいいとこじゃ。
あれから俺が態度を改めて、好かれる努力をして…ようやく捕まえた武勇伝。
折角、聞かせちゃろうと思ったけどヤメヤメ。こいつらに話すだけ損する。

「にしても、よく嫌いから好きに変えれたもんだな」
「馬鹿じゃのう、ジャッカル」
「……お前に馬鹿と言われたくないな」



――嫌よ嫌よも好きのうち、て言うじゃろ?



◆Thank you for material offer Blue Moon Rain


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