LA - テニス

07-08 PC短編
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---音楽を鳴らす



気になる視線を感じることが増えた。
このクラスになって頻繁に、何処からか。
自意識過剰と言われようとも、間違いなく感じる。
恐怖すら、覚えるほどに――…



か く れ ん ぼ



チクリ、チクリ、またチクリ。
一本の矢のような視線を感じる。
何処からともなく、射られるような感覚。
最近では毎日のように。

授業中は振り返られないけど、休み時間はそれとなく振り返る。
だけど、教室内の誰もが個々に動いている。
視線の矢は突如として途切れ、行方すらわからない。

チクリ、チクリ、またチクリ。
この視線は一体…


「ねぇ、祐希」
「んー?」
呑気にポッキーなんかを食べて雑誌を眺める親友。
彼女に癒されつつも、日頃の疑問をぶつけてみる。
「私って他人様の恨みとか買ってると思う?」
人知れず、恨みを買う可能性は誰しもあると思う。
だけど平穏を第一に願う私。
早々、他人に迷惑を掛けてみたり、恨みを買ってみたり。
そんな真似は、恐ろしくてしていないと思う。
「何、脅迫状でも来たわけー?」
「んなコト、あるわけないじゃん」
「別に、そんな恨みとか買うカンジはないと思うけど」
"逆に私の方が買ってる"なんて、祐希は笑った。
それもどうかと思うんだけど…
「何かさ、視線を感じるんだよね…」
チクリ、チクリ、またチクリ。
少し振り返っても、視線の出所は不明。
祐希も同じく、振り返ってみてたけど、
「んー…そうなの?」
"気のせいじゃない?"と言わんばかりの反応。
そんなやり取りの中でも感じる。
チクリ、チクリ、またチクリ。
異様なまでのイタイ視線が、最近では恐ろしくも思える。
「気のせいだといいんだけど…」



日に日に感じる視線。
日に日に過敏になる私。
あまりの恐怖に、教室へ入るのが怖くなった。



「あっつー…」
高いところへ移動すれば…
そう思って屋上へ逃げ込むも、日差しのせいか暑い。
とうとう教室を抜け出して、視線の来ない場所へと逃げた。

チクリ、チクリ、またチクリ。
ここではそんな視線は感じない。

過敏になり始めた私が、少しだけ安心している。
変な安堵感、初めての逃走。
暑いなか背伸びをして、大きく深呼吸した。

「……珍しいのぅ。先客じゃ」

息を止めて振り返った。
変なイントネーション、男の人の声。
でも、この声の正体を知っている。

「…仁王、くん?」
「正解じゃ。同じクラスの志月さん」
クラスメイトだけど数回かな、話をしたくらいの人。
女泣かせで有名で、詐欺師だと言われている…らしい人。
「何しとるん?授業始まったぜよ」
「えっと……」
祐希が言ってた。"気を付けるに越したことはない"と。
そんな人が…目の前にいる。
警戒警報オン。体が無意識に後ずさり。
「そんな怯えんでもええじゃろ」
「いや…そういうワケでは…」
よいしょ、なんて言いながら隣に座り込む仁王氏。
ケラケラ笑うその表情が、少しだけ無邪気に見えた。
まるで、子供のように…思えた。
「志月もサボりじゃろ?」
「えっと……」
「安心せい。告げ口したりせんよ」
彼は優しく微笑んだ。

同じクラスの彼が、たまたま同じ場所に居合わせた。
だけど、話したことは少なくて…
まだ警戒心のようなモノは残っている。

「随分、大人しいのぅ」

胡坐をかいて、マジマジと私を見つめる彼。
その顔、私も初めてマジマジと見る。

「綺麗な顔、してるね」
日本人離れした端正な顔立ち。
髪の色だって透き通るような…そんな色。
「色素薄くて羨ましい」
「……俺の質問の答えになっとらんし」
プリッと苦笑いされた時、ハッとした。
初対面に近い人に向かって、失礼な…
でも、何だろう…親しみやすいような雰囲気。
それを彼から感じていた。
「ああ、ゴメン。で、何?何って言った?」
「…話も聞いとらんのかい」
「うう…ごめんなさい」

残る警戒心のなか、会話を始めた。
どちらから…というわけでもなく。
たまたま一緒になったから、そんな理由で。

「変わったコじゃのぅ、志月は」
「え?何が?」
「こんなに面白いコじゃとは思わんじゃったき」



チャイムが鳴ったから、私は教室へ戻った。
仁王くんは戻らなかった。



少し吹っ切れた気持ちで教室へ戻れど、しばらくしたらまた感じる。
チクリ、チクリ、またチクリ。
振り返っても誰も私を見ているわけじゃない。
だから、また正面を見るけれど…チクリ、チクリ、またチクリ。
もう一度、振り返った時に目が合った。軽く手を振る仁王くんと。
ちょっとだけ、彼の笑顔に安堵感を覚えた。





「仁王くん」
「何じゃ、またサボりかのぅ」

視線が怖くて逃げ出した日はいつも出会う。
だから声を掛けて、安堵感を得る。
噂とは裏腹の彼から――…

「何だかね…教室は居心地悪くて」
「ほぅ…俺はそんな風には感じんがのぅ」
「私だけかも、そう思うのは…」

理由を知りたがった彼に、私は話さなかった。
今は…彼から得られる安堵感だけに浸りたい。

「そのうち、理由を話すから」





チクリ、チクリ、またチクリ。
何処からか感じる視線は消えることはない。

「アンタ、本当に大丈夫なの?」

頻繁に授業をサボるようになって、祐希が心配してくれた。
だから、笑って告げた。"平気だよ"と。

ノイローゼになっていないか、自分でも心配になっていた。
チクリ、チクリ、またチクリ。
送られてくる視線に対して、過敏になって…





「またおるし…」
「仁王、くん」
「最近、頻繁じゃのぅ」

いよいよ、居場所が見つからない感覚がした。
あの教室から、あの視線のせいで…

「イジメでも受けとるんか?」
「……どうなんだろ」

アバウトな理由。
だけど話した。彼に全て…

「視線、なぁ…」
「仁王くんはそんな経験ない?」
「……どうじゃろな」

彼はそれ以上、何も言わなくなった。





――チクリ、チクリ、またチクリ。





「志月」

放課後、珍しい人から声を掛けられた。
教室の中には誰もいなくて、チクリと痛む視線もない。

「何?どうかした?」
「視線、俺じゃよ」

微笑んで、傍に近づいて来た。
予想もしなかった、言葉と共に…

「志月を見てたんは、俺じゃ」

ガタガタ、と音がして…捕らわれた。
捕らわれて、床へ倒れこんだことが他人事のように思えた。
机の脚が真横に見えているのに…

「気付いとったんなら、かくれんぼは終わりじゃけ」
「な…に…?」
「一度だけ、見つかったんになぁ…」

あの時…
振り返った時に目が合った。軽く手を振る仁王くんと。
たった一度だけ、視線の先に…

「気付かんかった志月が悪い」
「…意味、わかんないよ?」

今の状態も、かくれんぼも…全く意味がわからない。

「かくれたのは俺、鬼は志月」
「だから……ッ」

埃っぽい教室の床で、誰も見ていないトコで
無理やりに言葉を奪われた。

「んぅ…ッ」
「気になったから、見とったんじゃ」
「んんッ」
「…怖がらせてすまんかったな」

言葉とは裏腹に、クチュクチュと口内を這う舌。
背中に回された手は優しい手つきで私を撫でていた。

「ゆい」

私を呼ぶ声。
仁王くんが、こちらを見てる。

「お前を好いとるんじゃ」
「え…?」
「もっと早う気付いて欲しかっただけじゃ」





――もういいかい?


……まーだだよ


――もういいかい?


……もういいよ






鬼が捕まえないから、俺が捕まえた。
逃げるなら、早う逃げた方がええじゃろな…

彼はそう言いながらも、捕らえた私を離さなかった。
痛んだ視線は、与えられた安堵感で消えた。
だから、私は……




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