LA - テニス

07-08 PC短編
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---音楽を鳴らす



いつもぼんやりしとって、多分性格はおっとりしとって、でも友達とおる時だけはふんわり笑う。
めちゃめちゃ穏やかな雰囲気の中で微笑んだ彼女に、俺は自然に惹き込まれる。
でも、お互いに擦れ違うだけの生活しかなくて、声なんか気軽に掛けられへん。
せやからやろか…微笑む君は、いつも果てしなく遠くにおる存在――…



理由もなく ただ近くて遠い



同じクラスの子やさかい、本当に数えるだけの会話はしたと思う。
せやけど、どうしてやろか…いつものような軽い言葉が浮かんでけーへん。
冗談も言わへんし、軽いスキンシップも出来ひん。全然、打ち解けられへん。
それが彼女に対して特別な想いがあるっちゅう証拠、やて気付くのに時間は要らんかった。
柔らかな物腰と雰囲気と、俺には向けられることのない笑顔と…
ヤラれてもうた。これが一目惚れっちゅうモンなんやて知らされる。実感させられる。



「……なあ跡部」
「んだよ。腑抜け面しやがって」
「これ、恋…やろか?」

うわ!何すんねん跡部!吹き出した空気に唾混じっとるやんか!
別に変なこと言うて変のに思いっきし吹き出すっちゅうんはどないやねん!
めっちゃ真剣に悩んどるのに…男心っちゅうんを察して欲しいねんな。

「暑さで頭沸いたか?だったら涼んで来いよ、冷蔵庫に入ってな」
「阿呆抜かすなや!」

ククッと笑う跡部の顔、めっちゃ殴ったりたいわ…て、んなコトしたら親衛隊に殺されるか?
ああ、何にせよ相談相手間違うたみたいやな。コイツやったらイケるて思うた俺が馬鹿やったわ。
せやかて岳ちゃんには言うても無駄やし、宍戸やジロー、滝もアテになれへん。
鳳とか日吉とか、その辺は論外やし。消去法で残った跡部もミスて、どうすんねん。

「で、何処のどいつだ?」

ちゃっかり聞くんかい。せやったら人の話、真面目に聞いてんか?
ほんでマトモなアドバイスとかせえよ?本気で今モヤモヤして、変な感情だけあって…
どうすればええんか、どうすればモヤが晴れんのか、ガラにもなく本気で、悩んでるんやから。

「ほら、さっさと言えよ」
「……クラスメイトの志月」
「……やっぱり、な」
「ん?どういうことやねん」

跡部はただ笑って、それ以上は何も言わんと俺から離れてった。
追っかけて話を聞くことも出来たんやろうけど、それはきっと無駄やろうからせんかった。
跡部の目には何が映っとるんやろか。他人を無意識に観察する癖、ようないでホンマに。
いや、その癖はええにしても、何かに気付いときながら言おうとせんのはアカンな。
めちゃめちゃ気になって、めちゃめちゃ混乱すんねんけど。やっぱ跡部に言うたんはミスやな。

「おい忍足!」

嫌な笑顔で俺を呼び付けよって…何かええアドバイスでもくれるんかいな。
これで意味もなく呼んだっちゅうんやったら、ホンマ温厚な俺でもキレんで?

「図書室」
「……それがどないしてん」
「いつも志月はそこに居るぜ?」





――数日後、天気予報は大きく外れて午後から雨。

これは…チャンスやろか。跡部が言うた通り、彼女は放課後決まって図書室におる。
手持ちの本を眺めて…時折、外の景色に目を移してはまた本に戻る。
まるで洗礼された動作のようや。一つ一つの動きに不思議と釘付けになってまう。
今日は雨。これは神様が与えてくれたチャンスなんやろか…

当然部活は休みになった。俺は一人、長いこと延滞しとった本を持って図書室へ。
彼女が当然の如くおるとは限らんのに…それでも何処か淡い期待だけはしとって…
物音を立てずに入った図書室。その奥、窓際の隅の席を覗く。

「…雨なんか降るから…」

誰もおらん図書室で、不意に響いた小さな声。それは明らかに志月の、声。
雨が嫌いなん?傘でも忘れたん?せやったら、俺の置き傘で一緒に…
一生懸命、言葉を、会話を組み立てていこうと思うてんのに、それが噛み合わへん。
口に出して声を掛けることすら出来てへんのに、どうしてやろ。うまく言葉が、出てけーへん。

「…練習風景が見れないじゃない?」

そう。彼女がこう続けてくれたらええのに…そしたら、ホンの少しだけ勇気が出る。
その窓から見られる景色は、俺らのおるテニスコートだけ。俺でなくてもええ、そう言うてくれたら…

「…忍足、くん」

不意打ちやった。振り返って、俺の名前を呼ぶなんて…予測も出来てへん。
むしろ、俺の声が、言葉が、口から零れたんやろか。目を大きく開いて驚いた彼女が見える。
ガラリとした図書室で、シーンとした空間の中で響いた、彼女の声――…



「そんなに驚かんでもええやろ。志月」

頑張れ、頑張れ俺。話を…話をうまく繋いでくんや。
これは神様がくれたチャンス、そう滅多にないチャンスなんや。もうあれへんかもしれんで。

「あ…うん。そだね」
「あれか?俺が本読むんが意外とかか?」

頑張れ、頑張れ俺。こないぎこちない態度やったら逃げられんで。
いつもみたいに自然に、いつもみたいに冷静に、いつもみたいに…て、いつもの俺はどないや?
彼女を目の前に、どうやって冷静になったらええねん。めっちゃドキドキ、しとるのに。

「そんなことはないんだけど、ココにいることに――…」
「驚いた、ちゅうコトやな」

頑張れ、頑張れ俺。今しかチャンスないで?今のうちに距離縮めよ。
そしたら昨日より今日、今日より明日…て悪い方向には行かんくなるやろ?
この無意味に広い距離縮めて、少しだけええ方向に傾いたら…また頑張れるやろ?

落ち着きなく打つ心臓を耳で感じて、震える手を抑えつつ彼女の隣へ…
本なんか…今はどうでもええねん。適当に置いて、手の震え見られたないから頬杖ついて。
ヤバイ。めちゃめちゃ近くに彼女がおる。まだ驚いた表情で…
なんでやろ。めっちゃ近くにおんねんけど、なんでこないに彼女は――

「…遠い、ね」

彼女の声と、俺の心の声。何処かで一致した。
ホンのちょいの距離、手ぇ伸ばしたら届くっちゅうくらい近いのに…
そう。俺たちはお互いがお互いで距離を置いとる。せやから、こないに遠くに思えるんや。

「何がやねん」
「忍足くん」
「俺かいな。めっちゃ近くにおるっちゅうねん」

近づきたい。距離的なことやのうて、もっと心の距離、縮めたい。近づきたい。
もっと、もっと…遠くやのうて近くで、手が届くとか届かんとか、そんなやのうて近くで…
何て言うたらええんやろ。どう言うたらええんやろ。俺の、この焦る気持ち、どう伝えたらええねん。

「…ホンマに遠くにおるんは志月の方ちゃうか?」

口から零れたんは俺の本音。俺が遠いんやなくて、志月が遠くにおる。
手ぇ伸ばして、その髪に触れた。こないに近くにおるんねんけど…何処か遠くの存在に思える。
それを否定しとうて、何度も何度も髪に触れて…あやすように撫でた。
ホンマに触れて欲しいんは、俺の方で…彼女にただ触れたいんも俺の方で…

「そだね。遠くにいるのは私かもしれない…」

穏やかな口調で答えた彼女に俺は、うまく言葉が返せへん。
何処行ったんや?俺の口は、言葉は、思考回路は。言わなアカンやろ?返事せなやろ?

「今、少し近づいた気がする」

言葉を返す前に、彼女の方から口を開いて言葉を紡ぐ。
近づいたんは…俺との距離やて、思うてええんか?そう解釈してええんか?

「俺が、かいな」
「そう」

ふんわり、彼女が初めて微笑んだ。
俺がずっと見たかった、俺の方に向けて欲しかった、惹き付けられた微笑み。

「だから、めっちゃ近くにおるやんて」

自然に笑えた。彼女を目の前にして、少し近づけた距離の中で。
ああ、やっぱそうなんや。このモヤモヤした気持ちは恋と思うてええんやな。
君のふんわりとした微笑みを見た瞬間から、俺は――…

「よし、頑張ろう」

急に放たれた言葉に、一瞬戸惑った。
俺に頑張れ、て言うとるわけやないと思うけど…そう聞こえた。
頑張れ、頑張れ俺。そう、さっきまで自分自身に掛けていた言葉。

「…突拍子もない決意やな」
「今はそれでいいの。ありがとね」

アカン。今の笑顔は今までで一番や。俺を一瞬で虜にした笑顔以上のモノ。
また、手が震え始めた。アカン。俺、めっちゃ、この子が欲しい。この子やないとアカン。
これを、この想いを恋と呼ばずに何て呼んだらええねん。このままで、終わらせたない。

「…何やわからんけど、どういたしまして」

机の荷物、流れるように動いて…彼女が背を向けて歩いてく。
ええんか?俺。このまま、何も言わんと帰してええんか?もっと、もっと…近づきたいやろ…!



「あ、志月。ちょい待ち」

雨を降らせた神様、ココに志月を呼んでくれた神様、俺に…告げる力下さい。
神様なんておれへんて、運命なんてないて、思うてたけど全部撤回するさかい。
俺、この子を手に入れるためやったら何でもするさかい。せやから、ホンのちょっとでええ。
彼女に告げさせて。彼女に届いて。彼女との距離、もっと縮めて――…

「出来れば…ココにおったホンマの理由、聞いてくれへんか?」
「え…?」

振り返った彼女は、また少し驚いたような表情を浮かべとる。
もう、今しかないねん。言うて、シンプルなヤツでええから、うまく言葉を出して。
頼むから…雨音で消えたりせんように、彼女に届くように言うてや。なあ、頑張れや俺。

「志月が…俺の好きな子がおるって聞いて、ココに来たんや」

彼女に伝わってへんかったら、今度はビシッと言おや。こんな周りくどい言い方せんと。
せやけど…それを告げる前に、志月は持ってたカバンを派手な音を立てて落っことした。
呆然としたまま俺の方を見て…小さく唇が動くのが見えた。せやから返事した。

「嘘やない。俺、志月が好きやねん」



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