LA - テニス

07-08 PC短編
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---音楽を鳴らす



同じ地球、同じ国籍に生まれて、同じ地域、同じ学校、同じクラス…
同じ場所で同じ空気を吸っているはずなのに…
こんなにも遠くに貴方を感じる――…



理由もなく ただ近くて遠い



元々、近い存在だなんて思ってはない。
彼の周りには常に人、人、人…女の子ばかりだけど。
そんな人だかりの中で彼は笑って、当たらず触らずな言動。
だけど時折、笑みを失くして伏せ目がちになる。
私はただ、そんな彼の行動をただ見つめているだけ…

クラスメイトなだけで会話をしたのは数回程度。
どちらともなく距離を置いて、どちらともなくギコチない態度。
理由なんかはなくて、ただ遠くに感じる人だから迂闊に近づけない。
親衛隊の人の目も怖いし、ファンのコも怖いし。
ただの一般中学生男子なんかじゃ、ない。

「……」

意味もなく、放課後に図書室から眺める景色の中。
彼は真面目な顔をしてコートの中で走っていた。
その付近には黄色い歓声を上げて群がる女の子の集団さん。
暑いのにお疲れ様です、そう言いたくなる。
私は頬杖を付いて、エアコンの風が涼しい図書室の窓際を確保。
彼女たちとは違うスタンスの中、見つめているだけ。

外で彼女たちに混じる勇気もない、臆病者。
人よりも近い位置にいなくもないのに、近づけない弱虫。

そう。こんな私は、まるで向日葵のよう。
太陽へ近づきたいのに、近づくことは出来ない。
一生懸命、手を伸ばしても…届きはしない。

……違う。

これじゃ向日葵に失礼な話。
だって、手を伸ばすことすら出来ずに見ているだけ。
太陽に届かないと知って、ただ俯いているだけ。
なんて、近くて遠い存在なのだろう。

「……あ」

ギャラリーに向かって手を振ってたから、跡部くんに怒られてる。
向日くんがフォローを入れてるのかな?彼に近づいて、何か話をしている。
声こそ聞こえないけど、ここからの眺めは悪くない。
誰にも気付かれないし、誰にも邪魔されることはない。
こんな風景を眺め続けて、もう3年目になる。
いい加減、飽きることを知らない自分が滑稽にも思える。

動き出す術を、誰か教えて欲しい……





――翌日、午後より雨なり。

朝の天気予報のお姉さんのウソツキ。
今日は晴れますよーなんて景気よく言っておいての雨。
傘は持って来てないし、テニス部も休みになった。
貴重な放課後の日課を潰されて、蒸した空気に煽られて…
イイコトなんてない。全くもって。
それでも日課っていうのは恐ろしいもので、無意識に足は図書室へ。
今日はこのエアコンの効いた涼しい部屋に用なんかないのに。

ガラリとした図書室の、私の愛用する指定席。
行く必要もないのに足はそこへ向かう。
徐々に外の景色が広がって、降りしきる雨がハッキリと見えて。
テニスコートは水浸し、大きな水たまりなんか出来てる。
当然、そのコートには誰も居なくて、ギャラリーだっていない。
いるとすれば…ココに独りのギャラリーだけ。

「…雨なんか降るから…」

遠くで眺めることすら叶わない。
しかも、降り止む様子もないから濡れて帰る。
大袈裟かもしれないけど、心境はブルーで二重苦。
溜め息すら、勝手にこぼれた。

「…練習風景が見れないじゃない?」

背後にそびえ立つ本棚から、物音もなく人。
ガラリとした図書室で、シーンとした空間で響いた低いトーンの声。



「…忍足、くん」

分厚い本を持って、私の目の前にいる。
似合わないわけじゃないけど、瞬きをするのを忘れるくらい見た。

「そんなに驚かんでもええやろ。志月」
「あ…うん。そだね」
「あれか?俺が本読むんが意外とかか?」

穏やかに微笑んで、目の前に存在する。
誰にでも見せる表情で、誰にでも返す言葉で。
でも…ギコチない、この空気。
きっと、私が作り出しているに違いない。

「そんなことはないんだけど、ココにいることに――…」
「驚いた、ちゅうコトやな」

遮るように私の声に重ねられた言葉。
手に持った本を適当な場所に置いて、ガタガタッと音を立てて椅子に座る。
私の隣、頬杖をついて此方を見つめてる。
ホンの少し距離、手を伸ばしたら届くほどに近いのに…
どうして、こんなにも遠くに思えるのだろう。

「…遠い、ね」
「何がやねん」
「忍足くん」
「俺かいな。めっちゃ近くにおるっちゅうねん」

突っ込みポーズを取る彼に、笑うのが本当なんだろうけど。
笑うことすら出来ないくらい…遠くに感じる。
そう。テレビ越しに見る芸能人みたいな、そんなカンジ。

「…ホンマに遠くにおるんは志月の方ちゃうか?」

伸ばされた手が、私の頭を小さな子供をあやすかのように撫でる。
伝わる彼のぬくもりが、撫でられている感覚が、少しだけ彼を近くに感じさせた。
いつも遠くで見る、優しい彼の優しい言動。

「そだね。遠くにいるのは私かもしれない…」

勝手に神聖化して、壁を作って、遠くにいて。それをやっていたのは私。
意味もなく理由もなく、距離を置こうとしていたのは私。
彼は遠くにいるわけじゃなくて、私が遠くへ、遠くへ行こうとしている。

「今、少し近づいた気がする」
「俺が、かいな」
「そう」
「だから、めっちゃ近くにおるやんて」

今度は笑えた。彼を目の前にして、少し近づけた距離の中で。
もしかしたら今なら、彼女たちと同じスタンスに立てるかもしれない。
懸命に手を伸ばす向日葵のような、彼女たちに。

「よし、頑張ろう」
「…突拍子もない決意やな」
「今はそれでいいの」

おもむろに立ち上がって、見下ろした彼の姿。
今はまだ勇気はなくて言えないけど、残り少ない時間の中で告げよう。
本人を目の前に決意するなんて変かもしれないけど。
机に置いた荷物を手に持って、浮かべた私なりの最大の笑顔。

「ありがとね」
「…何やわからんけど、どういたしまして」

彼に背を向けて一歩ずつ前へ歩く。
振り返らず、前を向いて…これが成長だと信じて。



「あ、志月。ちょい待ち」

背後から響いた低いトーンの甘い声。
振り返れば、時折見せる笑みを失くした伏せ目がちな表情。

「出来れば…ココにおったホンマの理由、聞いてくれへんか?」

ゆっくりと立ち上がって、雨模様をバックに目の前にいる彼。
重そうな口はゆっくりと言葉を紡いだ。



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氷帝三年R誕生祭、参加作品



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