LA - テニス

07-08 PC短編
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---音楽を鳴らす



今更、気恥ずかしいのはわかる。わかってるつもり。
私だって成長して、幼かった自分なんてアルバムの中でしか存在しない。
だけど、今更変わってしまうにはあまりにも忍びない。そんな私たちのカンケイ。



理由もなく ただ 近くて遠い



「……」
「こら亮ッ、無視して歩かないのッ」
わざとらしく耳なんか塞いで、そんなことで私の声が聞こえないわけがない。
いや違う。むしろ、聞こえてるから耳を塞いでる。
隠しても無駄、今更無意味。だってそうでしょう?
「可愛い幼馴染みをナイガシロにすんなーッ」
私の叫びも虚しく、亮の歩調は上がって…走らないと追いつかない距離へ。
仕方なく私はとぼとぼ、面白いことのない道のりを一人で歩いた。

ずっと一緒に登校するのが日課で、当たり前の習慣だった。
少なくとも、小学校を卒業するまでの間は。
中学校へ上がって部活を始めた亮。それでも朝練以外の日は一緒だった。
だけど今は…誰に吹き込まれたのか、一緒に歩くこともままならない。
話すことも、もうほとんどなくなって来ている。



「お。ゆいちゃーん」
横道から大柄な男が手を振って近づいて来てる。
さすがに暑いのか、女の子みたいに髪なんか結って。
「…おはよう、眼鏡男」
「うわ、そんなネズミ男みたいな呼び方せんといてーな。せめて伊達男くらいに…」
「私にとっては眼鏡男も伊達男もネズミ男も同じじゃい」
朝っぱらからハイテイションにしか思えない変なイントネーション。
低血圧な私には、少し耐えがたき会話テンポの男。
「同じちゃうやろ。少なくとも俺は色男やで?」
「ケッ、忍足のくせに」
亮と同じテニス部に所属する、自称色男の忍足。
わざわざ歩調を合わせて歩いてくれなくてもいいわい。
何のために長い足が付いてるのか知らないけどさ。
「朝からおもろい叫びしとるなぁ」
「日課よ、日課」
「宍戸も意地にならんと、一緒に歩いたればええのにな」
大きなお世話。亮が意地になってるなら、私も意地になる。
毎日、毎朝、声が枯れるまで叫んでやるんだから。
「…ところで、眼鏡男は何で私と一緒に歩いてるわけ?」
「冷たいやっちゃなぁ。たまにはええやん」
「恥ずかしくないわけ?」
亮は"今更、お前と並んで歩くのは恥ずかしい"と言った。
つい最近まで一緒に歩いてたはずなのに。
「そんなん意識の問題やろ。恥ずかしいて思うたら恥ずかしゅうなるかもな」
「……眼鏡男にしちゃ、イイコト言うわね」
確かに、私は亮と並んで歩いたとしても恥ずかしくはない。
今、こうして忍足と歩いてても恥ずかしくはない。
なるほど…これが意識の問題ってわけね。

「…何で嫌なのかな。亮は」

いつかは変わってしまうとは思っていたけど。
私の居る位置は変わって欲しくなかった。
変わらないものだと、ずっとずっと思いたかった。

「ほんなら、何でゆいちゃんは宍戸やないとあかんの?」

何かワケ知りの忍足の顔が腹立たしかった。
だけど、私にはその質問に対しての答えが、見出せなかった。



何を悩んでるんだろう、私は。
たかが眼鏡男に言われた、他愛もない一言に。
"何で亮じゃないといけないのか"なんて――…

理由なんてない、きっと私にも亮にも。
ただ昔のようにはなれなくて、だからこうなって…
それが寂しいって、私だけ感じてるから追いかけてる。





あの眼鏡男のせいで、追うのが怖くなった。
今更、あれだけ追いかけてて…追うことが出来なくなった。
日課だったのに、止めてしまった。

「……あん眼鏡男め」

考えすぎたら知恵熱が出るっていうけど、コレ本当。
風邪をひくようなコトをしたわけでもないのに熱が下がらない。
追うのを止めて5日目、知恵熱で欠席して3日目。
明日から土日連休だから…一週間、亮に会わないことになる。

「こんなコト、今まであったかな…」

長い期間、幼馴染みとして過ごしていた。
家だって近所で誰よりもよく遊んでたし、誰よりも近かった。
近かったはずなのに。



―――……



暑かった。寝汗のせいで気持ち悪くて目が覚めた。
別に夢なんか見てなかったし、意識はハッキリとしていた。

「……ゆい?やっと起きた」

しっかり肩まで掛けられた布団の端、私の手だけが外気に触れてる。
それなのに、温かくて心地の良いカンジ。
「亮?」
「見掛けないと思ったら寝込んでたんだってな。激ダサ」
「病人に向かって…それはないんじゃない」
目が覚めて、現実の中で会話をしている。
どうしてだろう。手が、異様なくらいに熱い。
「何やってんだよ、ったく…」
下がってない熱の中、反論する元気がない。
続く知恵熱と格闘しながら、口答え出来るほどの元気が、欲しい。
じゃないと、会話が…続かない。続けたいのに。
「忍足が心配してた」
「……」
「知恵熱じゃないかって」
今、この現状で眼鏡男は関係ない。
そう言ってやりたいのに、言葉が出ない。

代わりに、動いた。私じゃなくて亮が。

「うつしとけ」

亮が動いて、ようやくわかった。手、握ってくれてたんだ。
で、今の状況が、よくわからない。

「…何でキス、するの?」
「ゆいの熱がうつるように」

意味がわからないのに、何度も重ねる唇。
だんだん口付けが深くなって――…

「……ヤバいから帰る」
「え…」
「そんな顔すんな。ヤバいから」

意味がわからなくて、それ以上、何も言えなかった。
知恵熱なんてうつせないのに、キスの意味すらわからない。

「亮…」

振り返った亮の顔は赤かった。
何か言おうとして…口を動かすも聞き取れない。
ただ、最後に言った言葉だけ…

「元気になったら、俺んトコ来いよ」



全快するまでにさほど時間は掛からないと思う。
だから、回復したら真っ先に会いに行こう。
亮の重そうな口を開かせるために。



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