LA - テニス

07-08 PC短編
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---音楽を鳴らす



変わらずにいたい、なんて思っちゃいけないのかな。
異性を意識したくないし、昔のままでいたい。
みんなが大人になっていくのに、一人だけ幼稚な考え。
私だけが、取り残されていく…



Child Venus 〜後編〜



思わず、逃げて帰ってしまった。
何も聞きたくなくて、私は終わりにしたくなくて。
今のまま、過ごしていきたかった。
「ゆい?帰ったの?」
食べた物を吐いてしまいそうなくらい、体に衝撃が走っていた。
急に走り出して、追われないよう無理して…
クラスマッチでも無理した私の体は悲鳴を上げていた。
「ゆい、ご飯は…」
「気持ち悪いから…いらない」
部屋に入って来た母親は、心配そうに私を見つめていることだろう。
私はベットの潜り込んだまま、背を向けていた。
それ以上、話もせずに転がって…ひそかにお腹を押さえていた。
「ねぇ、ゆい。あなた…」
「ごめん。もう寝たいの」
母親の言葉の途中、遮ったのは私の冷たい言葉。
何も言わず、ただ部屋を去った母はきっと溜め息をついた。
きっと、寂しそうな顔をしていただろう。
「……」
ギスギスと痛むお腹、バクバクしている心臓。
私の体なのに…"もういらない"と思うくらいの動きをしてる。
制御された体を、私は制御出来ない。
だから、寝てしまうことで全てを忘れようと目を閉じた。



翌日は嫌味なくらいに晴れていた。
早くに寝過ぎて重い頭を上げて、ベットから起き上がった。
何も変わらない朝、それなのに…まだお腹は痛んだ。

家を出て、学校へ着いて…
痛むお腹を押さえながら、向かった教室。
「おはよう。ゆい」
「…おっはー」
「何?どうかしたの?顔色悪いよ」
ギスギス痛むお腹を押さえながら、何とか教室に入り込む。
食べ過ぎたのか、便秘なのか…
考えても原因は見当たらないし、わからない。
祐希は心配そうにして、保健室へ行くように薦めて…
「大丈夫だよ。平気平気」
「ゆい…」
「昨日、ちょっと食べ過ぎたんだよ」
私は笑って、痛いお腹を押さえたまま席に着いた。
痛いのは私だけで、それさえ我慢すれば誰にも伝わらない。
この痛みをわかるのは私だけで、祐希に心配は掛けられない。
「…どうかしたのか?」
「あ、宍戸くん。おはよう。実は、ゆいが…」
祐希が私の状態を話してしまう…
そう思った瞬間、無意識に体が動いた。
「何でもない。だから、放っておいて」
祐希の口を塞いで、冷たく言い払った。
祐希は驚いた表情を浮かべ、それ以上何も言わなかった。
驚いたのは祐希だけじゃない。そうした自分にも驚いた。
「だったら、心配させるような身振りするんじゃねぇよ」
宍戸は怒って、私の傍から離れて行った。
私と同じように冷たい言葉をその場に吐き捨てて…
「…今のは酷いよ」
「…わかってる」
ギスギス、お腹は痛んで…
同様に胸もギズギス、痛んだ。


その後の授業は酷い状態だった。
先生の話は耳にも入らないほどにお腹は痛んで。
押さえても押さえても、痛みは引くことはなかった。
連鎖反応で頭も痛み出し、いよいよ限界に近かった。
「本当に真っ青になって来たよ?保健室に…」
「まだ…平気」
次は移動教室で、道具を持って祐希と廊下を歩く。
視界はハッキリしているはずなのに、グラグラ…
床がトランポリンのように揺れているような感覚がした。
「ゆい…あんまり無理したら…」
一歩一歩、私は自分で歩いているばすなのに、感覚がない。
祐希が何か言っているのを見ているのに、声が遠退いていく…
「……ッ」
柔らかく、温かいモノの感覚。
それだけが私には伝わった。


ギスギス、ギスギス…
何でお腹は痛むのだろう。
ふわふわ、ふわふわ…
何で体は揺れているのだろう。
誰かに触れているわけじゃないのに、温かい…



「……あれ?」
視界の半分は真っ黒だった。
目を開いて、ゆっくり頭を上げようとして…
「気、ついたか?」
「……宍戸?」
「無理すっから、廊下で倒れるハメになんだろ?」
ゆらゆら、ふわふわの正体。
宍戸の背中におんぶされていた。
「……ッ」
「馬鹿!暴れるな。落っことすぞ?」
宍戸の大きな背中に背負われて、私はまるで子供のよう。
自分で動けなくなるまで無理して…
誰の助言も聞かずに、だけどこうして助けてもらって。
「ごめん…」
今更、謝ったところで迷惑は掛けている。
祐希にも、宍戸にも…
「お前、馬鹿か?」
「…だろうね。結局、迷惑掛けて…」
「真打の馬鹿だな。心配すんのは当たり前だろ」
宍戸の上着が私の肩に掛けられている。
私と宍戸の荷物は、ココにはない。
祐希も…いない。
「俺は、まだお前が好きだから」

何も答えられず、保健室まで運ばれた。

「先生、いねぇみたいだな」
保健室には誰もいなくて、もぬけの殻状態だった。
整えられたベットの上にゆっくりと降ろされて…
「し、しど…ッ」
白いシャツに染み込んだ赤を見た。
「…何だよ?」
宍戸のシャツの赤、降ろされた私の足にも…
慌てて、スカートで隠した。
「ごめッ…宍戸のシャツが…」
「シャツ?」
「あの……ッ」
何も気付いていない宍戸。
どう答えていいのか、どうして良いのか…
そうこうしていたら、保健医の先生が戻ってきた。
「ああ。ごめんなさいね。今……」
戻って来た先生は交互に、私と宍戸を見た。
そして、宍戸の背中の赤も…
「宍戸君。シャツが汚れているわ。制服だけ着て、シャツは先生に貸して」
「はい?」
「一端、教室に戻ってジャージに着替えてらっしゃい。ホラ、早く」
有無言わさずに、先生は指示を出して。
宍戸はそれに素直に従った。
シャツを脱いで、それを先生に渡して、私に掛けられた制服を着て…
「俺、またココに戻った方がイイっスか?」
「ええ。志月さんを教室まで戻せるから」
宍戸はそれだけ聞くと、保健室を出た。


先生と二人っきりの保健室。
私は初めて迎えた、女の子の日…
「彼が戻って来るまでに着替えて、拭いておくのよ?」
「はい…」
急に訪れた私の成長期。
先生は汚れたモノを洗いに保健室を出て行く。
取り残された私は、呆然としていた。
"ああ、私も女の子なんだ" と。

私が着替え終わる頃に先生は戻って来た。
腹痛止めの薬を出して、それと一緒に手渡した。
「おめでとう。これは大人への第一歩よ」
複雑な気持ちで薬を飲んで、それをポケットにしまった。
スローペースでも変わっていく自分。
少しだけ、寂しい気持ちと。
少しだけ、嬉しい気持ちと。
入り混じっていく…

「…失礼します」
「わざわざ戻って来てもらってごめんなさいね」
「いえ…」
ジャージ姿の宍戸は、保健室の入り口に立っていた。
入ってくることもなく、ただ立っていて…
「志月さんには薬も飲ませたし、もう一緒に授業に戻ってもイイから」
「そうですか。じゃあ、連れて行きます」
"戻るぞ" と宍戸に声を掛けられ、私は出口へと向かう。
「あの…お騒がせしました」
保健室を出る前に、先生にそう言うと微笑んでいて
"また何かあったら来なさい"
その一言を聞いて、保健室を出た。



「…もう平気なのか?」
一度教室に戻って、授業に必要な荷物を持って歩く廊下。
まだ授業の途中で廊下には誰も居ない。
「うん…色々ごめん」
「平気なら別にいい」
重苦しい空気の中、ただ黙々と二人で歩く。
お腹のギスギスは次第に和らいで、別の場所がギスギスする。
お腹ではない、別の場所が…
「宍戸…」
急に訪れた私の成長期。
私の体は、大人になることを決めていた。
スローペースでも、一歩ずつ…
「ありがとうね」
「別に…」

「私、ようやく大人になれそうだから…」

変わりたくない、なんて嘘。
それは、少し寂しいとは思うけど…

「だから…こんなカンジ、まだ終わりにしないで」

学生の時の記憶なんて、大人になれば風化するだろう。
"あの時は楽しかった" "あの頃は良かった"
そんな懐かしむような時間を経て、大人になる…
だけど、それは大事なモノとなる。

「お前にその気があるなら、もうしばらく待ってやる」

宍戸はそう言って、笑ってくれた。



◆Thank you for material offer 遠来未来


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