LA - テニス

07-08 PC短編
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---音楽を鳴らす



学生の時の記憶なんて、大人になれば風化するだろう。
"あの時は楽しかった" "あの頃は良かった"
そんな懐かしむような時間を経て、大人になる…それは、少し寂しい。



Child Venus 〜前編〜



「ゆい!」
「はいよ…ッ」
体が軽いと高く飛べるというのはホントのこと。
ネットを越えて、私の打ったボールが相手のコートに入った。
人のいないコートラインの内側、ギリギリで真っ直ぐに。
「ナイスアタック!」
祐希とハイタッチして、喜びを分かち合う。
スコアは綺麗に、私たちのチームの勝利を教えてくれていた。
大人数でのクラスマッチ。
先に負けたチームの女子はすでに男子の応援へ。
逆に男子は女子のいる場所へと群がっていた。
「ゆい〜、アンタ勿体無いよ」
「何が?」
「バレー部入りなよ。折角のバネじゃん」
私より背の高い祐希が、まるで子供を扱うかのように頭を撫でる。
彼女の背の前では、私は小学生くらい。
「私も祐希くらい身長があれば入ったけどなぁ…」
「何言ってんの。アンタは今からが成長期よ」
ギュッと抱き締められた腕の中。
私にはない、彼女の女性らしさを感じた。
柔らかい体に大きな胸…少しだけ、羨ましい。
「成長期…か」
私には取り立てて、成長期はなかったように思う。
年に数センチずつ伸びる身長、体はガリガリ。
女性らしさの象徴である胸はペッタンコ。
髪を短く切って、着た制服姿は…
「よ、ゆい。相変わらずカッコいいな」
よく言えば、彼の言った一言のような異質なモノ。
そう。まるで男子生徒のよう…
「もう負けたの?がっくん」
「宍戸が足引っ張るから…ダブルでぽしゃ」
「何だとオラ!お前こそ、終盤バテやがった癖に」
クラスメイトの向日と宍戸。
同じバレーを選んで、早くも敗退した様子。
学校指定のジャージ姿の彼らと私。
同じモノではないのに、同じモノのように感じる。
「どっちにせよ、弱いんじゃん」
「んだと?」
小突き、小突かれのじゃれ合いが始まる。
そうなると、いつも思うことがある。
「大概にしておきなさいよ」
一歩引いたところで見ている祐希の存在。
いつからか、一線引かれてしまった状況に気づく。

変わっていくことは悪いことじゃない。
人はいつしか大人になって、死んでいくもの。
それはわかっているはずなのに。
なぜか、寂しく感じる。
ココに取り残されていくような…
私だけ置いて行かれそうな、そんな気がする。

「ゆい。そろそろ決勝だよ」
勝ち進み勝ち進みでやって来た決勝戦。
きっと、どの球技もそこに辿り着いているのだろう。
観客が増え始めている。
「応援しててやるから頑張れよ」
「おぅよ。勝ったらバーガーセット2ね」
滅多に集まらないギャラリーの中。
私たちは見世物のように、試合を始めようとしている。
誰が何を見ているのか、誰を目的にココにいるのか…
それを考えるだけで、私だけが異端者のように思えた。


目立つ存在、とか目を惹く存在。
特別な人、とか好きな人。
そんな人が異性に垣間見え出す年頃の中。
私だけがそれを望んでいなかった。

特別な異性、好きな異性、恋、恋愛…
それらが欠落しているのは、来ないから?
大人になれない私の体のせい?
一番に挙げるとするならば…私が望まないから。



「…まだ食う気か?」
クラスマッチのお陰で早まった部活時間。
その分、帰るのも一時間ほど早くなっていた。
私たちのチームは見事に優勝を果たし、約束も果たしてもらっていた。
「まだまだ食べるよ?宍戸の奢りでしょ」
「ったく…岳人の野郎、逃げやがって」
「仕方ないっしょ。がっくん、彼女いるし」
バーガーセットの2個目を有難く頂きながら、宍戸と向かい合っての食事。
律儀に約束を果たしてくれる辺りが宍戸らしい。
真っ直ぐで、不器用だけど変なトコだけ真面目。
まだまだ子供っぽいところが私と似ていて…
でも、私とは違う。
「宍戸ってば、身長伸びたよね」
「おぅ。もうお前より高くなったぜ?」
私より早い成長期が、彼には訪れようとしていた。
声変わりして、筋肉質になって、角張った体つき。
女の子と間違われていたはずの宍戸は、もういなくなってる。
「いいなぁ。私も宍戸くらい身長欲しい」
「はぁ?今よりデカくなってどうすんだ?」
「将来はスレンダーモデルとか」
ぎゃははは笑いながら、大口開けてバーガーを頬張る。
それは宍戸も同じで、変わらない時間。
変わらない、モノ…
「あ、そうだ。お前この後時間あるか?」
「ん?」
「行きたい場所があるんだ。付き合えよ」


"帰りは送るから"
宍戸がそう言った時、実感する。
そう。変わらない、はずがないんだ…と。



宍戸に付き合って本屋を巡ったり、スポーツショップに寄ったり。
気付けば、暗くなってしまった辺りには制服のコは少なくなっていた。
「色々付き合わせて悪かったな」
私の家へ向かうためのバス停へと歩きながら、宍戸はただ謝った。
"予定ではもう少し早く帰すはずだった"
そう言いながら、申し訳なさそうな顔をしている。
「気にしなくていいよ。楽しかったし」
「そうか?ならいいんだけどよ…」
片手に握られた今日の宍戸の戦利品。
つられて私も本を沢山買った。
久しぶりの買い物に、私も浮かれてしまったのが悪かった。
「沢山買ったね」
「そうだな…」
あーだ、こーだ言いながら見ていたスポーツ用具。
ラケットのグリップだとか、靴だとか…
色やカタチの趣味が合わずに店内でモメたりもした。
「明日から新品の靴履くんだから、気合入れなよ?」
「ああ…」
何だかんだ言って、楽しい時間を過ごして…
少しだけ、まだ遊び足りない気もした。

「……どうかした?宍戸」
さっきから私との会話がうまく出来ていない。
私の言葉に対して、相槌しか打たない。
歩くペースだって遅くなって、少しフラフラしているような…
「考え事でもしてるわけ?らしくないなぁ」
「…かもな」
本当に、宍戸らしくない。
つい一時間前までは、ぎゃあぎゃあ言っていたのに。
「あ、わかったぞ。私と離れるのが惜しいんだろ〜」
学校でいつも言っている冗談。
これに対する返答は一つか二つ。
"バカか" か "んなコトあるわけねぇだろ" の二つ。
がっくんだったら、"ハイハイ" か "そういうコトにしといてやるよ" になる。
笑いながらも適当に交わして、それで次の会話に移っていく。
移っていくばすなのに…

「……そうだ」

「え?」
「俺が何のために、こんな時間まで付き合せたか…わかるだろ?」
足を止めて、私を見た宍戸の目。
笑ってもいないし、宍戸らしくない表情。

「もうそろそろ、こんなカンジは終わりたいんだ」

終わりにしたい、って何?
私をこの時間まで引っ張った理由、って何?
足がガタガタ、小刻みに震えた。

「俺は……って、おい!」

何も、聞きたくなくて走った。
宍戸をその場に残して、ただ走った。




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