LA - テニス

07-08 PC短編
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---音楽を鳴らす



最強無敵と言われていた一人の女の子。
そんな彼女でも、この日ばかりは様子が違っていた。
沢山貰うチョコレート。自分からあげるチョコレート。
それらが持つ想いの重みは人それぞれ違うモノとなる。

「ゆい先輩ッ」

後輩の声に呼び止められ、立ち止まること数回目。
この先の展開はわかっている。だって、その子の手に握られているのは…
「貰って下さいッ」
ああ、やっぱりそう来るのよね。気持ちは嬉しいよ。
だけど…もうカバンの中には入りきれないんだけどね。
「…ありがとう」
「ホワイトデーはいりませんからッ」
そりゃ…そうよね。
今日の一日で貰う数は計り知れないんだから…
それを考えてくれているこの子は物分りがよくて嬉しいわ。
「お礼の手紙くらいは書かせて貰うから、クラスと名前を教えてくれるかな?」
「あ、ハイッ」
「このメモ帳に書いてくれる?」
先客の名前もたくさんあるメモ帳。
それにこの子の名前も書いてもらう。

何でこんなコトになってるんだろう…
ここまでくれば…ある種、イジメのようなモノ。
毎年毎年、貰うチョコレート。
バレンタインだから仕方ないとは思う…思うけど…私は女ですよ。
顔も名前も知らない女の子から貰って…
そんなに目立つようなコトはしていないのにさ。

「本当にありがとう」

貰ったからにはお礼を言って…
笑顔のまま、彼女に背を向けてまた歩き始めた。



せよ、乙女



「お、大量やんなぁ」
「…うっさい、モサメガネ」
「それ…言い過ぎとちゃうか?」
「別に…」
いや、ホラ…見たままじゃん。いかにもヲタ系っていうの?
ボサボサした頭に丸眼鏡姿でいるんだから、間違ったあだ名じゃない。
「で、ゆいサンは誰かにチョコやらんの?」
「…用意してないよ」
「せやろーな。こんなだけ収穫しとるんやさかい」
カバンを開けて取り出すこと、可愛らしいチョコが14個。
朝の時点で14個も貰うなんて…思ってもいなかった。ホント、正直。
「で、忍足はいくつ貰ったの?」
「俺か?今んトコ…20はあるで」
男の忍足とあまり大差のない数字っていうのもまた…
なかなか面白いとは思うよ。うん。ホントに。
本音を言えば、コイツも悔しいんじゃないの?
「まだまだ増えるだろうね」
「そらお互い様やろ?」
ライバル視するのは止めて下さい。
別にこれを貰ったところで私かどうこうするわけじゃないから。
ちょっとデンジャラスな忍足とは違ってさ。
「どうだろ…」
「謙遜かいな…って…宍戸ッ」
「あ?」
視線を流せば、そこにはクールな表情で歩く宍戸の姿。
特にいつもと変わった様子はない。
「宍戸はいくつもろた?」
「はぁ?」
「チョコや、チョコ」
怪訝そうな顔して…そんなに貰えなかったのかな?
「今、13個目貰った」

……結構、貰ってんじゃない。
ちょっとくらい嬉しそうな顔して歩けばいいのに…もしかして、興味なし?

「ゆいよりちょい下やん」
「あぁ?」
「私、14個貰った」
あ、眉が少し傾いた。
「お前、何でそんなにモテるかな…」
「知らないわよ」
一丁前に悔しがるんだ。宍戸でも。
あんまり気にしないかと思えば、やっぱり男の子ね。
「そら、宍戸よかモテるやろな」
「どういう意味だ?」
それは私が聞きたいです。
毎年毎年、数が増えて処理に困ってるんだから…
「顔も性格も男前やし、クールでさり気なく優しいやろ?こんなに弱いねん。女っちゅう生きモンはな」
忍足…アンタが乙女を語るな。ちょっとキモいよ。
「それに弓道部主将や。カッコええやん」
「それって…三年が私だけだからなんだけど…」
「まぁ、それはさておきやな」
確かに…去年の新入部員を集めるために頑張ったよ。
袴着て、何度も何度も実演して…お陰で廃部にならないくらいの部員を獲得した。
それくらいだよ、表舞台に出たのは。
「ゆいが羨ましいやろ?」
「バッカじゃねぇ」
「せめてアホて言えッ」
バカとアホ、どう違うっていうのよ。
どっちも同じ意味で…『愚かなコト』って書いてあるのに。
「それでも貰えたら嬉しいでしょ?」
「そりゃそうだけど…」
「けど?」
「俺が欲しいのは好きな子のだけだ」

―――……

「カッコつけてんじゃねぇよッ」
びっくりした。まさか、背後に跡部がいたなんて…
「お、跡部やん」
「今日はリアカー持って来たの?」
「んなモン持って来るか」
やっぱりバレンタインと言えば、この男でしょう。
ハンパじゃないよ、数も金額も…
「樺地、宍戸が寒いコト言いやがるから暖房の温度上げさせろ」
「ウス」
確かに…ちょっと寒かったと思うけど…
別に教室の室温を上げるほどじゃなかったと思うわ。
「まぁまぁ、跡部に樺地」
「何だよ…気持ちわりぃな、忍足…」
正解、忍足は多少キモイ。ファンの子には悪いけど本当に。
でも、ハッキリ言い過ぎだよ…跡部に頷く樺地くんも。
「宍戸の本命はアレや、鈍感やから…気付いてへんねや」
「あ?」
アレって…何?
まるでモノみたいなんだけど…
「せやからあんな台詞出たんやと…」
「うっせぇ、忍足ッ」
「バレンタインやからって待っとったってええコトないで〜」
笑う忍足に怒る宍戸。
納得する跡部と樺地君、私だけ…首を傾げた。
顔を真っ赤にする宍戸を見て…

「宍戸って意外と乙女なんだね」

爆笑された。
当然、宍戸は怒ってクラスへと戻って行かんばかりの勢いで。
「殺すぞ、志月ッ」
ギギッと睨まれた私、だけど宍戸の顔は真っ赤。
勢いだけで怖くも何ともありませんよ。むしろ、可愛いかも。

「別に逆バレンタインしてもいいんじゃない?」

更に笑われた。
そんなにおかしいコト言ったつもりはないけど…
「ホンマ、ゆいは傑作やなぁ」
「宍戸見習って乙女心の勉強した方がいいぜ?」
「…ウス」
そこで樺地くんまで頷きますか?
宍戸は相変わらず怒ってるし…意味わかんない。
「はよ告ってまえ、宍戸」
「男なら言って粉砕しやがれ」
「せやせや。女の子に盗られてまうで?」
「ウス」

――女の子に?
それって、まさか…禁断の……

「宍戸ってゲイ、なの?」

更なる大爆笑なか…
宍戸に殴られた、しかもグーで。
「アホかッ」
「痛いじゃない」
「お前だよ、お前ッ」
「何がよ」
「俺が好きなのはッ」

……はい?

「だからお前が貰ったチョコ、全部よこせッ」
「いや…それは…」
あのさ…重要なのはそこじゃないよ…多分。
「じゃあ、俺のチョコやるから受け取るなッ」
「いや…そんなコトより…」
「何だよ」

もう一度、整理して…
言葉を思い出してみて、口にしてみる。

「私が好きなの?」
「…そうだッ」
宍戸は今まで以上に顔を真っ赤にして…
跡部も忍足もにやにや笑ってて…ようやく意味がわかった。

「返事はホワイトデーにしたらんとあかんで〜」

えっと…どうしたらいいのかな?
こういう場合の対処法、考えたこともなかった。

「来月までに好きにさせてやる」

手渡された飾り気のない板チョコ。
初めての…ホントの逆バレンタインだった。




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