LA - テニス

07-08 PC短編
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---音楽を鳴らす

付き合いを始めて約一ヶ月…といったところだろうか。
何とも言えないくらい自然に一緒に居て、笑ったり時には逆ギレされたりして過ごす日々。
「友達」の延長のような気もしているけど…それはそれで良いとか思ったりもしていて。
そんな彼女の誕生日が、俺の数日前だったことを知らずに俺は…自分の誕生日を迎えていた。



キミのために祝う



「日吉!あ、可愛い彼女を見て即行逃走すんな!こらキノコ!」

自分で自分のこと可愛いとか言うヤツがあるか。ますます跡部部長みたいなヤツだな、て思うだろうが。
猪突猛進型、自分の思ったままに行動する彼女に結構振り回されっぱなしの俺。
今、逃走している理由は一つ。たまたま俺の傍に宍戸さんが居たから。とはいえ、俺じゃなくて鳳に用で居たんだけどな。

「ちょっと…止まれってば!」
「分かりましたから叫ばないで下さい」
「とか言いながらスピード落ちてないし!」

それは貴方がまだ叫んでるから落ちてないだけです。そのくらいは察して欲しいんですが。
少しでも人の少ないところに持っていかないとまた騒がれて注目を集めて…お互いに冷やかされてしまう。
彼女はどうも周りが見えないタイプで、興奮したり気持ちが高ぶると声が大きくなる傾向にあるようで。
人目も場所も気にせずに喚く。何も気にすることなくキレる。俺とは全く違ったタイプの人間。

「うわぷッ」
「……お望み通り、止まりましたよ」
「急に、止まったから、鼻、打った」
「低い鼻がますます低くなりましたね」
「余計なお世話じゃい!」

冗談を真に受けて、嫌味にもすぐに反応を示す素直な人間。
その姿は見ていて清々しいくらいのもので退屈することはない。嫌だとも思わない。
前に「何故」とか「どうして」とか、そんなことを聞かれたけど…その疑問に対する答えはアバウトなものだった。
気付いたら「好き」になっていただけの話。だけど今はそんな答えを返すことは出来ないと思う。
この一ヶ月で俺の中の彼女はどんどん変わっていく。だから気付いた。ゆいだから好きになったんだ、と。

「で、何か用でした?」
「用があったから声掛けたんだっつーの」
「だから、その用って何なんですか?」
「んーコレ」

無造作に差し出されたもの、それを見てふと今日が何の日だったかを思い出す。

「誕生日おめでとう」
「あ…有難う」
「うわー態度急変!日吉でも驚いたり照れたりするんだねー」

ケラケラ笑う彼女は俺がいきなり逃げたことに対して怒っているフシは全く無い。
だけど、俺の中では…わざわざコレを渡したくて声を掛けていた彼女に対して酷いことをした、と罪悪感に駆られる。
すっかり忘れてたんだ。今日が自分の誕生日だったなんてこと。気付いてたなら…予測も出来たのに。

「……有難う」
「いや、そう何度もお礼を言われても…大したもんじゃないし」
「お前の誕生日は?ちゃんと俺も…」

今更だけどリサーチくらいしとけば良かった。何のために鳳がいるんだか分からないな。
彼女の誕生日を知らない、こんな薄情な男に彼女は特に気にした様子も無く笑ってた。それがまた痛い、な。
そんなことを気にするような奴じゃないにしても…もう少し俺が考えてやれれば…良かったのに。
くそ、苦手なんだよ。こういうカンジとか、こういう恋愛沙汰ってのが。

「もう過ぎたよ?」
「それでも」
「えっとね…」

次の言葉を聞いて愕然とした。
俺の誕生日は12月5日、彼女の誕生日は…12月2日、だった。





「……最低、やな」
「むしろ激ダサだな」
「本気で知らなかったの?」

……相談する相手を間違えた気がする。
というより、鳳に話していたら急に宍戸さんと忍足さん、跡部部長まで来るとは思わなかった。
ただでさえ自己嫌悪に襲われて何とも言えない状況なのに、彼らはバサバサと俺を切るような言葉を吐いてく。
引退した先輩に来るな、とは言わないが、勉強だとか受験だとかいう言葉はこの人たちにはないらしい。
度々、放課後に此処へ現われては後輩を茶化…いや、テニスの指導していく。別に頼んでもないのに、だ。

「普通、誰かに聞いとくもんじゃねえ?」
「宍戸さんと同意見です」
「ちゅうか、彼女に真っ向聞くってのもある意味凄いわ」
「……聞かずして知る方法がありますか?」
「少なくとも彼女以外の子に聞くことやな。そうせな感動もクソもあれへんやろ?」

確かに。だけど、それをするのには少し遅すぎた気もします。
どっぷり自己嫌悪に苛まれ、先輩方には凄い目で見下されて…そんななか、跡部部長だけ冷静な顔をしてる。

「で、日吉は何をどうしたいんだ?」
「え?」
「彼女の誕生日がもう過ぎた。で?何で気に病む必要があるんだ?」
「それは…」

普段から優しく出来なくて、こういうのが苦手でどうしていいのか分からなくて。
だけど、俺が勝手に好きになって彼女が頷いたから付き合いを始めて…俺は何も返せてない。
いつも貰うばかりで何も、返せてない気がする。
彼女は俺に元気をくれる。一緒に居て楽しくて、それでいて落ち着かせてくれたりハラハラさせたり。
でも俺は…何一つ、彼女が望むものを知らないから、何も返せてない気がして…たから悔やむ。今日は俺の誕生日なのに。

「お前がしたいことして来い。気に病むくらいなら、な」

俺がしたいこと、俺がしたいことって何だろう。彼女が望むことでなく、俺がしたいこと…
彼女が望むことを一つでもいいからしたい、彼女のことを、知りたい。

「……行って来ても、いいですか?」
「おーちゃっちゃと行けや」
「ヘタレ返上しろよ」

彼女が何を望んでいるのかは分からない。彼女が素直に言うかどうかも分からない。
だけど、俺はあまりにも彼女のことを知らなさすぎることに今更気付く。

「鳳…構わないか?」
「今日くらいはね。日吉の誕生日だし」

全ての荷物をその場に置いて俺は鳳に、たまたま集まった先輩方に背を向けて走り出した。
彼女は何処に居るだろうか。多分、密かに練習風景を見ているに違いない。
俺に見つからないところをわざわざ選んで…そうでなければ教室に居る…気がする。
ああ、よく考えればそんなことも俺は知らないんだ。いつも放課後、待たせるだけ待たせておいて。
アイツが何も言わずに待ってるもんだから、俺は何も知らずにいたんだ。この1ヶ月、ずっと――…





部室を出てコートの外を一周してみる。だけど、彼女の姿はない。
突っ走って辿り着いた下足箱、彼女の靴はまだ此処にある。上履きのまま、彼女は校内に居る。
どうして何も知らないんだろう。どうして疑問に思わなかったんだろう。
何処で俺を待っているのか、とか、放課後の時間をどうやって過ごしているのか、とか。

彼女が騒ぐから練習だけは見に来て欲しくない、そう確かに言った覚えはある。
それを律儀に守って、それでも俺が終わるのを待つ彼女は…どんな時間を送ってるのだろうか。
そんなことすら考えたこともなかった俺は、なんて薄情なんだろうか。自分のことばかり考えて…

駆け上がる階段。途中で擦れ違った教師が何か言ってた気がするけど聞こえなかった。
人の気配が薄れていく廊下をただ走って、向かうは自分の教室。

「ゆい…!」
「え?ひ、日吉?」
「……居た」

教室に居たのか。自分の席に座って、机の半分は教科書だとかが積まれてるとこを見ると課題をしていたのかもしれない。
意外と真面目だったりするんだよなコイツ。だから俺は一度も勝てたことがないんだ。惜しいとこまで追い詰めたけどな。
息切れしながら教室へ飛び込んで来た俺に、彼女はただ目を丸くして驚いた様子で…俺が近づいていく。彼女の方へ。

「ど、どうしたの?いきなりでビックリ――…」

無意識だったと思う。意味も理由も状況も何も考えること無く彼女を抱き寄せたのは。
教室に誰も居なくて良かった、と思うまでにそう時間は掛からなかった。だけど、寄せた体を離すことは出来ない。
甘い香りがする。最近、触れたもののなかで一番柔らかくて温かい。細いのに柔らかい生き物…

「……ごめん」
「え?な、何…」
「自分のことばっかで…ごめん」

自分ばかり満足してた。何も言わない、いつも笑ってるゆいに甘えてたんだ。きっと。
何でもハッキリ言ってくるから分かってるつもりになってたんだ。肝心なことは何一つ聞いてなかったのに。

「ずっと教室で待ってたのか?今まで」
「そう…だけど」
「結構待ち時間とか…あったよな?」
「いや、課題とか読書とか出来て…特に気にはしてなかったけど」

真っ向から聞こえてくるはずの声が直接胸に響く。
俺が抱き締めてるから。顔だって抱き締めすぎてる所為か全然見えない。

「……誕生日、少しは期待してた、か?」

どんな表情で答えてるのか、どんな顔して俺の言葉に反応しているのかも分からない。

「え、あ…まあ、多少なりとは」
「……ごめん」

謝ることしか出来ない俺に彼女は「いいよ」と「気にしないで」を連呼した。
色んなことを深く考えるようなヤツじゃない、変なワガママを言うようなヤツでもない。それは知ってる。
だけど、こんなに慌てる彼女が、こんなに素直で可愛らしく返事をする彼女が、あまりにも珍しくて少し笑えた。

「な、何笑って――…」
「誕生日、一緒に過ごして欲しい」
「は?」
「そしたら俺も…お前の誕生日…過ぎたけど祝えるから」

今更だけど…と付け加えたら彼女も笑った。くすくす笑いながら「律儀で不器用なキノコだね」と。
そう。俺は不器用なんだと思う。慣れてないからかもしれないし、こういうのが苦手だからかもしれない。
だけど、それでも気付けば好きになった一人の女の子を、大事にしたいと思うんだ。
その方法はまだ必死で探している途中ではあるけど。もっと知ることから始めよう。もっと彼女のことを知って、そして――…

「来年はちゃんと祝うから、な」

来年の…その先の今頃も一緒に居たいと思う。そう、願う、よ。



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