LA - テニス

07-08 PC短編
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「何故」とか「どうして」とか、そんなことを聞かれても返す言葉は一つしかない。
疑問に思ったのか「答えて」と言われても、数学じゃないから答えはない。
そう返答したところで納得するわけもなく…そう、お得意の逆ギレなんかされた。
これだから理数系の女は頭が堅くて困る。公式も図式も表もグラフも、何の役にも立たない。
割り切れない、答えのない問題…でもないけど、理屈も理論もない。
「そういうものだ」と答えたならば、彼女は首を傾げてまた考え込んでいた。



振り返れば、いつもそこに



元気も威勢も人一倍、笑い声がする場所に彼女はいつも居た。
一昔前までの奥ゆかしき女性とは掛け離れて、大雑把でガサツであっさりした性格。
だけど、思わず見惚れてしまいそうになるくらいの眩しい笑顔。
見ている方も何故か、明るく、元気が出てくるような…そんな気持ちになる。
いつからか、いつの間にか、振り返ればいつもそこに彼女は居て、ただそれだけのこと。



「よ、日吉。上手くいったらしいじゃん!」
「……鳳から、ですか?」
「おうよ!先輩としては祝いの言葉くらい――…」

自分のことのように喜んでくれるのは有難い。だけど、ツラツラと話す姿はどこぞの親父か?
なんて、先輩に対して失礼なことは言わないけども、宍戸さんの言葉をスルーして奴を捜す。
見渡して、ひたすら広いコートを見渡して…居やがった!ニヤニヤしながら忍足さんのトコに…

「宍戸さん、ちょっと失礼します!」

言葉よりも先に体が動いて、宍戸さんの声を背中で受けた。
余計なコトばかり触れ回って、しかも個別に説明なんかしやがって…!
隠すつもりもないけど、言って回るつもりもサラサラないっていうのに。

「鳳!余計な報告はするなー!」
「やだな、何を慌てて」
「お前、さっきから余計なコトをベラベラベラベラと…」

いずれは耳にするだろうこと、目にするだろうこと、それをわざわざ報告する必要はないわけで。
鳳がしていることは有難迷惑にも程がある。それに聞かされたところで別にどうなるわけでも…

「口下手な日吉のために、俺が先輩たちに報告しただけなのに」
「せやな。てか、オメデトさん。日吉にも明るい春が来たんやな」

忍足さん…それは宍戸さんより親父な発言です。今時、そんな言い回しはしません。
成長した息子を見るかのような目で俺を見ないで下さい。肩をポンポン叩かないで下さい!
女子が噂している"忍足侑士、実は年上疑惑"に拍車を掛ける行為です、それは!

「で、何処におるん?日吉の彼女」

黄色い悲鳴の響くコート外を見渡す忍足さんに、思わず大きな溜め息。
そして…同じく彼女を捜して周りを見渡す鳳に、弱ゲンコを一発。

「痛い!」
「わざわざ捜さなくて良いです!」
「何や、照れ屋さんやったんやな。日吉は」
「そういうことじゃありません!」

やけにオヤジ化してしまっている忍足さんをどうにか抑えて…
で、余計なことを更にしようとしている鳳を鎮圧して…



「コラー!真面目に部活しろ!」



コート隅にいる跡部部長の声と、俺らの後ろからする声と、重なった。
跡部部長は目を見開いていた。鳳は笑って指差した。忍足さんも笑って…

「なかなか可愛い彼女やん」

振り返れば、そこにはいつもの彼女が居て…大きな目で此方を見ていた。







「日吉ってば、あんな不真面目でよくやってけるわね」
「だからって叫ばなくても良いでしょう?」
「あら、不真面目さは否定しないわけね」

寒いのにわざわざ外で見学してて、何かあるごとに叫び散らして。
今日は引退した先輩たちが練習に付き合ってくれている日だというのに、集中出来ず。
悪気はないにしても、勢いは有り過ぎた。先輩たちも思わず笑ってしまうくらいに。
一気に彼女は、部内でも有名な子へと変わっていった。

「否定は…今は出来ません」
「でしょ?だったら、これから毎日私がカツを――…」
「いえ、結構です」

彼女となった今も、元気も威勢も人一倍の少し前と変わらない。
態度も言葉も何も変わらないけども、こうして肩を並べて歩く。
一歩ずつ、この時間を惜しむかのように…そう思うのは俺だけだろうか。

「ちょっと日吉!何遠慮してんのよ!」
「別に遠慮はしてません」
「だったら、明日から毎日私が――…」

これ以上、叫ばれないように口を塞いだ。
そう。彼女の言う「遠慮」なんかはせずに、場所も考えずに。



「ゆいの唇も冷えたみたいですから、途中寄り道でもしますか」



あの時は繋げなかった手。あの時は我慢していたこと。
今は何に遠慮することもなく、誰に遠慮することもなく出来る。
彼女を黙らせて、小さくて少し冷たくなった手を繋いで歩く。
少し暗く、少し寒くなった冬の夕方の道を。




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