LA - テニス

07-08 PC短編
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---音楽を鳴らす

私と日吉の間に大きな格差と言うものは存在しない。
氷帝学園に入学して来たってことは、それなりの家柄でトントンくらい(予定)。
クラスが同じになって、テスト結果などを踏まえて成績もトントンくらいだと判明してる。
運動神経は日吉の方が上だけど、全体的にみれば、私と日吉は大体レベルは同じくらい。

下克上(げこくじょう)
意味:下位の者が上位の者を政治的、軍事的に打倒して身分秩序を侵す行為をさす。

これだけ変わらぬレベルだというのに、日吉は私に下克上したいことがあると言った。
私を敵と見なし、挑んで来た対決は「期末テスト結果、個々で総合でスペシャル(命名)」というもの。
今まさにその対決に終止符が打たれようとしていた。



若、下克上日誌 〜Act.6〜



「泣いても笑っても、これが全てだよ…?」
「望むところです」

人っ子一人いない屋上の真ん中、後生大事に抱えているのは答案用紙。
全てが揃った日の放課後、部活にも顔を出さずにここまで直進して来た日吉に迷いはない。
あとで跡部さんに怒られようが、太郎ちゃんに怒られようが、コレが大事だと言い張る。
不敵な笑みを前に、私は少し気圧されるものがあった。

「では、ご開帳といきますか…」

――アウト!セーフ!よよいのよい!
野球拳な歌でお互いの答案を出しっこするのもどうかと思われ。
バババッと出された答案用紙、赤ペンで書かれた点数のみを主張する。
どちらの答案も同じくらいの点数を打ち出しているような気もするのですが…
日吉は一枚一枚見比べては笑ったり落ち込んだりしている。
アンタがそうやってたら、私は全然見比べることが出来ないじゃない!

「ちょっと、アンタ見すぎ。その頭で私が見れないじゃない!」
「あ…悪い」
「どれどれ…お、イイカンジで来てるじゃん」

抜きつ抜かれつつの答案用紙の点数。これは甲乙付け難いものがある。
で、肝心の下克上物件の数学は……おや?日吉の分がナイ。

「ちょっと日吉、何で数学の答案隠してんのよ」
「別に隠してるわけじゃ…」
「ホレ、出しなさいよ。見苦しいわね」



無理やり奪った日吉の答案用紙。
下克上すべきその点数は…立派な数字を打ち出していた。



「同じじゃない」
「……」

日吉にしちゃ良く出来た数字じゃない。それなのに仏頂面。
私にとっては少し悔しいものもあるけど…努力の差とでも言おうか。
軽く考えれば、日吉の言う"下克上"とやらを達成してると思うんだけど…
何故か、日吉ったら愕然としてうな垂れてしまった。

「何落ち込んでるのよ、同点よ同点」
「ど、努力が足りなかったのか?睡眠時間、削ったのに…」
「あーもう、反省会はウチでしな!何が不満なのよ。前回より断然アップしてんじゃん!」
「同点だぞ、同点!努力なき敵を相手に同点だぞ!」

唾を飛ばさんばかりの勢い、目は大きく見開いて…うっとおしいです。それ。
何を熱くなってるんだか…私にはサッパリ分かりませんことよ?
出ちゃった点数に今更文句言っても仕方ないじゃん。どうしようも出来ないし。

「な、何がいけなかったんだー!」
「うるさいうるさい!ガタガタ言うな!」

海に向かって"馬鹿野郎!"なんて叫ぶヤツ、そう滅多にいないだろうけど、
今の日吉だったらする。絶対にする。間違いなくすると思う。
綺麗にセットされた髪をグチャグチャしながら、デカい声で叫び通すなんて…日吉らしくないぞ!

「大体、お前イカサマしたんじゃないか?何でそんな点数取るんだよ!」

ぎゃ、逆ギレか!私の頑張った成果に対して、そんな点数とか言いやがった!
それを言うなら、お前がもっと頑張っときゃいいだけの話だろうが!ハイ、ふざけんな!

「他人の答案にイチャモンつけんな!」
「貸せよ!俺が間違いを探してやる!」
「んなモンあるか!」

数学教師がそんなヘンテコなミスをちょいちょいやるはずがなかろうに。
それでも日吉は目をギラギラさせて答案を見比べて…バッカじゃなかろうか!



――しばしお待ち下さい。



「いい加減、もうイイでしょ!」
「……」

ギラギラしていたはずの日吉の目、いつの間にか死んだ魚の目になってる…
他人の答案のアラ探しなんてするもんじゃないっつーの!
日吉ってこんなに往生際の悪いヤツだったとは…日吉ファンの子にチクったる!

「何よ、その目!ないモンはないの――…」
「あった…」
「はぁ?」
「お前、解答の見直ししてないだろ…?」

しないわよ。イチイチ面倒だし、第一、教師たるものに早々ミスなんてないだろうし。
あ、太郎ちゃんはわかんないわね。感性だけで丸付けしてるみたいだし…解答ないし。
お陰でクラスの平均点が高い高い。ある意味、問題だと思うくらいに。

「3の問8…」
「それが何。シャキッと言いなさいよ!」
「正解、してる」

日吉の答案用紙と私の答案用紙を見比べて…
答えは全く同じだというのに、彼の答案は○で私の答案は×になってる。

「……」
「……」
「ちょっくら走って来るわ」
「行くな!走るな!点数変えるなー!」

屋上のド真ん中、私は日吉を置いて猛ダッシュして階段を駆け下りる。
背中で日吉の声を聞いたけど、私、勝つためなら手段は選びませぬ。選びませぬぞ!





――勝者は志月。敗者は日吉。





数学教師に謝られつつ、本来ならそうなるべくしてある点数を奪回。
屋上に戻ってみれば、日吉はどんよりと一人通夜の真っ最中だった。

「わざわざ正解を探してくれて悪いねぇ」
「うっせぇ」
「お陰で差がついたわ。有難う」
「黙れ黙れ」

すっかりご老体となって生気も何もなくなった日吉の肩をポンポンと叩いてみる。
自業自得ってヤツじゃない?他人のアラ探しなんかするから悪いのよ。
これで日吉の下克上は達成出来なかったわけで、私は豪華なランチゲット!あれ、だけど…

「そういや、日吉は勝ったらどうしたかったのよ」
「……言えねぇ」
「言っとくけど、次はしないわよ。こんな勝負」

意外と笑えたんだけど、やる気も元気も人一倍使っちゃうようなイベントはしんどいわ。
それに折角、勝者になったんだから勝ち逃げしとかないとね。次負けたら嫌だし。

「それでもいいのかな?いいのかな〜?」
「変な歌、歌うな!」
「折角、正解を探してくれたからお礼でも、て思ったのに」

私の言葉に二言はナイ。あ、だけどランチ2品は譲らないんだけどね。
大体、知らされてない条件をそう簡単に呑めるかってんだ。出来ないことだってあるんだから。
そこら辺が日吉は分かっちゃいないんだからダメダメなんだよね。

「言わないの?言えないの?」

首を左右に振りながら、言っちゃえ言っちゃえな雰囲気を出してみたり。
だけど、日吉はいつになく真顔に戻っちゃって…言葉よりも先に手が出てた。
手が出て、ガッシリ頭を掴まれて、気付いたら手から答案用紙が零れ落ちた。



「今のは志月が悪いだろ。煽るから」



解放された後、私は唇を押さえて、日吉はあらぬ方向を見据える。
何も言えなくなった私たち。さっきまでギャーギャー喚いていたはずなのに。
喚いて、騒いで、それでその後に起きたことがコレだなんて…私の脳には何も指令がなかったわよ。



落ち着かぬ間もなく、日吉はまた私の方向を向いて告げる。
準備も用意も何もない私は、ただ動揺に動揺を重ねて言葉も出ない。
そんな私を見て、日吉は吹き出してまた頬に触れて近づく。
"順番が違う"と言えば、"だから言えねぇって言ったのに"と、あっさり返された。
不思議と嫌じゃない私は、それ以上何も言えずにそのまま…ただ日吉に身を委ねていた。



-end-
何故か同級生なのに敬語なキノコ若。同級生にはタメ口聞いてたことが判明(某ゲームにて)。
今更なんで変更はしませんが…とりあえず、こんな若も悪くは無い、と。


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