LA - テニス

07-08 PC短編
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---音楽を鳴らす

彼があんな言葉を出さなければ、私は調べることはなかっただろう。
分厚すぎる国語辞書をペラペラめくる。
か…き…く…け……あ、あった。

下克上(げこくじょう)
意味:下位の者が上位の者を政治的、軍事的に打倒して身分秩序を侵す行為をさす。


……今の生活に不満でもあるのかな?



若、下克上日誌 〜Act.1〜



「ねぇ、日吉…」
「何ですか?」
「アンタ、どんな悩みがあるわけ?」
「は?」

下克上、下克上って毎度言ってるけれども。
どれだけ自虐的なんですか?もう身分制度なんてないのに。
辞書で下克上を見つけた後、結構悶々と悩んだじゃない。

「悩みがある時はさ、打ち明けた方がスッキリするよ?」
「は?」
「何か嫌なことでもあるの?ツライことでもあるの?」
「いや、何を言ってるのか…」

無表情、無関心、無気力…は違うか。
とにかく強情なヤツだね…

「だーかーらー、どんな差別受けてんのよッ」



――沈黙。



「馬鹿じゃないんですか?貴方はッ」
「ええッ?私ですかい」
「今まで生きてきて、ここまで救いようのない人は見たことないです」

どれだけ珍獣扱いよ、私。
てか、本当に日吉を心配して悩んだ私が馬鹿みたいじゃない。
跡部との貧富の差に悩んでる、とか考えてたのにさ。

「そんな訳のわからない理由で貴方にまで下克上と言った覚えはないです」
「あ…そういえば言われたわね…」
「忘れてたんですか?」

もうボケが始まっているんですね、じゃないわよ。
よくわからない口癖だったから、適当に聞き流したのよ。
自分のモチベーションを上げるだけの言葉だと思ってたし。
まぁ、ある意味、それも間違ってなさそうだけども…

「いや待て」
「…別に待ちませんよ?」
「だから話を聞け」
「話を聞けって…接続詞がおかしいですよ?」

イチイチ細かいことばかり言ってくさりおって。
どこぞの姑か?あら、こんなところにホコリがあるわよ?的な。
……それは関係ないか。

「アンタ、私に何で下克上したいわけ?」

氷帝学園に入学して来たってことは家柄もトントンくらい(予定)。
クラスが同じになって、成績もトントンくらいだと判明してる。
運動神経は日吉の方が上に決まってるし…
よく言えば、私と日吉は大体レベルは同じくらい。
もしくは…私より日吉の方が少し上でしょう。

「ねぇ、黙ってないで答えなさいよ」
「……」
「いつからキノコに成り下がったのよ、アンタ」
「勝手にキノコ扱いはやめて下さい」

あ、キノコから人に戻っちゃった。
それにキノコはキノコでもエリンギだったわね。
コレ言っちゃうと答えてくれなさそうだから置いといて。

「だったら答えてもいいでしょう?」

呆れたような表情、その視線からは溜め息が出そう。
そんな顔しても聞き出すんだから素直に言え、と。
私も無言で日吉を睨み返してみる。

「……数学のテスト」

んん?なんか…可愛らしいことを言いませんでした?
しかも、少し恥ずかしかったらしく、俯いちゃってる。

「前回の結果のコト?」
「……」
「返事しなさいよ、エリンギくん」

確か、前回の中間テストはどの答案も同じくらいの点数。
ただ一つだけ、数学の点数が違ってて…
その結果、総合点数で私が勝っちゃったんだっけ?

「キノコ扱いはしないで下さい」
「では、こちらの質問に答えて下さい」

その時は特に悔しがる様子も見せていなくて…
ああ、その時に言われたんだっけ。
"下克上だ。次の期末、覚えておけ"みたいな。

「思い出したんなら覚悟しておいて下さい」
「思い出しはしたけど、覚悟なんかいらないと思う」

別に、テストの結果で勝敗を決めたところで意味はないし。
勝ち負けに拘らず、その結果を踏まえた過程が大事だと思うわけよ。
うん。イイコト思ってるじゃん。私。

「貴方は闘争心とか、そんなモノは持ち合わせてないんですか?」
「生憎、持ち合わせてないわね」
「……そんな人に負けたのが悔しいんですよ」

負けず嫌いなコだねぇ。
いや、そういうのは向上心があって良いよ。

「だったら、何か賭けよう」
「嫌です」

一刀両断、ザクッと切り捨てられた。
賭け事を交えるっていうんだったら話は別。
私だって努力するし、ベストで挑めるのに。

「ふーん。本気を出されたら負けるから嫌なのね?」
「賭け事で本気になる貴方がおかしい」
「ベストでない私に勝って、それが下克上なんだ」
「……ッ」
「日吉の下克上も、大したコトないわね」



――ぷちん。



「アンタの本気、見せてもらおうか?」
「賭けに乗るってことね?」

日吉ってば真面目な単純さんね。
うまいこと乗せられちゃったよ。

「さて、どっちで勝負をつけようか。数学?総合?」
「どちらも」
「日吉が負けたら、カフェテリアの高額メニュー2品驕りね」
「いいでしょう。志月が負けた時は…」

日吉の言葉、続かず。
そんなに真剣に考えなくてもいいのにさ。

「悩むくらいなら同じでいいじゃん」
「…テスト結果が出るまでには考えておく」



黒板の横に掛けられたカレンダー。
○が付けられた日が私の目にハッキリと映る。
期末テストまであと10日。



「せいぜい努力することだな」
「ご心配なく。後で吠え面かくなよ?」



火蓋が切って、落とされた。




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