LA - テニス

07-08 PC短編
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---音楽を鳴らす



人はどんな時に境地に追い込まれ、居場所を失くしてしまうというのでしょう。
大人には理解不能な世界の中、ずっとずっとずっと…もがいてもがいて足掻きたおして。
最終的に得られる安住の地がそこだとすれば、私もまたそこを選んでしまうかもしれない。
批判と拒絶と真っ黒な世界と。生きた地獄というのは、その人にしかわからないモノだから…



空の青と夕陽のオレンジ



今に始まったことではない。これは昔からあったことで、耐えた人だっている。
逆に、耐え切れなくて逃げてしまった人もいるだろう。間違いなく。
私は逃げ出した。一刻も早く逃げ出したくて、泣いて泣いて泣いて…
そこは息苦しさしかない世界で、全ては子供が主体となる大きく小さな組織。
耐えなければいけないと思えば思うほどに息苦しく、いっそ逃げ出した方が楽になる。
そう思って、私は逃げ出した。子供が支配する世界から。

見上げた空は青かった。綺麗に澄んだ青色。
少し霞がかって見えるのは、きっと私が泣いていたからだろう。
拭えど拭えど、枯れることもなく流れてくるものを堰き止める術もなく、放置した。
永遠に流れることなんかないから、放っておけば止まると信じて。
声を殺して、心を殺して、あの世界で耐えて生きていけるだけの力がない。
だから、欲しかった。耐えれるだけの力が欲しいと願った。この青空の下で。

緊張感を抱えたまま歩くのはキツい。呼吸するのもキツい。
この気持ちは私にか理解出来ないものと知っていて、だけど助けて欲しかった。
誰でもいい。同じ境遇にある子でも同じクラスの子でも担任の先生でも誰でもいい。
私じゃない誰かが背中を押して、一緒に居れくれたならば良かったのに…
この広い世界には私以外の人間しか居ないのに、誰も居ないかのような世界――…



帰宅しても、私は口を閉ざしたままだった。
そうするしかない、心が告げるがままに無言で鏡の前、何度も笑う練習をした。
そうじゃないといけない、と心が告げるから…ただひたすらに笑う練習をした。
こんなコトをしても変わらないと知りながらも、ただひたすらに…

子供が支配する世界でも、私は口を閉ざしたままだった。
耳を塞ぎたくなるような世界でも、背筋だけは伸ばしていた。
私は悪人じゃない。私は何も悪いことなんかしていない。
だからそうして…余計に状況は悪化していった。ゆるやかにカーブを描きながら。



この青い空は私を責めたりしてなかった。
風は優しく私を包んで、だけど背中は押してくれなかった。
座り込んだブランコは私が揺らさないと動かない。風は動かしてはくれない。
当たり前だけど、それが妙に悲しくて寂しい。泣きたくなるくらいに…

「それはちょっと青春しすぎなんじゃない?」

天を仰ぎすぎて首が痛いし、目も余計に痛くなって来た。
ゆっくり顔を起こして…目線の先に人が居たことを初めて知った。

「哀愁、漂ってるよ?」
「……私?」

オレンジ色の…夕陽のような色の髪をした男の子…
笑顔を振り撒いているから、私は辺りを見渡して他の人を捜した。
誰も居ない古びた公園。彼は明らかに私に声を掛けているようだった。

「そ。他にいないっしょ?人」
「……」
「隣、いい?」

私の隣、そこに座るのに許可なんかいらない。
むしろ、その隣も隣も…ブランコはまだ何箇所か空いてるというのに。
隣に座った彼はにこにこして私を見ていたから…私はゆっくりと立ち上がった。
少し怪しいカンジの子だし、知り合いでもないし、一人に…なりたいし。

「わ、待って待って。折角、勇気出して声掛けたのに!」
「……何で?」
「うわ…ナチュラルに手厳しいなぁ」

座って座って、と焦って言うものだから、私はまたブランコに腰掛けた。
にこにこと微笑む姿、何度見ても知り合いなんかじゃない。
高校生だろうか、白の学ランを着ているあたり彼もまた…と思ったけど違う。
滲み出ているオーラが明らかに違うから、口を閉じて私はまた天を仰いだ。

「まだ授業中だよね?何してたの?」
「…空、見てた」
「俺はサボり。今から着替えてナンパにでも行こうかと思ってね」
「そう。気を付けて」

やっぱり違うと確信したから私は空を仰いだまま、彼が立ち去るのを待った。
だけど彼はブランコに座ったまま、動く気配がない。
私なんかに声を掛けてないで、ナンパにでも行けばいい。そう思った。

白い雲がゆっくりと移動している。風の流れに添って、ゆるやかに。
雲が空を舞う中、空の青は掻き消されることもなく広がる。
その雄大さに、嫉妬しそうになる。

「空、好きなの?」
「……」
「俺は海の方が好きだよ」
「……そう」
「ずっと泣いてたよね」

急に触れられた話題、私の体は強張ってしまった。
この人はいつから居たのだろう。いつから私を見ていたのだろう。
顔を起こして彼を見たけど、彼はにこにこと微笑んだまま。
風になびくオレンジの髪、それがなぜか優しい色に見えて…口が重く塞がってしまう。

「今、色々とあるからね。泣きたいこともあるだろうなーって思ってね」

今の私は弱い。だから口が重く、固く閉ざしてしまう。
口にすることなく死んでいく多くの言葉が、私の中の気持ちが。

「泣くだけ泣いたら笑顔が見たいなーと思って声を掛けました」

誰もが笑う中、私は笑えなかった。言葉も吐けなかった。
拒絶の渦巻く空間で、私はろくに呼吸も出来ないほどに息詰っていくばかり。
鏡の前だけで笑って、誰も見たがらない笑顔を作って生活して…

「笑う方が可愛いと思うよ?」



俯いて、静かに泣いた。
誰とも言葉を交わしていないことに気付いて、泣いた。
今、隣に誰かが居るという現状に気付いて、ただ泣いた。
少し前までは当たり前だった境遇なのに、気付けば一人取り残された。
白い目、響く拒絶の言葉、緊迫した空間にただ一人でいた。



「俺ってさ、泣いてる女の子を放っておけないんだよね」

一人は嫌だと思う半面、諦めていた。
誰も助けてやくれない、誰も私の味方なんかじゃない、と。
この広い世界には私以外の人間しか居ないのに、私なんかには目もくれない、と。

「と、いうわけで泣くだけ泣いたらデートとかしちゃわない?」

私に微笑んで声を掛けてくれた他人が、今、私の目の前にいる。
手を差し伸べて、何処かへ連れて行ってくれるのだろうか?
息苦しい世界から…解放してくれるのだろうか?

「なんで……」
「ん?何が?」
「なんで、手を差し伸べるの…?」

この手を取ったならば、私はまだ頑張れるだろうか?
それはわからない、わからないけども差し伸べられた手を取った。
私じゃない誰かが背中を押して、一緒に居れくれたならば…

「泣いてる姿、魅力的だから…笑ってくれたらきっと好きになる気がするから」







なんて…嘘。
本当はずっと前から君を見ていた。
いつも暗い顔で、いつも何処か辛そうで…泣きそうで。
そんな女の子の顔は見ていたくなくて、だけど笑った顔が見たくて。
たったそれだけのことから君を見ていたんだよ。

そんなこと、カッコ悪くて言えないよね。
そんな理由で好きになった、なんて恥ずかしくて言えないよ。

ねえ、勇気を出して声を掛けることが出来たんだ。
俺は君のために頑張るから、頑張ってみるから…だから笑って?
今じゃなくていい。少し時間が空いてもいいから。
太陽のように笑う君を見てみたいんだ。








◆Thank you for material offer psycho-0


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