LA - テニス

08-09 短編
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口癖になるくらい「寒い」という言葉を連呼しながら歩く道。
冬に突入してるんだからそれは当然のことだけど我慢出来ないくらい冷え上がる今日この頃。
マフラーはしてるけど肩は上がりっぱなし、コートは着てるけど腰は少しだけ曲がって…結構情けない姿の私。

「お前、若さ足りねえんじゃねえか?」
「若さで解決出来る寒さじゃないわよ」
「そうか?」
「そうよ」

私の隣には平気そうな顔をした景吾の姿。装備はほぼ私と変わらないはずなのに…
くそう、何か無駄にキラキラしてんのはあれか?冬仕様だからか?それとも吐息が少し白いからか?
縮こまってしまっている私の横、嫌でも見上げる位置にいる景吾を見てそう思う。
何だかなー堂々としてる分だけ冷たい外気にさらされて寒いと思うんだけど全然そうは見えない。

「ねえ、寒くないの?」
「ゆいほどにはな」
「私と比べないでくれる?私は人一倍寒がりなのよ」

それは景吾だって知ってるでしょ?と聞けば適当に言葉は返されてしまった。
この時期はヒートテックは必需品、手持ちカイロだって必須アイテムで…出来れば靴下だって二枚履きたい。
爪先用カイロだって本当なら使いたいし、もっと欲を言えば耳あてもしたいし、格好悪いけどスカートの下にジャージを履きたい。
それくらいの寒がりなのよ。それを知りながら「歩いて帰ろう」なんて曲のタイトルみたいなことを言って私を歩かせる景吾は鬼だ。

「だからって、んなザマで歩くヤツがあるか?」
「それは…そうだけど」

でもしょうがないじゃない。勝手にそうなるんだから。それは私の脳に直接言って欲しい。
背筋を伸ばそうと試みてもダメでやっぱり腰は少し曲がって…脳がきちんと意思を尊重しないわけですよ。
それってやっぱり仕方ないことだと思う。うん、私は間違っちゃないわ。

「しかも、お前寒がりのくせに手袋はしねえのな」
「……何か痒くなるのよ」

そう、完全なる寒がりのくせにどうしてか手袋嫌い。毛糸と相性が悪いのか…いや、首に巻いてるのも毛糸なんだけど。
何だろう。手に何かが纏わり付いてるのって何か嫌じゃない?掃除時間に使うゴム手袋なんて最低。アレは本気で嫌。
あ、あと除草作業で使う軍手ね。アレも相当嫌。理由は本当に明確じゃないけど本当に嫌なんだよ。結果的に痒くなるし。

「でも手は寒いんだよな。亀みたくなってるぜ」
「うるさいわね」

コートの袖を思いっきり伸ばして手をカバーしてるっていういじらしい姿を亀とか表現して欲しくない。本当に寒いんだって。
手はかじかんで痛いし、あと少ししたら感覚だって無くなりそうなくらい冷え込んで…
景吾はどうなんだ?私とは違うのか?と思ってみれば、あらら…景吾も手袋はしてない事実に気付く。
綺麗に伸びた白い指。白いからか生気があるようには見えず、逆に氷細工で出来てるみたい。
そんなことを考えながら食い入るように見れば、突然、景吾が笑い始めた。

「俺の手は美味いもんじゃねえぜ?」
「は?」
「今にも食われそうな目で見てるから言ったまでだ」
「ナント!そんなことないわよ!ただ…」
「アーン?」
「景吾の手、氷細工みたいだと思って」

「その手、冷えてるんじゃない?」って言葉を続ければ返事はくれない。
ただ笑って…それは何かの前触れのようにも思えた。
いつもそう。何かをやらかす前の景吾は今みたいな笑いは浮かべていても言葉を発することはない。
「イチイチ宣告する必要はねえだろ」が決まり文句みたいなもので、その突拍子のない行動にはこっちが翻弄されるんだ。

「ぎゃっ!」
「……ゆい、少しは色気のある悲鳴は挙げれねえのかよ」

そんなん出来たら苦労はしませぬ。
氷細工から目を離して景吾を見た瞬間、まさかの展開でソレが自分の手を掴むとは思いもよらず。
だけど…その氷細工ったらその透明感溢れる色とは裏腹にあったかい。

「右手は俺が温めてやるから左手はコートにでも突っ込んでろ」

景吾に言われた通り、装備ゼロの左手はコートのポケットに突っ込んで外気に触れないうように保護して。
氷細工みたいな手に絡まれている右手はそのまま、彼の為すがままに温めてもらって…結局コートに突っ込まれた。
景吾の着ているコートのポケット、どんなに頑張っても肩と肩をぶつけるくらいの距離まで寄って。

「少しはマシになったか?」

その言葉の答えを分かっていながら、いつもの笑顔で尋ねて来る彼。
何だか悔しいから…私は返事をせずに握られた手に更に力を込めることで言葉でないものを彼に返した。





-スペシャリスト-
こんなこと平気でやってのけるヤツなんだよ…(090103)


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