LA - テニス

08-09 短編
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今日は随分不機嫌で、敢えて触らぬように傍に居た忍足に何気なく理由を聞こうとしたら不自然なくらい避けられて。
その様子が何かまた変だったから寝こけてたジロちゃんを起こして理由を探れば欠伸をしながら教えてくれた。
「それ彼自身が悪いから気にしなくてもいーよ」って。それ理由?気にするも何も…支障が出そうだから聞いたんだけど、な。



俺様以外、誰も…



誰がどう見ても一目瞭然、気分屋でもある俺様がご立腹なされているようで部員たちは大人しかった。
そりゃそうだろうね。少しでも何かあったら間違いなく「腑抜けてんじゃねえぞ!グラウンド走って来い!」って言いかねない。
しかもコレ、俺様が気が済むまで走らせるってこともあって皆避けて通るところ。俺様のご乱心はそれくらい恐ろしい。

「……ねえ、跡部」
「ああん?」
「い、いや…そろそろ休憩時間、なんだけど」
「そうかよ。なら勝手に休ませとけ」
「はーい…」

そんな恐ろしい俺様にそれでも声を掛けてかないといけないのが私の務め。樺地くんでも良さそうなのに…彼では通じない。
いや、走らされるようなことには彼自身はならないのだけどホラ、俺様との主従関係みたいなのがあるもんで意味がない。
彼に従うことはあっても彼を従えることは出来ないのが樺地くん、なのよね。だから私は随時、命を削ってる。

「ねえ宍戸――…」
「わ、悪い。俺顔洗って来る」
「そう。じゃあチョタロ――…」
「俺も一緒に行きますよ。宍戸さん!」
「ほな、俺らも行こうか岳ちゃん」
「え?あ、おう…っ」

そして、こんな時に限って部員全員が私に冷たいと来た。
少しは労おうとかそういう気持ちはないのかよ、って叫んでやりたいところだけど…結構な重圧感なんだよね。
何処かから負のオーラが纏わり付いて、しかもソレが私の首を息の根止めない程度に締めてるような…そんなの。
きっと他の部員たちもそんなのを感じて逃げ出してるには違いないんだろうけど、そんななかで涼しい顔をしてる日吉を発見。

「ねえ日吉」
「……何ですか?先輩」

おお、普通に返事が来たよ。少し眉間にシワが寄ってるような気もするけど、ま、日吉はいつもこんなもんだ。
少なくとも逃げられずに居たことで少しの安心感を味わって…それから本題に入ろう。

「何で俺様はご乱心されてるの?」

イライラしてるのは目に見えてて、的を得たようなアドバイスはしてるけどその発言には物凄く棘があって。
もっと言い方があるだろうに…と思わずにはいられないのはきっと私だけじゃないと思う。だって結構酷い、から。

「……そんなの直接聞いたらどうです?」
「き、聞けるわけないよ!何故ご乱心か、なんてそんな!」
「いや…もっと普通に聞きましょうよ」

「どうかしたの?」とか「どうして機嫌が悪いの?」とか、どのみち自殺行為だよ。今の俺様にそんなこと聞くのは。
みーんな避けちゃってるのがその証拠じゃない。触るな、混ぜるな、危険を意味するもんでしょうが。
気になるのは事実でも命は惜しいし、出来れば触れたくもないけど部内の空気はダントツで良くはないわけで。

「ねえ日吉…」
「お断りします」
「ええ?まだ何も言ってないわよ!」
「理由探れって言いたかったんでしょ?お断りします」

ううっ、やっぱり自分の身は惜しいか。かくいう私も自分の身が惜しくて可愛い後輩に頼もうとしたわけだけどさ。

「日吉冷たい」
「そんなことないと思いますよ」
「何で言い切るのよ」
「こんな時に先輩と会話してる時点で――…」

時点で?時点で何よ。そう言おうと思った時に自分たちの真横を通り過ぎたのは一筋の風。そよ風なんてもんじゃない。
それと同時くらいで響いた音は明らかに異質極まりない恐ろしい音。バリバリッて電気が走るような音がしたよ?
何事かと思って振り返れば、そこには囲いとなるフェンスと黄色いボールが転がってるだけ。フェンスに掛けられてたはずのタオルは落下していた。

「ほら、皆コレを恐れて避けるんですよ先輩を」
「はあ?何で私…」
「日吉!休憩時間を無駄にすんな、顔洗って来い!」

声が、物凄く間近で響いた、気がする。
気付けば日吉は「はい」と言う間もなく私に背を向けて歩き始めていて、キョロキョロと周りを見渡せば…私一人だ。
いや、正確には私だけじゃなくもう一人コートの中には残されていて、私の真後ろ、仁王立ちしていらっしゃる。
ああ…やっぱりご機嫌は麗しくない様子の俺様ですよ。てか、今の状況はアレか?人身御供ってヤツなんじゃ…

「志月」
「う、はい!」
「俺様のタオルは何処だ?」
「た、タオルは…」

シマッタ!さっきフェンスから落ちたヤツが俺様のだった!
と気付いたところですでに対処は遅いってもんで…慌てて取っては来たけども素敵に砂塗れです。払いはしたけど。

「……ごめんコレ」
「ふーん…そのタオルを俺様に突き出す、か?」
「いや…あの…」

怖い!怖すぎますよ!物凄く眉も目も吊り上がって般若よりタチが悪いです!
本当に人身御供じゃない。誰もコートに戻らないってことは確実に私を生贄にしてるんじゃないか!
出来れば私も何かを捧げて逃げ出したいんですけど。でも、こんな時に限ってジロちゃんまで転がってないとかどうよ!

「お前のを寄越せ」
「は?」
「お前のタオルはベンチのとこにあって無事なんだろ?」
「いや、だけどそれは…」

多少なりとも私が使ったものだし…と言う前に跡部はわざわざベンチまでタオルを取りに行かれましてしれっと使っちゃってます。
そりゃ砂でザラザラしたタオルよりはマシかもしれないけど、使われた私の方としては何かこう、気恥ずかしいというか何と言うか。

「……甘い香りがする」
「は?」
「それの所為か?」
「え?何?」

疑問だらけの言葉に目を白黒させる自分。それに構うことなく近付いて来る俺様の表情は険しい。

「そんなお前にイライラする」

今度は…目が点になった。その一言で受けた衝撃は何よりも大きい。
彼の不機嫌の原因が私にあったのだと今知らされたに等しくて。でも、苛立たせている言動に覚えなんかない。
それでも、今はっきりと言われたことには間違いない。疑う余地なんか無い。イライラするってはっきり、耳にしたんだから。

「……ごめん、なさい」
「んな謝罪が聞きたいわけじゃねえ」

そんなこと言われても…謝るしか出来ないじゃない。

「ついでに言えばそんな顔も見たくねえ」
「……」

それは…目障りだから辞めろって言われてるみたいだ。
結構、自分の中では努力して頑張ってやって来たつもりだったのに、な。
色んなことが走馬灯のように脳裏を駆け巡って、哀しいとか辛いとかの感情を通り越して…切なくなって来る。

「……笑えよ」
そんなの無理に決まってる。自然と俯くしか出来なかった私は首を振る。

「本当に…お前は俺をイライラさせんのな」
それは、私自身の所為でってことなんだね。それに首は振れないから、動きが止まる。

「責任は取ってもらう」
それは、マネージャーを辞めろってこと?それは…嫌だ。

「それだけは嫌」と直接言おうとして顔を無理にでも上げれば、ガツッとぶつかるものがあって痛くはなかったけど声は小さく零れた。
でも、ぶつけた額を無意識に押さえようにも腕は上がらない。上げられたのは肘から上だけで…急に反応したのは私の鼻。
甘い香りがした。何に例えたらいいのか、何の香りなのかは分からない甘い香り。

「お前の所為でイライラするんだ。責任取って俺様以外、誰も――…」


白地に黒のラインが見えた。
甘い香りと温かなぬくもりを感じた。
そして耳元で囁かれた言葉に、少しだけ怯えた。


「誰も見んな。じゃねえとイライラする」


四の五の言わすつもりはない俺様に文句の一つも言えないまま、ただ呆然とすれば「何か言え」と言われた。
それでも何も言えなかった私は押し潰されんばかりに抱き締められてまた小さく声を挙げれば一言、呟かされた。

好き、なんだ――…と。





-俺様以外、誰も…-
「同級生のマネ設定で…」とリク頂きましたゆんさんへ捧げます。
一ヶ月ほどお待たせしてしまいましてすみませんでした。えー…こんなんでどうでしょう?
久しぶりのフリリクで本当に嬉しかったです。有難う御座いました(090219)


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