LA - テニス

08-09 短編
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2005-2006(PC)
こちらは「歌う声」「キミと過ごした放課後」の完結編として書きました。



イヴのを覆うベール



彼女の声、彼女の歌唱力には天性のものを改めて感じた。まるで原石、どんどん磨かれていくのが分かる。
どんどん伸びていく声に僕の弾く演奏が追いつかない。パイプオルガンごと呑み込まれて…全てを吸収していく。
後ろ盾の演奏なんて本当に装飾品に過ぎないと実感し始めたのはここ数日のこと、だと思う。
賛美歌が響き渡る礼拝堂、音につられて人が外が見ているのに彼女は気付いているだろうか…?

「ねえ観月。最後の方はもう少しペース落として」
「まだ落としますか?」
「そうよ。音が共鳴しないから気に入らない」
「分かりました」

練習など殆どしていないと自負していた彼女だったが随分本格的なことを言う。
本気にさせたことを喜ぶべきなのか、最近の彼女ときたら…イイ意味で有名になりすぎて僕としては困りものだ。
元より浮き立った存在ではあったがそれは自身が築いたキャラクターが問題でのこと。僕と同等くらいにキツい言動ですから。
でも最近は少し違う。その秘められた才能が開花してきたからでしょうか、高嶺の花だという言葉を耳にするようになった。

相変わらず短いスカートをなびかせて、真っ直ぐ背筋を伸ばして堂々と歩く彼女。長い髪がふんわりと揺れる。
きっと笑えばもっとモテるんでしょうけどソレはせず、それでもお世辞を言わない僕が「綺麗」だと思える彼女は…どんどん遠退く。

「……何よ」
「え?」
「ジロジロ見ても何も出ないわよ」
「何も出なくて結構ですよ」

これ以上。と呟くことはしないが、それでもこれ以上彼女を遠くに感じるのは避けたいところ。
少なくとも彼女を最初に掘り出したのは僕で、後からその原石に見惚れて寄ってくるなんて許せないところですが…
でも、その原石さんはまだ知らない。自分のことをガラクタだと思っているようだから…少しは息を吐けるというところでしょうか。
彼女は何も分かっちゃいないんだ。僕の中で、他の者の中で、自分がどのような存在へと変わっていっているのか、を。

「ところで、ご両親とはお会いになりましたか?」

遠く、異国の地で生活をする彼女の両親が帰国したという話題はつい先日職員室で耳にしたもの。
この学園の卒業生でこれほど飛躍的に活躍された人などそうおらず、この学園で知らぬ人など居ないくらい有名。
当然の話題ではあるけれど…彼女がどれほど不快な表情をするのか分かってて敢えてそれに触れれるのは僕だけだろう。
そんな両親を、彼女は良くないものと思っている。それを直に知りながら…悪趣味な質問でしょうか。

「会わないわよ」
「どうしてです?」
「私、寮に居るのよ」
「知ってますよ」
「わざわざ会いに行く理由が分からないわ」

……全く、素直じゃない。
ようやく彼女なりに見返すと称したことが時期に迫っていて、思い描くことも大きくなっているだろうに…まだ抑え込んでいる。
声を荒立てて言っても良さそうなものを…未だに伝えれずにいる。強がって、いきがって、素直になれない。

「そうですか…」
「いいのよ。いずれは遭遇するわけだから」

そう、近いうちに会うことにはなる。数日後に控えたイベントで彼女とその両親は顔を合わせることになっている。
両親は…彼女の歌声を聴きに、やって来る。彼女曰く、才が無いがために見放した子供の晴れ姿を見に――…

「それよりも今は調整を」
「ええ。そうしましょう」



彼女は、本当に何も分かっちゃいない。
自分を表現する術が歌であるのは結構なことではありますが、それ以外では表現することに欠けていた。
確かに…実力ある親、兄姉の後ろで生きた彼女にとっては様々な苦痛は伴って、それが自分を追い込んでいたとは思います。
ですが彼女は彼女。他の何でもないことを知る必要があって、自分なりのものを開花させれば…今みたいに。
そうしたら輝けるのに、そう、僕は初めて会った時からそう思っていた。ずっとずっと、こうしている今でさえ。

惹かれます。他でもない貴女に。そう言ったなら彼女はきっと笑うでしょう。
それでも僕は、彼女に惹かれて…出来ることならば周囲にその魅力を見せ付けたくはないくらいだ。



だけど、そうも言えるはずも無く時間はどんどん過ぎて…やって来た当日。
礼拝堂が一般に解放されたことでどんどんと人が入っていくなか、僕たちはその会場の隅に立って番を待っていた。
ステージなんかとは違う礼拝堂では隠れる場所もなければ、その場でひそひそと言葉で調整をするくらいしか出来ない。
そんななかでただ無言で待つ。目先に映る礼拝堂の扉が完全に閉まるまで。

「……緊張、してますか?」

何処か居心地悪そうな表情で隣に立つ彼女に密かに声を掛ければ、彼女は前を向いたまま言葉を返した。
「そんなことあるはずがない」と。その視線の先には…彼女の面影を感じさせる人が二人、同じように此方を見ていて気付く。

「役者が揃ったようですね」
「そうね。出来れば別の場所を見て欲しいくらいだわ」
「んふ。それは無理でしょう」

それでは何のために此処へ足を運んだのか、分かったものではないでしょうに。
こちらの会話が聞こえないのと同じで彼女の両親が何か話しているのは分かっていて聞こえない。
期待をしていることでしょう。彼女はそうは思っていなくても。それに僕は…意地でも応えさせるために全力でサポートしてやりたい。

「……そろそろ、ですよ」

礼拝堂の扉が閉まった。時間が来たようで、此処からは昨日行ったリハーサル通りの動きへと流れが変わる。
彼女の意思でトップバッターとなった僕たちは誰も邪魔をすることのないタイミングから全てを始められる。
そう、全ての進行も僕らの演奏が終わった後から。全ての封切は僕らからで、彼女がスーッと動き出して僕もその後に付く。

ステージの真ん中、彼女の位置はそこで僕はそこから離れた壁に近いパイプオルガンの前。
彼女が立ち止まれば僕はその後ろを通り、そこ場へ向かうべきところでしょうけども…それを敢えてせずに彼女の横に並んだ。

「……観月?」
「最高の演奏をします。だから…思う存分、貴女らしく歌って下さい」

目の前には演奏を聴きに来た人が居て、確実にその会話は聞き取れたでしょう。少しだけざわついた。
だけどそんなことは構わない。そうなったとしても伝えたいことがあるんです。今の彼女に。
全てはそこ、僕が出来ることはあくまで彼女のサポートだけだから。そう、言葉少なに告げれば彼女は…笑った。

「そんなの…当然のことよ」
「……それは失礼」

スッと横を通り過ぎる際に気付いた彼女の握り拳。
それに自然に触れれば彼女の力が抜けて…それを感じたから僕はパイプオルガンの前へ。
静かに彼女が頷く。それが合図だから僕は演奏を始めた。僕が選び、彼女が了承した「Amazing grace」を。




Amazing grace, how sweet the sound,
 驚かんばかりの大いなる恵み

That saved a wreck like me.
 私のような罪人さえ救ってくださる

I once was lost but now I'm found,
 かつて、我を見失い、彷徨いし私を

Was blind but now I see.
 今は、光で導いてくださる




声は浸透した。礼拝堂に融け、全てを呑み込んだ後に穏やかに消えていった。
歌い終えた彼女と来たらその歌声と反した様子で何も言わずに礼拝堂を出て、僕は内心慌てて彼女を追った。

「志月さん!」

焦る僕に彼女は「ん?」と振り返りはしたものの歩くのは止めず、だが、その表情は穏やかなものだった。
歌い終えた彼女はきっと満足したのであろう。予想以上の歓声を一身に浴び、それが逆に心地悪く感じて飛び出したのであろうから。

「もうこりごりよ。次はないわ」
「……また、勿体無いことを」
「いいじゃない。それを決めるのは私だから」

どんどん礼拝堂を遠ざかって行く彼女の前、堰き止めるかのように僕が立てば足を止めた。
本当に…満足したのでしょうか。まだ伸びる余地だって確実にあって、誰もが今ので期待を始めたことでしょう。

「それに…」
「それに?」
「私をサポート出来るのは観月以外居ないから」

初めて、そんな言葉を貰った僕が取った行動は…きっと間違っていたかもしれない。
それでもこの雰囲気とチャンスに彼女が呑まれてしまえばいい、などと思う自分が居て…随分打算的だと思う。

「貴女が望むならいつだってサポートします」
「そう」
「また…セッションしましょう」

うん、とも言わない彼女はただ黙って抱き締められていて、僕は何も言われないことでより強く彼女を抱き締める。
苦しいと言われようとも返事を聞くまではきっと離せなくて…いや、良い返事でなければ彼女を離すことなど出来なくて。
ふわふわと雪が降り始めてるのを僕は見た。だが、彼女は僕の所為で気付いていない。

「雪が降ってますよ」
「……観月の所為で見えないんだけど」
「だったら顔を上げればいい」

嫌とも言わない彼女にそう告げれば、いつもと同じ表情で顔を上げたものだから少しだけ可笑しく思える。
あくまで僕には靡かないと言いたいのか…それでも僕は構いません。

「今日の貴女を見て一層気に入りましたよ」

憎らしくも愛らしい表情で特に言葉を発することのない彼女に顔を近づければ自然と目が伏せられた。
「ああ…同じか」と思う前に一言、全く素直じゃない彼女に気持ちを告げてから口付けた。「貴女が好きです」と。





-イヴの街を覆うベール-
クリスマス企画2008。
余り御題での過去もの完結編(090131)

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