LA - テニス

08-09 短編
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何で俺なんだろう…と思わない日は無くて、それでも同じ気持ちを抱いているから同じ時間を共有して。
うまく言葉が出て来ない日は多い。話題がぷつりと途切れることも多い。優しくしてやることも…そうそう出来ていない。
それは俺が不器用だから、で済ましてしまっていいことではないと頭では分かっちゃいるのにどうしたものか、いつもいつも悩む。
特にこの時期が来るまで付き合いが長くなるとは思いもしなくて、悩みは更に大きなものとなっちまった。
考え出したらキリがねえ。だけど考えないわけにはいかねえ。それで俺なりに…精一杯考えたんだ。志月のために。



されたプレゼント



この日も一緒に居た。俺が練習があると事前に伝えていたにも関わらず「来る」と言い出したら聞かなくて。
コート横、待つには厳しすぎるくらいの寒さの中で彼女は微笑みながらこちらを見ていた。

「マジ、やるときゃやるよなー海堂」
「黙れ」
「あの子…ゆいちゃんだっけ?マムたんにしちゃ可愛すぎだろ」
「気安くアイツの名前を呼ぶな」

今すぐでもぶん殴ってやろうか?と詰め寄れば、涼しそうな表情で交わされてカラカラ笑いながら俺の肩を組む。
どうも全国の後からこういう馴れ合いもまた必要なんだ、と勘違いした桃城が居て、妙に寄って来ては余計な一言を吐く傾向が強い。
その度にただでさえ怖いと言われる表情が更に深みを増してって俺としては不愉快極まりないところ。

「で、今日はデートだろ?」
「てめえに関係ねえ」
「んな冷たいこと言うなよ。俺も予定あるんだ。少し早めに――…」
「そんなことはさせねえ」

待ってる志月にも桃城の居るかどうかも知らねえ彼女にも悪いが、それは無理な相談だ。
そのやり取りを誰としようが、粘った桃城が何度言って来ようが、変更するつもりもなく予定通りにする。
公私混同なく、これが手塚部長から受け継いだもんだ。と、頑なに言い続ければ桃城も諦めて引き下がった。

罪悪感はないとは言えない。こんな寒空の下、アイツを置く罪悪感。ただ待たせる罪悪感。
俺が一言早く終わるように指示すればいいだけのことなのにそれが出来ない罪悪感。手塚部長にもあったのだろうか。
不器用と言われたならばそうとしか言いようがなくて、他の部員たちに恨み言言われても仕方がない。
そんなことを悶々と考えながら雑念しか入らないコートで練習をしてれば…ボールが自分の横を擦り抜けていく。
……前からそうなんだ。俺は、一つのことを考え始めたら神経は全てそっち。他になんて、回らないんだ。



「お疲れ様」
「……ああ」
「今日は…少し調子悪かった、みたいだね」

寒いからかな、と言った彼女に違うとも言えず黙り込めば…気を遣わせたらしい。ごめんと呟く声が聞こえた。
そんなんじゃない。そんな意味で黙り込んだんじゃない。そう、言うことも出来ない俺は…果てしなく不器用なんだろうか。

「……待たせて悪かったな志月」
「ううん。私が待ちたいって言ったんだよ。平気」

何処が平気なんだ?頬は真っ赤になって…元は白いお前だ。そんな変化はすぐに見て取れることで。
ほぼ無意識。手を伸ばした自分が居て。その赤くなった頬、指先の甲で触れれば明らかに俺の指の方が熱を持ってる。
ほら見ろ、やっぱあんなとこで待つなんざ寒かったろ。絶対平気なんかじゃなかった、そうだろう?

「……嘘吐き、が」
「か、海堂くん?」
「悪かったな」
「いや、ほんと、大丈夫、だから」

口ごもりながら俯いて何度も大丈夫と口にする彼女。そこでようやく頬から手を引けば大きな吐息を吐いて。
更に一層真っ赤になってるもんだから心配してみりゃ…彼女は余計にそっぽ向いて、それで気付いた。
その瞬間、自分の取った行動でそうなったということ。急に気付いて、無意識の行動で、それで俺もまた恥ずかしくなった。

「……悪い」
「う、ううん」

何だよそれくらいで。きっと桃城だったらそう言って笑うかもしれない。馬鹿にするかもしれない。
だけど…出来るわけがねえ、よ。そこで笑って「何照れてんだよ」て言えたなら俺はこんなに不器用やってねえ。
きっと未だに呼べない名前だって呼んでて、もっとこう…言いたいことも伝えたいことも伝わって欲しいことも…言えてた。
もっとこう…コイツのために出来ることだって考えてやれただろうし、優しくも、出来ただろうよ。けど、そうじゃねえ。

こんなだけ冷たくなるまで待たせたってのに気の利いた言葉も出なけりゃ、これから何処へ行くべきかも決まってねえ。
ただ横並び、歩調だけは合わせて歩く道。会話は途切れた。だけど、不思議なもんで俺はこれが嫌いじゃなくて。
この微妙な距離、この微妙な空気、それが胸の中の何処かをグルグル回る。ほんのり温かく、何処か急くようなそうでないような。

「……イブ、だね」

急に彼女が声を発してハッとした。
振り向いたが彼女の視線は俺ではなく前にあった。その目線の先には公園と大きなツリーと。
ああ、と分かっていたつもりで忘れていた今日の日を思い出して…気付けばお互いに足を止めてそれを眺めて。

「綺麗だね」
「ああ…けど電気代は凄そうだ」
「ふふ、そうだね」

わざわざ遠くから眺めなくてもいいだろうに、そう思って「行くか?」と聞く前に彼女はこっちを見ていて…頷いた。
まだ何も言ってねえのに笑って頷いて。それに何処か安堵した俺はその方向に歩き出していた。当然、彼女も、だ。

どんどん近づいて、どんどんツリーのデカさを目の当たりにして。
無数に散りばめられた光を目を細めて見上げるくらいのところに来ればまあ感動しないわけがなくて。
立ち止まって眺める人も少なくない。まるで星のようにパラパラと煌めいている様子に引き寄せられているような感覚。
ああ、悪くはないもんだな、とか思えるのはきっと傍に彼女が居るからだと思うんだ。何となく、それとなく。

本当に不思議な気持ちになれる。何も言えやしねえけど…ほんのり温かくて心地良くて。
だから何で俺なんだろう、と思わない日は無く、それでも俺は彼女が好きだから…同じ時間を共有したいと願う。
願うばかりで口には出来ねえのに、その願いは叶ってる。それが不思議で不思議で、しょうがない。

「この電気代でロマンを売ってるんだね」
「……そうかもな」
「だったら素敵じゃないかな?」
「ああ…悪くない」

お互いにマイペースだっていうのはもしかしたら共通しているのかもしれないが、他には何があるだろうか。
考えれば考えるほどに不思議なものだと思う。隣に居て、ただ俺の傍で微笑む彼女に俺は…自分以上の幸せを与えられているだろうか。
とか、ガラにも無くまた頭の中でごちゃごちゃと考えていれば彼女がくしゃみをしたことで我に返った。
やっぱり…あんな寒い場所で待たせたから体が冷え切ったんだと自己嫌悪に陥っちまう。けど今はそれどころじゃねえ。

「外はダメだな。移動しよう」
「え?平気だよ。それに…」

もうちょっとフラフラ歩きたいかな、とか言われたら、それは聞かないわけにもいかないような、そんな気持ちになって。
心配する俺をよそに笑う彼女に「あっ」とタイミングよく思い出したものをこれまたタイミングよく手渡すチャンスが出来てた。

「だったら…コレ使え」

ちゃんと分かってる。こんなものは沢山持ってるたろうし、今だってその一部は彼女は身に付けている。
有難みも少し欠けて、思いっきり季節物で…女物だ。流行だって色々考えてあまり好ましくねえって乾先輩なら言ったかもしれない。
それでも…考え出したらキリがねえ。だけど考えないわけにはいかねえ。それで俺なりに…精一杯考えたんだ。

「これ…」
「プレゼントだ。今日は…イブ、だろう?」
「あ、有難う…」

綺麗にラッピングされたクリスマスカラーの袋、丁寧にそれを取り外していけば俺が必死になって選んだものがお目見えする。
何となく…似合うだろうと予測した薄いピンクのマフラーとお揃いの手袋と…何故かセットになっていたイヤーマフラーとか言うやつと。
そう、今もマフラーはしてる。だから必要なんかないと言われれば「そうだな」くらいしか言えないが…それでも、と思わずにはいられなくて。
中身を見た彼女は大きな目を更に大きくして眺めて、そして何を思ったのかいそいそと自分のマフラーを取り外してそれを巻く。

「お、おい…」
「だってお揃いの方がきっと可愛いよ」
「けどな――…」
「いいの。私は海堂くんに貸すから」

ふわり、自分の首元に巻かれたマフラー。甘い香りに目を丸くしている間に彼女の衣替えが完了していて。
優しい微笑みに似合う、ふんわりした色のふんわりとした小物たち。まるで…うさぎみたいだ。犬でも猫でもなく、うさぎ。

「本当に有難う。大事に、するね」
「あ…ああ」
「私も…準備しとけば良かった」

普通なら一緒に用意しとこう、なんて言ってお互いに準備するとこなんだろうが俺たちの中ではそんな話題はなく。
俺が勝手に、一方的に用意して、それを喜んでもらえたならそれが一番で、それが何よりで。だが、それをまた口に出来やしない。

「ねえ。今からでも一緒に買いに行けるから、欲しい物言って?」

小首傾げて「何でもいいよ」と言ってくれたのは嬉しかった。嬉しくはあったが、欲しい物なんて特になくて。
ただ常に願いは叶えられている。それ以上を望むのは貪欲というもの。だけど、もし、本当に「何でもいい」と言うのであれば…
欲しいものは一つ。これさえ貰えるというのならば、俺はきっと悩みながら考えながらもほんのり、温かく居られる。

「来年も此処でツリーを見たい」
「え?」
「……何でもいいんだろ?」

物でも金でもないものが欲しい。それは簡単に手に入るわけじゃないもので意思を必要とするから難しい。
それを「くれ」と言われた時、彼女がどんな顔をするかと思えば驚いて、そして照れたように笑ってくれたから少しホッとした。

「本当に…それでいいの?」
「……ああ」
「それじゃ私が二倍得しちゃうよ」
「そんなこと、ない」

次の年も同じように、同じ気持ちを抱いて同じ時間を共有していられるなら…

「……大好き」

照れた顔してそう告げた彼女に同じように、いや、それ以上の気持ちが俺にはあると告げたならば恥ずかしそうに俯いた。
俺の視線から見えるのは彼女の旋毛だけ。それじゃあんまりだから…抱き締めてもう一度囁いた。

「それ以上に、俺の方がゆいが好きなんだ」





-隠されたプレゼント-
クリスマス企画2008、第十作目。
リクエスト頂いた蜂湖様へ捧げさせて頂きます。有難う御座いました(090130)

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