LA - テニス
□08-09 短編
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出会いは13、始まりは15、それから随分と時間は経った。
流れゆく雲のスピードと同じくらい時間は進んだが、笑えるくらい気持ちは変わらない。
「付き合って10年目の彼女――…?」
「ええ。それが何か?」
会社の同僚たちが飲み会の席で声を大にして驚いた理由が未だに俺には分からない。
俺からすれば勝手に時間は流れ、同じことの繰り返しの中でどんどん明日へと向かっていっているだけ。
思いだけは相変わらず何一つ変わることもなく、そればかりか日に日に大きくなって。
そう、俺が沖縄を愛おしく思えるのと同じように、家族や友人を大切に思えるようなのと同じように、彼女もまた。
「……よっぽど愛してるんですね」
無くてはならない存在、場所、人として俺の中に深く刻まれているんだと。
こういう席に参加する度、この話題で驚かれる度に何度と無く思い知らされるんだ。
「ただいま」
原色に彩られた地を離れる際、俺は初めて我儘を言って彼女までも連れ出した。
高校は外部を受けると彼女に出会う前から決めていたことで、そこに彼女までも便乗させたのは俺。
随分と悩み、彼女にも大きな負担を掛けると分かっていながらそれでも諦めるなど出来なくて。
差し伸べた手をいともあっさりと握り返した彼女も彼女でしたが、それはそれでとても彼女らしかった。
その時からもう全てが始まり、決まっていたのだと思う。
「お帰りなさい木手くん」
「今日は会社で転んだりしませんでしたか?」
「そ、そんなに随時転んでないです!」
「おや、それは失礼」
頬を膨らましてべーっと舌を出す彼女もまた何一つ変わらない女性だ。
ぼんやり空を眺めたり、海辺でぼんやりしていて制服を濡らしたり、子供を無視してブランコを占領したり。
そんなことをやっていた頃と変わりなく俺の傍で笑っている。それはそれは楽しそうに。
「今日は…煮魚ですか?」
「うん。お母さんが魚送ってくれてね。お隣さんにお裾分けしたんだよ」
「そうでしたか」
「それでね、お隣さんに作り方教わっちゃった」
ふんわり、柔らかく微笑む彼女は本当にあの頃と何ら変わりない。
今にも風に流されてしまいそうな雰囲気を持つ彼女に俺がどんなにハラハラさせられているか、知りもしない。
だけど、それでも彼女は俺の傍に居て…他を知ろうとしない。まあ、知る必要もないのですが。
「き、木手くん?」
「うまく出来ているか楽しみですね」
「た、多分大丈夫…なので、とりあえず離れ――…」
「キミはいつまで俺を名前で呼ばないつもりですか?」
俺の腕の中、抗うも猫がジタバタしている程度の動きしかしていない彼女。
この10年間に俺を名前で呼んだ試しがほとんどない。
「早く改善しないと取り返しがつかないことになりますよ?」
「へ?」
「苦労するかもしれませんねキミ」
ねえ、俺もそろそろケジメを付けるかと思っているところなんですよ。周りはまだ早いと言ったとしても。
それでも10年は短いようで長い。ここまでくれば…ここまで変わらなければこの先も変わることはないでしょう。
だったら本当に捕まえておく必要があると思った。キミは流されやすい雲のようなものだから。
「就職して1年、ようやくマトモなものが買えました」
「え?」
「これからも仲良く時間を過ごそう、でしたよね?」
今となっては遠い昔の記憶のように思える彼女の言葉を、俺は一度たりとも忘れたことはない。
あの時の言葉通りに俺らは同じ時間を共有し、時には喧嘩にならぬ喧嘩もしても傍に居ました。
それが全て。それをずっとカタチにしたいと思っていたのを知っていましたか?
「俺に捕まる覚悟はありますか?」
「……返事の前に、それ、見たいんだけど」
「返事がなければ見せることは出来ませんね」
「……相変わらず意地悪だなあ」
くすくす笑う彼女の声はとても優しいものだった。
ゆっくり振り返って見上げて来た表情もまたふんわり、優しい笑顔。
「木手くんの言う覚悟なんていらないよ」
「いらない?」
「だって、覚悟しなくても捕まってるから」
「……そうですね」
ああ、彼女もまた手を取った時からもう全てが始まり、決まっていたのですね。
そう勝手な解釈をして、俺もまた彼女につられて笑った。
「ねえ」
「何ですか?」
「木手くんも…私に捕まる覚悟はある?」
「……そんなの、とっくの昔に捕まってますよ」
10年も昔から。そう告げたなら彼女もまた「同じだね」と笑って答える。
そんな彼女と過ごした時間は幸せだった。これからの時もまた彼女と過ごせるなら…きっと幸せだ。
ぞっこんな5のお題
(お前のためなら何でも出来る)
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「雲の行方」「風シリーズ」「My Lovers」でのヒロイン設定にて(090509)