LA - テニス

08-09 短編
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時間の経過っていうものは恐ろしいもので、あれからもう一ヶ月経ってしまった。
「どうぞ」と何食わぬ顔をして手渡されたものは一応持ち帰って食べて…今となっては消化されてしまった。
その日を境に変化はないものの意識をしてしまう生活。そして私が目にした光景に、溜め息が出た。



やっぱり何もかもが違うわよね。第一に若さが違うからパワーなんてもっと違うに決まってる。
エレベータの扉が開いた途端に微妙な表情を浮かべた彼が同僚の女の子に何かを手渡す瞬間。
今度は今日という日が何なのかを知ってたからこそ、すぐに勘付いて…見ないフリをして自然に通り過ぎた。
あれは…ホワイトデーのお返しをしているところだと分かったんだ。

確かにあの日、私は生まれて初めてバレンタインにチョコレートを彼から貰った。
「好き」だという言葉もプラスして。だけど、その後に変化はなくて何もなかったかのように時間だけは過ぎた。
よくよく考えたらアバウトな言葉なんだと思う。私たちが普段口にしている「好き」って言葉は。
LIKEとLOVEの差だけじゃない。親愛、友愛、敬愛…沢山の意味があって、その一部で彼は言ったのかもしれない。
何を意識してたんだろう、て年も重ねておきながら。そう溜め息を吐けば隣に居た同僚がまた「幸せが逃げるわよ」って。

「無縁よね…ホワイトデーなんて」
「何言ってんのよ。旦那にちゃんとあげたんでしょ?」
「馬鹿ね。旦那にホワイトデーなんてないのよ」

そっか、と呟いておきながらも私の鞄の中にはあったんだってことは伏せておいて。
そこそこ期待はしてたんだと思う。幸薄いにもほどがあって、仕事一本でずっとやって来たから嬉しかったんだ。
それしかなかった自分を「好き」だと言ってくれたこと。ただそれが…少しだけ勘違いであったわけだけど。

「で、今日残業?」
「ううん。私ももう帰るよ」
「そう。じゃお先に」

足早に職場を後にしていく同僚は嬉々としていて、この様子だとその何もない旦那と何かがあるんだろう。
それを羨ましく思いながら片付けをして、自分のパソコンをシャットダウンして…横目でチラリと確認した。
ああ、まだ一緒に居て何かを話してる…みたいだ。さっきのエレベーターの子と、木手くん。

「お先します」

何か、見苦しいよね。遥かに年下の女の子に嫉妬する女性、なんて。
確かあの子は高校卒業と同時に派遣で入って来た。それで大卒の彼とは少し立場は違えども同期で。
本当に女の子だと思う。私とは違った輝きを持つ、まだ女性ではなく可愛らしい女の子。
見てるだけで羨ましく思えるし、微笑ましくも羨ましくも思える。ただ、それだけのことなのに、嫉妬なんかしたくない。

会社を出てすぐに時計を見ればいつもより一本前の電車に間に合う。
これって結構珍しくてそれだけが少し幸せな気持ちにしてくれた。そのお陰が足取りが軽くなって歩き出そうと思えば、

「待って下さい」

後ろ手、掴まれて振り返りを余儀なくされて見たのは…木手くん。

「き、木手くん?」
「また…気付かずに帰るつもりですか?」

彼の息が少しだけ上がってるのにすぐ気付いた。荷物もジャケットも片手に持って、慌てて来たんだろうか。
少なくとも最後に見た彼の姿はあの女の子と話していて、とてもじゃないけど邪魔なんか出来ない雰囲気だった。
それなのに…ほんの数分で終わらせて来たっていうの?わざわざ私を追って…?

「返事は一ヵ月後に頂くと俺は言いましたが?」
「あっ、あの…」
「どんな返事でも構わない。貴女の言葉で聞きたいと思って俺はあの日告げたんです」
「木手くん…」
「教えて下さい。俺は本当に貴女が好きです。受け入れてもらえるんですか?ダメなんですか?」

こんなに振り乱れた彼の姿を目にしたことなんか一度たりともなかった。
クールな素振りが基本で、手際の良さとスムーズな動きがピカイチで、少なくとも声を荒立てたりなんかしない。
切羽詰まったような表情も見せない、年相応に見えなかったはずの彼が…少しだけ子供にも見えた。

「木手、くん」
「何ですか?俺は貴女から答えを聞くまでこの手は離しませんよ」

それが少しだけ可愛らしくて、それが少しだけ自分との間にある距離を感じさせられて、それでも――…

「そんな可愛らしい一面もあったのね」
「……からかってるんですか?」
「違うわ。それが…愛おしく思える。そんな答えじゃダメ、かな?」

今更、この年になって彼と同じくらいストレートになんて言える筈が無くてオブラートに包んだ私の言葉。
それでもよければ受け取って欲しい。そうも言えない私に少しだけ微笑んだ彼は…距離を縮めて囁いてくれた。



キミにあげる
(可愛らしいなんて、もう二度と言わせませんよ)



(090314)
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