LA - テニス

08-09 短編
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口癖になるくらい「寒い」という言葉を連呼しながら歩く道。
冬に突入してるんだからそれは当然のことだけど我慢出来ないくらい冷え上がる今日この頃。
マフラーはしてるけど肩は上がりっぱなし、コートは着てるけど腰は少しだけ曲がって…結構情けない姿の私。

「……大丈夫、か?ゆい」
「まあ…平気、だと思う」
「そうか?だが…今日に限って何故そう軽装備なんだ?」

そう、色々な防寒具は一応装備はしているけど冬仕様から春仕様へと変換したばかり。
鈍感な国光でもパッと見で気付いちゃうくらいの衣替えをしたばかりだったんだ。しかも最近、てか今日から。
「まさか暦の上で春になったからだとか言わないだろうな」と言わんばかりの国光に「春一番が吹いたから」と告げて。
その言葉は私なりのナイス言い訳だったつもりなんけど…国光ってば物凄く大きな溜め息を吐いた。

「春一番の後は寒気に変わることを知らなかったのか?」
「へ?」
「つまりだな――…」

……国光のうんちくが始まった、と思った。
秀才は秀才なんだけど国光はそれ以上に博学でもあって、それって試験には出ないってこともよく知ってる人だ。
このテの説明で色々と聞かされた経験が結構あるんだけど…これが長い長い。いや、タメにはなると思うんだけど。
で、要は立春後に吹く一番強い温かな風を春一番と言うけども、その反動で寒気が流れ込んで後日は冷え込むらしい。
それを説明するまでに前線だの上昇気流だの…本当に沢山の用語が出て来て少し、困った。

「……ゆい。分かったのか?」
「な、何となく…」
「では、明日からは油断のないように」
「イエス」

とか、こんな風に心配してくれてるのは分かるけどアレだね。少しロマンに欠けた部分があって。
そこも含めてストイックさが気に入ってるってのはあるけど…何だろう、色々不思議に思えてくるんだね。
こうして一緒に帰る時間が夏を過ぎてからというもの増えて私は嬉しいけど国光は結構涼しい顔をしてる。
他愛ない会話をしながら歩いてはいるけど、国光は何だろう、それなりに感情あって一緒に居るのかなーみたいな。
いやいや、心配してくれることも今みたいにあるわけだから感情あって一緒には居ると思うけど、まあ考えるよね。
好き、とか…嫌い、とかの…そういうの。付き合い始めたきっかけだって、私が無駄に突進したからなわけだし。

「……本当に大丈夫か?」

い、いかん…そんなこと考え出したら余計に前のめりになってしまった。
明らかに不審なのめりっぷりに国光が少しだけ身をかがめて私の方を見てて…慌てて背を伸ばせば寒気に触れた。

「さむっ」
「さっき平気だと言わなかったか?」
「……意地、張りました」

だって自分の浅はかな考えでこんなんで来て今更寒いなんて言えないっしょ。だったらコート変えて来いって話で。
むしろ、今日は遅刻ギリギリでダッシュして来たもんだから朝はこれでも暑いくらいあって…なんて言い訳も国光には出来ないでしょう。
まあ…要は意地と言うよりも言い訳不十分なだけ、なんですけどね。これまで引っ込みが付かなくなった。

「仕方ないな…」

ん?と思った時には国光の足は少し先を歩き始めてて、「こっちだ」と告げた場所は帰路の途中にある小さな公園。
子供たちなんかこの寒さの所為なのか居なくて、何だか物寂しい雰囲気に変わってしまった場所にどんどん進んで行く。
夏場は結構子供たちで溢れた場所なんだけど…って思っていたら国光も同じようなことを口にしつつ、隅にあるベンチに荷物を置いた。

「俺が脱ごう」
「はあ?」
「そしたら温かく出来るだろう」

な、何ですかソレ!それって遭難時に実施しちゃうかもしれないアレのことを言ってるんですか!
ダメですよ、それをこんな場所でやった日には…変質者どころか公然わいせつ罪で警察にしょっ引かれてしまいますよ!

「く、国光!それはマズイ!それは絶対にマズイよ!」
「何がマズイんだ?」
「人前で脱ぐとか…それは絶対に良くないよ!」
「いや一応配慮はしたんだが…」
「は、配慮!?それ配慮なの?」
「ああ。道脇でコートを貸すことも出来たが通行の邪魔になっても良くないからな」

……ん?コートを貸す?

「ここでも何か問題があるだろうか?」
「……いや、な、無いように、思えてきました」

う、うん。何か凄い間違いを勝手にしてたらしいよ私。国光が物凄く不思議がってるけど…深読みはされなかった。
だよね。そんなアヤシイことは出来ませんよね。だって国光だし。真面目を型に取って実体化したような人だもん。うん、私が間違ってた。
「俺が(コートを)脱ごう(貸すために)」「そしたら(私がコートを着て)温かく出来るだろう」ってこと、ですよね?

「はあ」と溜め息を吐けば国光は何も分からない様子で自分のコートを突きつけてて、それを有難く私は受け取って…
何だかなあ、惜しかったような惜しくなかったような、何ともまあ不思議な感覚になってしまう。

「少し大きいようだが寒くはないだろう?」
「うん…凄くあったかい」
「なら良かった」

少しだけ口元を緩ませて、わざわざ袖丈を調整してくれてる国光を見て私もまた口元が緩む。
言葉足らずではあるけど優しい人だと改めて思う。何か…一瞬でも変質者だと思ってしまった自分が情けない。
ついでに言えば少し…そうであってくれても面白いかも、なんて思ってしまった自分はもっと情けないわ。

「……ごめんね」

色んな意味を込めて謝罪すれば少しだけ微笑みを見せた彼。
真っ黒の前髪がふわりと自分の方へと進んで来るのが見えたからスッと目を閉じた。

「このキスで、貸し借りナシだ」





-スペシャリスト-
言葉足らずだけど優しいと思います(090115)


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