LA - テニス

07-08 携帯短編
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気合さえあれば何だって出来る…と思う。いや、思いたい。
モジモジと地味にマイペースに生きて来た私。変化を望まずにずっと今まで。
だけど…その所為で色々真っ暗になってしまった。何というか…ドン底?
自業自得だって分かってるし、今更どうしようもないことも分かってる。身に染みて。
それでも最後の最後まで…足掻こうと決めたんだ。前へ、前へ進むために…



最高の自分



前準備は…一応、OKということにしておこう。
ナチュラルに多少焦げたとこもあるけど、それは予熱温度設定が高かったということで。
言い訳は本人にはしないし、不味くても…きっと食べてくれる、はず、だし。
その辺のことは全く以って想像も付かないけど、それでも…頑張るって決めたんだから。
ウジウジもクヨクヨも要らない。どうせ真っ暗だから大丈夫。なんて慰めにもならない、か。

ボーッと過ごした2年半。そこそこ会話は出来る関係ではあった。
だけど、それが急に出来なくなったのは二学期くらいからかな?
空席だった彼の隣、可愛らしい子が並ぶようになってた。
顔しか知らないってことは後輩になると思うんけど、物凄く可愛らしい子。
たまたま見掛けた時に「あ…」って思わず言葉が出そうになったのを今でも覚えてる。
相変わらず無表情な彼の横、可愛らしい女の子。それが切なかった。

「うわ!か、髪跳ねてる!」

ずっと空席…ってわけでもないことくらい分かってたはずなのに。
それでも落ち込んだ。泣き掛けて…でも、それは寸前のところで留めておいた。
折角の青春なんだから…自分の想いを告げて、サクッと返されて、それからにしよう、て。
そう思ってずっと泣かないでいた。見掛けた時だって、少し彼が違う一面を見せてた時だって。
悔しいけど、切ないけど…そうしようって決めて時間だけが過ぎてた。

「よし!何とかなった!」

今回だけは笑いは一切取らずにいよう。真剣に、真剣に言おう。
そんな気合を入れるために見つめた鏡の中の自分。少しだけ悲しい顔してる。
全てが今日で終わるわけじゃないのに、そんな情けない顔してるから軽く頬を叩いてみる。
笑って、笑って…「あ、惜しいことした」くらいの印象を与えないと損だと思い込む。


今日でサヨナラするんです。
未練がましいにも程のある想いに。


「おはよう、志月」
「おわ!お、おはよう乾…」
「……気合を入れること30分、というとこか?」
「う!」
「図星、だな」

自分自身のテイションを上げるべく暗示を掛けながら歩いてた途中。
バッタリ遭遇した乾氏は結構、鋭い勘?を働かせていらっしゃいます…怖いです。

「その様子だと終止符を打つんだな?」
「……ごもっとも、です」
「イイ傾向だ。そろそろ変化がないと面白くない」

いやいや、面白さを提供するために気合入れてるわけじゃないですから。
思わず突っ込みとか入れたくなったけど、それが急に出来なくなった。
急に、息が詰まる。突拍子も無く、呼吸が出来なくなる。

「噂をすれば…」

影、と突っ込む気力すら今は無い。
こんな瞬間、こんな光景をあと何度見れば良いのだろうか。
こっちに気付くことなく前を進んでいく…それを見ることすら結構切なかったりする。

「いいのか?行ってしまうぞ?」
「……今はいい」

分かってて言ってるんだろうか乾は。
データは取れても乙女心というものには疎いってことだろうか。
普通に考えて…隣に女の子がいて、あ、大石くんも何か居たけど、そんなトコには行けない。
そんな悲しい光景の場所で伝えれる程、私の神経は図太くはない。

「……アンタ、もう少し勉強した方がいいよ」
「志月よりは成績は良いが?」

くそう。嫌味であっさり返されてしまいました…
でも、少しだけ呼吸が出来た気がした。嫌味を吐かれたお陰で。


教室は…少し異様な雰囲気と香りに包まれてた。
有りがちな光景だとは思うけど、本当にベタなまでの甘い香りがする。
男女問わずにソワソワ浮かれたカンジがしてて、それが何とも言えない。

そんな雰囲気に便乗するのは初めてだと思う。

「おっはよー!」
「あ、お菊さん。おはよう」
「ねえねえ、俺にチョコとかないのー?」
「……無いねえ」

別に私が渡さなくても帰る頃には大漁過ぎて大変なことになるじゃん。
「食べ過ぎて鼻血出た」って去年は言わなかったっけ?結構笑えたんだけど。

「志月のイケズー」
「はいはい。今年は鼻血出さないようにね」
「おはよう、二人とも」
「あ、フジコ。おはよう」
「志月は僕にチョコくれないの?」
「……お菊と同じこと言うなよ」

何だろう。こいつら分かっておきながら、わざわざ聞くのかい?
あるはずがない、ってことは一目瞭然だと思うんだけど…ねえ。
そして、ちゃんとこいつらもまた知ってる。悲しいまでの私の片想いを。

「手塚の分は用意した?」
「……ナチュラルに聞かないで」
「だって、顔に書いてあるよ」

……書いてはないはずですが。
どうもバレバレだったらしく、ここまで言われちゃうと頭が痛い。
分かりやすくはないとは思うけど…勘の良いヤツらで溜め息すら出る。

「たまには変化も必要だよ」
「そーそ」
「……他人事だと思って」

「勿論」なんて声を揃えて言われてしまいました…
そこまでモジモジ、ウジウジしてたつもりは無かったけど、な。
一種の励ましなんだろうか。乾といい、この二人といい、物凄く笑ってる。
笑顔で背中を押す…ってカンジはしないにしても、笑っていらっしゃいます。
何だろう。少し憂鬱も味わうけど、少しだけ勇気になるような、そんな気がする。

「……泣いて帰って来たら乾と三人で奢ってよ」
「その時はそうしてあげる」
「うんうん。ふわふわオムライスね」

うわ…品目決まっちゃってる。嫌いじゃないからいいけど…
やっぱりそういうことなんだと愕然としてしまう。いや、分かってはいたけど。

それでも告げるって決めたんだ。言わないといけない。
未練がましく見るくらいなら、その未練を涙で断ち切ろうって決めたんだ。

「首根っこ洗って待ってろ!オムライス!」

とりあえず、不必要なまでに気合を入れて、少しだけ注目を浴びて…
泣いて笑っての青春を全うしよう、なんて大袈裟に物事を考えてみたり。
何もしないよりはいい。出来ないよりはいい。
また少しずつ暗示を掛け始める。自分を持ち上げるための暗示。

「……志月は面白い子だね」

フジコが笑ってそう言ったけど、そこはスルーして暗示をひたすら掛ける。
休み時間?昼休み?放課後?
とにかく今日が終わるまでがタイムリミット。今日が過ぎればタイムアウト。
一度そう決めたから、そうしようと震える手を握りながら思った。




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