LA - テニス

07-08 携帯短編
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周囲が見えなくなる程、絵を描き続ける貴女を、
僕はいつも見ていました。息を呑んで、食い入るように…



真っ白なカンバス---Side Boy



「……それは本当ですか?赤澤くん」
「お、おう…」

先程、急にコートから消えた赤澤くんが思わぬ吉報を持ってきました。
居なくなった時には勝手な行動を慎めと罵ろうかと思いましたが撤回です。
たまには役に立つ、とでも褒めてあげるべきでしょうか?どうでしょう…
……いえ、そんなことは一切しませんけど。

「グラウンドよりは木陰があるってコートに誘っておいた」
「見直しましたよ、赤澤くん」
「お、おう。アイツ滅多に外いないしな」

そうなんですよ。普段は室内で絵を描いている人ですからね。
この炎天下は彼女に毒です。熱中症、日焼けなんてしてしまうと大変です。
絵を描く彼女の集中力が半端ではない分、余計に気掛かりになります。
ま、僕がそれを助言出来なかったことは悔しいですが…
それでもナイスです赤澤くん。お礼に練習量を二倍にして差し上げます。

「……何ですか?」
「いや…観月ってもしかして…」

おや、赤澤くんが聞きたいことは僕にとっては愚問ですよ。
気付いているようなら敢えて聞かないで頂きたいくらいのことです。

初めて見掛けた時からずっと、僕は彼女に捕らわれたまま…
彼女は無意識に理由も知らず、そう知らぬ間に僕を捕らえている。
周囲が見えなくなる程、絵を描き続ける貴女を、
僕はいつも見ていました。息を呑んで、食い入るように…
貴女はそんなこと知らない。知るはずもない。それでも僕を捕らえている。

「いや。何でもない」
「そうですか?」
「ああ…お、志月が来た」
「……そのようですね」

んふ。あまりコート外の木陰は気に入らなかったようですね。
正直に言うと、僕もあまりそこは好きではありません。
無駄に散布する女子生徒諸君、彼女らが上げる黄色い悲鳴。
かなり気が散るんですよね。出来れば控えるか撤退して頂きたいです。

僕は彼女以外に興味はないです。
コートを一歩出れば何故か僕の名前を連呼している集団。
敢えてそんなことは口にはしませんが、かといって愛想も振り撒かない。
冷たいと言われようとも興味はないですからね。
とりあえず、全てを無視して彼女の居るコート隅の木陰へ移動。
見たいんです。貴女の見る風景が――…



「僕はいないようですが?」

下書きされた絵の中、ぼんやりとしたモノの中に見えた風景。
多分見られるのは好きではないでしょうけど見させて頂きました。

「テーマが動きのあるものだから」
「それがどうしたんです?」
「観月くん、ずっと動かなかったでしょ?」

でもショックなことに、その中に僕に該当する人物は居ない。
確か、フェンスの傍に僕が立っていたのを貴女は見ているはず。
それでもそのフェンスの傍に僕の姿はない。ショックです。

「僕は僕なりに、誰よりも動いてましたよ?」
「……そうなの?」

例え、体は動かずとも目は常に誰よりも動かしています。
プラスして頭の中で色々なデータをまとめていて…って言わないと伝わりませんね。

「見ることでデータをまとめ、頭で整理し、後で書式化するんです」
「でもここからじゃ、ただ見てるだけみたい」

確かにそうですね。そう言われても僕も返答は出来ません。
ですが、そう言われて「ハイ、そうですか。ならいいです」とは言いません。
理解して頂くためにも移動して頂きますよ。これはもう決定事項、強制的に。
僕だけ描かれていないなんて…許せませんよ。

「いいでしょう。でしたら来なさい」
「え?なに…」
「ベンチから僕を見ていればわかります。来なさい」
「あ、あの…」

外野がうるさくて申し訳ないです。少し怯えているみたいですね。
貴女に危害を加えることのないよう、後程制圧しておきますから安心して下さい。
僕は貴女を傷つけるような真似はしませんし、第三者にもさせませんよ。
ただ、付いて来るだけの彼女にそう告げることなく思う、だけ。
ま、それが当然の処置ですので言うつもりはありません。

「貴女は僕だけを描いてればいいんです」

戸惑う彼女をベンチに座らせて、持っていたスケッチブックを返す。
もっと、もっと近くで見ていてくれるなら…きっと分かって下さいますよね?
テーマに沿わないなんて言わせません。
だから、ちゃんと見ていて欲しいんです。他でもない貴女に…

「いいですか?貴女は僕だけを描きなさい」
「あの…それは…ワガママ?」

多少、私情は含まっていますがワガママとは違いますよ。
どうにも彼女は鈍いようです。これは少しばかり厄介な性格のようです。
僕は僕で…まあ、厄介な性格はしていると自覚していますがね。

「……わかりました」
「はい?」
「僕がラケットを持てば描いてもらえますよね?」

すみません、赤澤くん。部室にラケットを置いてきたのでお借りしますよ。
本来なら自分のラケットを使用するべきですが…戻る時間も惜しい。
放課後の時間も限られていますから、無駄な時間はありません。

「裕太くん、コートに入って下さい」
「あ、ハイ!」
「いいですか?志月さん。ちゃんと描いて下さいよ」

有無を言わせるつもりもありません。
貴女は僕だけを描いていればそれでいいんです。

「あの、観月く…」
「……貴女に」

「僕以外の人物を描かせたくないから」

ようやく意図が伝わったのか、彼女は何も言わずに頷いてペンを持った。
さっきまで描いていたモノを取り下げて、また真っ白なキャンバスに戻して…
少し僕らしくもないことをしましたが…いや、今からも僕らしくないことをします。

「……すみませんね、裕太くん」

彼女が本気で僕だけを描いてくれるように、僕も本気でやります。
裕太くんには悪いですが…延々と弱点を突かせて頂きますから覚悟して下さい。



フリーリクエスト、なつみさんへ捧げます。
観月サイドで少しだけプラス続編ちっくにしてみました。
少し回想めいた観月目線になってしまっていますね。
彼女を想う気持ちが大きいことを汲み取って頂きましたら幸いです。
お約束、確かに果たさせて頂きました!有難う御座います。

御題配布元 taskmaster

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