LA - テニス

07-08 携帯短編
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――ずっと、気になっていたんだ。

などと軽々しく言っていいものなのか、だがそれは事実に変わりないことだったから告げた。
泣いて、ただ泣いて自分の言葉を取り消して…「ごめんなさい」と「好きです」を繰り返す君に。
そうしたら君は泣きながら俺の方を向いて――…手が動かないわけがなかった。

此処に来た時から期待はしていたんだと思う。自分らしくもなく少しだけ浮き足立って。
だってそうだろう?今日は異様なまでに甘い香りが立ち込めた「そういう日」。
知らないわけがない。気付かないわけがない。だから俺もまた期待して…まさか泣かれるとは思わなかったんだ。



特別な君へ



最初に君を知ったのは…多分、菊丸からの話題だったと思う。
面白い子が居る。天然だけど根はしっかりしていて…だけど何処かがズレていて傍に居ると飽きない。
そんな風に言われていた君に特に俺は興味を持つこともなく、ただ名前だけ何処かに記憶されていた程度。
話したことも無ければ、姿さえも知らない。そんな話題上の人物としてしか存在しなかった。

「ほら!彼女が噂のゆいちゃんだよん」
「はっ?お菊アンタ…余計なこと手塚くんに――…!」

初めて会った時は何故だろうか、妙にホッとしたのを覚えている。「何だ意外と普通の子だ」と。
こんな風に思うこと自体がおかしなことなのかもしれないが、どうも彼らの話が大袈裟に飛躍しすぎていて…
かなりズレた人だと思わせていたらしかった……そのことに関しては謝罪せねばならんのかもしれないな。
とにかくホッとした俺と、少しだけ動揺していた彼女との出会い。その時もまだ特に意識は無かった。


それから1年経過。今度は話題の発信源が乾へと変わる。どうやらクラスが同じになったらしい。
そんななか俺との関わりは…まあ挨拶程度だろうか。一応、お互いが認識したことで挨拶くらいはしてたな。

「おはよう、志月」
「おっ、おはよう、ございますっ」

今になって考えれば随分と挙動不審な挨拶で、もしかしたら彼女は意識していたのかもしれない。
俺はと言えば…相変わらずのもので、そんな彼女の動向見て首を傾げつつもまた何処かで会えば挨拶をする。
プラスされた話題などはなく、ただ挨拶のみを繰り返す。彼女はそれに答えて…それだけを繰り返す。
よくよく考えたならば、俺が自分からそんな風に声を掛ける女子がそう多く存在したわけではない。
この時には何かが芽生えていたのか、何か気掛けるものがあったのか、よく分からないのだが…そんなことを思う。
少なくとも俺の中で彼女という存在は「よく知る人」の部類に入ってしまっていたのかもしれないな。
菊丸、乾…と部内で話題となる人物には間違いなかったのだから。勝手に、知った気になっていたのかもしれん。


「ねえ、見てみてー」
「あ…それ僕も持ってる」
「俺も」
「……志月ゆいからの確率100%」

去年の今日の話だ。彼女はせがまれてなのか、自主的になのか、同じチョコレートを彼らに配っていた。
菊丸、乾だけでない。いつの間にか仲良くなった不二に、同じ委員会の大石、何かのイベントで世話になった河村まで。
まあ…元より話題として挙げられていた人だ。仲良くなる手段は色々とあって、すぐに仲良くなれる要素は豊富だ。
こんな俺であっても挨拶出来るんだから。だが…俺の手元にはソレはなく、そのことに誰も気付かないわけがない。

「手塚は?」

その時に得た疎外感のような感情は忘れられない。
仲が良いのか?と聞かれたならば首は傾げていたと思う。それは彼女としてもそんなとこだろうとも思う。
だが、何故俺だけが違う扱いとして接されていたのかが分からなかった。認識し、挨拶をし、少しの会話も交え始めていたのに。



初めて知る感情、だった。
このモヤモヤを、この何ともやるせない感情を嫉妬と呼ばずして何と呼ぼうか。
「彼女が好きだ」ということじゃなかったのかもしれない。「どうして仲間外れなのか」に近かったのかもしれない。
それでも…初めて彼女を特別なものとして認識した。他とは違う人だと認識した瞬間だった。



「国ちゃーん!」
「……大声で呼ばなくても聞こえている」
「ねえ、どう?似合う?」

3年になった時、突如舞い込んで来たのが後輩にもなった俺の従姉妹、祐希。
まさか祐希の存在で――…いや、そう捉えられても別に気にも留めていなかったわけだが、彼女にまで誤解されていたらしい。

「似合うも何も制服だ」
「うわ、そんな風な考えじゃ彼女出来ないよー?」

単なる従姉妹、単なる親戚。そう説明することもなければ必要性もないと思っていたのが間違いだったのか。
彼女もまた噂を気にするタイプでも無いがために気兼ねもなく話し掛けて来る。それがまた痛手となるとは思いもしなかった。


3年になって数ヶ月が過ぎる頃、相も変わらず従姉妹である祐希は俺の傍に居た。
噂が噂を呼び、それが当の本人たちの耳へと入っていても気にもしていなかった。なぜならば笑えたからだ、お互いに。

「国ちゃんと私って付き合ってるらしいねー」
「……妙なデマだ」
「だよねー」

彼女が俺の傍に居たのは…多分、俺の傍に居る俺でない人物と接するためだろうと妙な確信を持っていた。
年齢に対する隔たりは大きく、彼女としては利用出来るものは利用しよう。そんな風に考えていたのだろう。
誰に似たのか…酷く打算的な従姉妹だということは長い付き合い、自覚していた。勿論、分かっていて何も言わない。
祐希もまた何も言わない。俺が分かっていてそうさせていると知っていたから…

「あ…」
「ん?」
「……志月?」

そんな時だった。初めて居合わせたんだ。俺たちと彼女。
いや…正確には何度かこんな場面を彼女は見ていたのかもしれないが、初めて、面と向かって接した瞬間。
……彼女は何も言わずに背を向けた。俺は何か言葉を探して一歩、一歩だけ彼女の方へと無意識に進んだ。

「国ちゃん…?」



会話が成立するようになったはずなのに、何かを認識して共有する時間が得られたはずなのに…
逆戻りした瞬間。距離が出来た瞬間。
言葉足らずな自分。人より少し無自覚で無頓着で――…それを初めて悔やんだんだ。



彼女は俺を避けるようになった。乾曰く「偽物の彼女に気を遣ってるんじゃないのか?」という。
俺が一歩前に出れば、彼女は二歩引いて背を向ける。その代わりに違う場所では前に出て会話を繰り広げている。
相変わらず菊丸とは仲が良く、不二とも仲がいい。そう思えば乾ともよく話している現場を目撃しては…前に出れない自分。
「別に彼女のことなどいいじゃないか」と告げる自分の中で、一つだけ湧いた…いや、表に出た感情があった。

――俺は、特別になりたいんじゃないのか。

一定の条件を満たした仲間に入りたかったわけではない気がした。仲間から外れたくないというものなんかじゃない。
最初に抱いた感情から少し外れたところにモヤは掛かっていて、それがどうも彼女にだけ持つもののようで…
それが「好き」ではなく「特別」と認識したのは今となっては俺らしいものだと関心するのだが、間違いではなかったと言える。



それを認識した後も俺は変わらなかった。変わろうとする意思よりも、変える術を知らなかった。
噂は広がってソレで定着してしまって、祐希が全てを悟って極力傍に寄らなくなってしまってさえも剥がれることは無かった。
自らが外してしまおうと思いはしたものの…自分の口がこんなにも重いものだとは知らず、何も出来なかった。
彼女に誤解されたまま、彼女に気を遣われたまま、時間は酷にも過ぎて…この日を迎えたんだ。

「てーづか」
「……機嫌は良いようだな、不二」
「そういう君は不機嫌そうだね」

異様に甘い香りの漂う教室にやって来た不二はいつも以上に上機嫌で俺の目の前に立っていた。
俺と話す片手間にクラスの女子にチョコレートだと思われる物を受け取りながら…それがまた何とも言えない感情を呼ぶ。

「まあ機嫌うんぬんはいいとして、昼休みは用事とかあるかい?」
「用と言う用はないが…」
「だったらさ、部室に居てくれないかな?」
「部室?」

今更特に用も無い部室に何があると言うのだろうか…そう考えていれば目の前に鍵をチラつかせている。
部室の鍵、海堂からわざわざ借りて来たのだろうか。いや、それ以外に鍵を持つなど俺たちはもう出来ないのだが…

「何故、部室なんだ?」
「邪魔が入らないかと思って」
「……邪魔?」
「そう。そろそろ僕らもじれったくて、ね」
「何のことだ?」

話の合間合間にチョコを受け取る不二。話は少しずつしか展開していかないのがこっちとしてはじれったかった。
不二の話はいつもこうだ。なかなか的を付かずにジワジワと嫌がらせかのように話を進めて…突然、起爆装置のスイッチを押す。
慣れてはいることなのだが今日は少しイライラもしていた。それに気付いたのか、不二は笑って…やはり起爆スイッチを押した。

――話があるんだって、志月が。




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