LA - テニス

07-08 携帯短編
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絵画展へ出展するための作品のテーマが決まった。
これは募集側が提示したものではなく、あくまで顧問が決めたもの。
従う従わないの問題ではなく強制であって、私たちも文句は言わない。
その掲示してきたテーマは「動きあるもの」。
つまり、置いてあるモノなんかではなく、外回りをして写生して来いってこと。
外で写生なんて、動くものを描くなんて、苦手なのにな…



真っ白なカンバス



部員の皆さんは嬉々として外目掛けて走って行きました。
男子生徒も女子生徒も、目当ては各々で違うかもしれないけど…
大体の予測は付くんだけど…とりあえず、私も便乗してみようと思う。
グラウンド、テニスコート、体育館…優秀な選手ばかりを揃えた我が学院。
つまり一番動きのあるものっていうのは、こういった運動部のこと。
私たちみたいな文化部はとてもじゃないけど、動きがあるとは言えないし。
あ、でも今はみんな動きのあるものにはなってるか。

とりあえずはグラウンドへ。
意欲的に動いている人を交えた風景画って難しい…
止まってるわけにもいかないんだろうけど、こっちとしては目が痛いくらい動いてる。
下書きだけでもしてみるべきだろうか。何人か座ってる子もいるし…

「あれ?志月」
「あ、赤澤くん」

日焼けが見事でむしろ白い部分なんてなさそうな人が目の前にいた。
彼はクラスメイトの赤澤くん、下の名前は知らない。確かテニス部。

「珍しいな。外にいるなんて」
「うん。色々とあってね…」

いかにも動きのある人ってカンジ。じゃないとこんな日焼けはないわね。
今回のテーマに相応しいくらいの人材を発見したけど…イメージとは違う。
動きのある、もの…随分抽象的なテーマ。動き、動き、動き――…

「おい。聞いてるのか?」
「あ!ごめん。聞いてなかったや」
「やっぱな。ここよりコートの方が木陰が多いぞ」
「あ、そうなんだ」
「写生するならテニスコートにするんだな」

それじゃ、と言い残して去る赤澤くん。何だろう…アドバイスなのかな?
でも、確かにここは直射日光を受けてて日陰ないし、熱気のせいかムシムシもする。
彼みたいに日焼けしても困るし、アドバイスを素直に受けるべきなのかもしれない。
よし!グラウンドは他の子に任せてテニスコートへ行ってみよう。


まだ真っ白いままのキャンバス。
結構、持ち歩くのは大変だけど文句も言えない。
私にとって最後の絵画展になる。だから、出来るだけ良いものを残したい。
ただ、ちょっとアバウトなテーマすぎて困ってはいるけど。


場所移動してテニスコートへ。
ここはここで…物凄い熱気と黄色い声。何事?アイドルでもプレイしてるわけ?
コートの中には真っ黒な赤澤くんと対照的な観月くんがいる。
あ、アヒルくんもテニス部だったんだ。木更津くんと一緒にいて…足引っ張ってる。
初めてテニスコートなんて来たけど…意外と知ってる人いる。

「……ここにしよ」

コートが見渡せる場所にある木陰、少し芝が痛い気もするけど涼しい。
丁度、風の通り道になっているのかな。凄く心地良い温度の風が吹いてる。
申し分ないくらいのスペースを確保したから、後は適当に下書きを。
何を中心に置くでもなく、まずはコートを写生して、それから…動きのあるもの。

……動きのあるものってどんなだろう。

コート内にいる人たちはみんな動いている。走ったり、打ったりして。
私には考えられないくらいに動いてて、でもそれでも楽しそうにしている。
あれ?でも…一人だけ眉間にシワを寄せて動かない人がいる。
動かない人、これはテーマにそぐわないからキャンバス内から外していこう。


真っ白だったキャンバスに少しずつカタチ。
あくまで下書き程度だけど、少しずつカタチになっていく。
ちょっと色を塗るのが面倒なくらい人物は小さくなっちゃってるけど…


「おや?志月さん」
「あ、今度は観月くん」
「今度は…って僕の他に誰かと遭遇でも?」
「うん。ちょっと前に赤澤くんと」

赤澤くんとは対照的に色白でここの雰囲気とは合わないな観月くんが来た。
美術室にばかりいる私にとって、この二人との遭遇はなかなか貴重。
あ、でも彼の名前は一応、響き的に知ってる。間違ってなければ…はじめくん。

「珍しいですね。貴女が外にいるなんて」
「うん。絵画展に出すための絵を描いてるの」
「へえ…」

描いてる途中の絵を覗き込まれるのはあまり好きじゃないんだけど。
「見るなー」とは言えないよね。私は私で許可なく彼らを描いているわけだし。
キャンバスに鉛筆で描いた、まだカタチもままならない絵。
観月くんはただ黙って眺めていたけど、ふと顔を上げて薄い表情で一言。

「僕はいないようですが?」

さっき除外した唯一の人物。眉間にシワを寄せて動かない人。
あ…やっぱりアレは観月くんだったか。特に気にすることなく除外したんだけど。
少し気に食わなかったのか、読み取れないくらい複雑な表情でこっち見てる。

「テーマが動きのあるものだから」
「それがどうしたんです?」
「観月くん、ずっと動かなかったでしょ?」

テーマにそぐわなかったんだよ、と素直に言えば観月くんは溜め息を一つ。
まるで、私がテーマ自体をはき違えていると言いたいようなカンジ。
でも私の中でのイメージする「動きのあるもの」に対して、あの観月くんはちょっと合わない。
それは変えることの出来ないもので、そこだけは譲れないとこで…

「僕は僕なりに、誰よりも動いてましたよ?」
「……そうなの?」
「見ることでデータをまとめ、頭で整理し、後で書式化するんです」
「でもここからじゃ、ただ見てるだけみたい」

率直な意見を告げたなら、彼は不思議と納得した様子で私を見る。
炎天下のコートの中にはそぐわない観月くん。
本当に真っ白で、ちょっと前までの私のキャンバスみたいな…
そう思えるくらいマジマジと彼の顔を見たのは初めてだったかもしれない。

「いいでしょう。でしたら来なさい」
「え?なに…」
「ベンチから僕を見ていればわかります。来なさい」

これって命令?「来なさい」って…私を強制的に中に入れるつもり?
手の中のキャンバスを観月くんは急に奪って、しかも私の手を取って歩き出す。
黄色い悲鳴がブーイングに変わりつつあるのにもお構いなしで。
戸惑ってどうすれば良いのかもわからない私を、何処かへ置いたままで…

「あ、あの…」
「貴女は僕だけを描いてればいいんです」

悲鳴とブーイングの中で聞いた声、決して図太い声でもないのに響いた。
その意味がハッキリとはわからないのに、返事をさせられた。
茶化す部員たちをよそに涼しい表情でもう一度、彼は静かに言った。

「いいですか?貴女は僕だけを描きなさい」



フリーリクエスト、なつみさんへ捧げます。
ちょっと強引な観月、ということでしたず…随分、控えめな観月になってしまいました。
リクにお応えすることが出来なくてすみません(例の番外編にも挑戦したのですが難しかったです)。
こんなモノになってしまいましたが、気持ちだけは精一杯込めました。貰って下さいませ。
これに懲りず、またリクエストして頂けますと嬉しいです。有難う御座いました。

御題配布元 taskmaster 真っ白なカンバス

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