LA - テニス

07-08 携帯短編
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それでは、開始しよう



その言葉を合図に誰もが一斉に動き出す。真田先輩の声だ。段取り良く、かつ、効率良く仕事を行うべく決められた役割を果たすべく私もまた動き出したんだけど… 何故かその方向とは別に、引かれる方向があって振り返ればそこには今、合図を掛けたばかりの真田先輩が居た。

「真田先輩?」
「昨日はすまなかった」
「は、はい?」

な、何だろう…急に謝られる理由とかがないんですが。
目の前で深々と頭を下げている先輩に何のことだか分からない私は、というとキョロキョロと周りを見渡す。もしかしたら私じゃなくて他の誰かに…と思ったけど、私以外に誰も居ないということは、私に謝罪してるん、だよね?え?何かあっただろうか。謝ることは数え切れないほどにあって、そりゃもう謝り倒した一週間を過ごしてはいたけども、逆に謝られる理由とかはなくて…

「ど、どうしたんですか?あの、別に、私…」
「不謹慎にも昨日無断で髪を触った」
「は、はい?」
「すまない。謹んで罰を受けよう」

ば、罰って…男テニ恒例の平手打ちじゃあるまいし。
まだ何のことを言われてるのか分からないけど……アレかな?昨日、先輩に目を通しておいてもらいたくて持って行った書類。甘味処のメニューと商品リストだったんだけど、それを手渡しした時に「頑張りすぎることはない」って、先輩にしては珍しく優しい声を掛けてもらって…その時のことかな?不意打ちで物凄く驚いたんだけど頭を撫でてもらった。優しい手つきで子供に接するかのように…

「ば、罰も何も…褒めて頂いて。それで…」

頭を撫でて下さったんですよね?とは聞けずに口を濁す。てっきり褒めてもらえたんだとばかり思っていたけど、実際何か違ってたんだろうか。でも、頭撫でてもらった、よね?ハッキリと聞くべきことなのかもしれないけど相手は真田先輩で…迫力も威圧感もバリバリで言えない。最初の頃は怒鳴られっぱなしだったし、余計なこと聞いて怒られた経験しかないし。だけど、今の真田先輩は何か変な誤解…みたいなのをしてるみたいで、よく分からないけど何か謝ってて…

「ご、ごめんなさい!」

何かよく分からないけど謝っておかなきゃいけないのは私の方みたいで、とりあえず頭を上げた先輩の目の前で私も深く頭を下げておこう。もしかしたら昨日のアレは褒めてもらったんじゃなくて、もしかしたら怒りたいのを抑えて何か言いたかったのかもしれないし… 私の勘違いで変なこと言っちゃったかもしれないし…

「何を謝っている。悪いのは俺の方だ」
「ですけど…」
「殴って構わないぞ。無意識に女性の髪に触れるようなことは――…」
「え?む、いしき?」

すっきょんとんな私の一言に頷いて再度頭を下げる真田先輩にまた動揺する。無意識…無意識に頭を撫でるような趣味でもあるのかな?もしかして犬か猫かを飼っていて、そんな感覚で撫でたってことなのかな?

「普段はしないことなのだが、あの時は魔が指したらしい」
「魔、ですか?」
「お前があまりにも下を向いていて――…」

――下に零れていく髪があまりにも綺麗だったから触りたくなったのかもしれん。

真田先輩は、よく分からない人だ。
私の所為ではあるけど怒鳴ってばかりで怒ってばかりで、とにかく迫力も威圧感も強い男の人で。だけど時々真面目でよく分からないことで謝ったり驚かしたり。人をまとめることに全力を尽くしていて、部員じゃなく実行委員の私もよく見ていてくれて…

「……真田先輩」
「な、何だ?」
「これからは出来るだけ上を向くようにしますね」

本当は優しい人なのかもしれない。
そう考えたら怒られる時でも上を見て、私より30センチくらい上にある先輩の顔を見れる気がする。正直、怒らせてばっかで怒鳴らせてばっかで、いつの間にか恐くて顔が見れなくなっていたんだ。本当は誰よりも優しく、だけど厳しい人なんだって、初めてそのことに気付いた気がした。

「首がキツくなるかもしれないですけど…下ばかり向かないで顔を見ますね」
「あ、ああ…」
「また下ばかり向いてたら…また頭に触れて下さい」

真田先輩がどんな気持ちで魔が指して頭に触れたのか、それはあまり理解出来なかったけど。何となく、恐いだけの人じゃないって分かったから今度からはしっかり顔が見れる気がするんだ。
そんなことを考えながら先輩に笑ったら…今度は先輩の方が斜め下の方に俯いていた。



御題配布元 CouleuR この言葉から始める5のお題「それでは、開始しよう」

あ、あの…!の続編。
続編は書かないつもりで居たのですが…
こちらも行き詰まりでの話です(080816)


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