LA - テニス

07-08 携帯短編
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あ、あの…!



おずおずという表現が良く似合う小さな声が俺を引き止めたから立ち止まった。そして当然ながら声がする方向、そちらに目を向ければ彼女は居た。俺より30センチほど下、俯いた状態でいる所為だろうか旋毛しか見えないわけだが… どうしてだろうか、その頭のカタチだけでそれが誰だか分かる自分は識別能力が上がっただろうか。

「真田先輩、あの、コレ…」
「ああ。甘味処でのメニューと商品リストだな」
「あ、はい」
「うむ、目を通しておこう」

他校合同で行われることとなった学園祭。どういう理由かウチのような部の実行委員に抜擢された彼女は、初段階で俺が怒鳴りすぎた所為なのか… 準備期間となる半分の時間を過ぎた今となっても他人行儀な態度でいた。まあ、蓮二から言わせてもらえば俺が威圧感を与えすぎている傾向があるらしいのだが… 当の本人である俺から言わせてもらえばそんなものを与えたわけではなくて。ああ、そうだな。地味に悩む。どうすればいいのか、など。

「それでは…よろしくお願いします」
「……あ、ちょっと待て」
「は…はい」

元々、俺はこういうヤツなんだ。女性と接するのは基本的に得意でなくて、堅苦しいのも自覚している。自分に厳しくしているつもりだが、同じくらい他人に対しても厳しいらしく、精市に「押し付けるな」と言われたものだ。今回、彼女が此処へ入って来て…改めて知るのはそういうこと。俺がいかに威圧的に抑え付けていたかを実感させられる。実感…いや、自覚はしていたのだが。それが部員だけに留まらず、それ以外の者に対してもそうだということを知る。

「お前は…その…何だ…」
「は、はい」
「その…」

良く頑張っていると思う。気も利くし、逆に利きすぎていて俺たちを驚かすほどのものがある。少しずつ部員たちとも打ち解けていて、まだ一週間程度しか経っていないのに誰もが仲間だと認め始めている。それはある意味、凄いことだと俺は考える。なぜならば、マネージャーとして入部した女子は短期間で3日、長期間でも1週間と保つことがない。原因は…どうも俺の存在らしいのだが、彼女は多少怯えながらもまだ頑張ろうとしている。それは俺にとって――…

「無理は、するな」

特別な存在と、言えるだろう。
何度となく怒鳴った女子の中で、それでも俺に嫌気を指すことなく与えられた職務をこなしていく。放棄することも…出来なくも無い、だろうに。とはいえ、実行委員長はあの跡部だから認めるか否かは不明だが。

「お前に無理をされては、困る」
「……はい」
「人手が足りなければ…そうだな、赤也やジャッカルを使え」
「はい」
「考えがまとまらなければ俺や蓮二、柳生に相談すればいい」
「はい。分かりました」

一つ一つの言葉に返事をする彼女は第三者目当てで入って来て彼女たちとは違う。話を聞く態度、言葉を解する様子、そしてそれを実行しようとする姿勢、それが見受けられる。そんな存在を、尊いものだと思わずにいられるだろうか。
手を伸ばして俺より30センチほど下、整えられた髪の上に手をやれば心地良い手触りに驚かされる。

「頑張りすぎることはない」

そう言葉にした時、驚いた表情をした彼女がいたが…それは次第に柔らかな表情へと変わっていった。「はい。分かりました」という返事を聞いたのだが、多分彼女は今まで通りの動きをして俺たちを驚かしていくのだろう。彼女のそんな働きが俺たちを変え、力となっていくような気さえする程に――…

「……弦一郎」
「おわ!」
「話の邪魔をするようで悪いが――…」

蓮二が来たことで彼女は次の仕事をするために俺たちの横をすり抜けて、甘い香りをほのかに残して去った。勿論、黙って去って行ったわけではなく「有難う御座います」の一言を小さく呟いて。

「弦一郎が女性の髪に触れるなど珍しいことだな」
「……」
「彼女のような真っ直ぐな女性も悪くはなかろう」

ああ、悪くない。むしろ、悪いところを指摘せよと言われたならば答えに詰まるところだ。
学園祭まであと1週間と少し。この行事が終わればまた今までと同じ生活へと戻り、俺たちはまたテニスに明け暮れる日々となる。彼女との接点は断たれることとなり…それを考えた時、どうしてだろうか。いっそこの準備期間が延びてしまえばいい、などと不貞なことを考えてしまう。その考えを振り払うべく首を横に振れば、蓮二が冷静な表情でこう呟いたのが聞こえた。


「間もなく咲く花もあるものだな、弦一郎」



御題配布元 CouleuR この言葉から始める5のお題「あ、あの…!」

行き詰っての学プリネタ(爆)
最初はひたすらに「たるんどる!」と言われまくり。
ある意味、こやつは強敵じゃった…(080620)


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