LA - テニス

07-08 携帯短編
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こういうの、いかがですか?



そう言われて何気なく差し出されたカップ。でもコレは少なくとも観月くんが口を付けた後のカップで…動揺した。
今丁度、学園祭で出すための紅茶をどうアレンジしていくかを考案している真っ最中。紅茶に疎いらしい他の皆はケーキの買い出しに行ってて、残っているのは私と観月くんだけ。結構和やかに紅茶を飲んでいたはずなのに全てが一変したのはたった今。とりあえず…この場合の対処というか、兎に角もう今どうしていいか分からなくなってた。

「どうかされました?」
「あ…いや…」
「蜂蜜を入れたら風味が変わっていいですよ」

穏やかな表情を浮かべたまま「どうぞ」と差し出されて余計に戸惑う私は変に見えると思う。間違いなく。だけど普通は気付くよね。女の子同士ででも気付くことだから気付くよね。それとも観月くんは気にしない人なのかな?もし、このまま私が平気な顔してで飲んだりしたら…間接キス、とかの部類にまとめられるんだよ。気にしないのかな…あ、それとも逆側に口を付けると思ってるのかな?いや、むしろ逆側で飲めば問題…無くもないけど間接キスにはならないか。そうだ。そうすれば気兼ねは要らない、かな。ま、少し勇気はいるんだけど。

「じゃ…頂きますね」

とりあえず、ずっと先延ばしにしてても変だし不審だし、さっきまで観月くんが手にしていたカップを自分の近くまで持ってくる。あ…確かに蜂蜜のお陰なのか少し香りに変化があっていいかもしれない。そう思いながら右からではなく左からカップの取っ手を持って飲もうと試みた。ちょっと不自然で慣れないけど出来なくもないな――…

「……おや?」
「は、はい?」
「貴女、左利きでしたか?」

口を付ける手前、紅茶の香りが一段と近くなったっていうのに不意打ちを喰らった。

「先程まで右手を使ってませんでしたか?」
「えっと…使って、ましたね」
「急に持ち方なんて変えて…どうしたんですか?」

間接キスになるからです、なんて言えない。本人目の前にして。
不思議そうに私を見てる観月くんの視線が結構痛く突き刺さる。何事にもハッキリしていないと…観月くんは嫌なんだったっけ。何か赤澤くんが言ってた気がするけど、だけどこの場合ハッキリとは言い辛いです。というか…いやいや素晴らしいね、さすがテニス部を左右するほどのデータ収集家だと感心する。確かに不審度は高めではあったけど、すぐに気付かれるとか思ってもみなかったです。と、かなり動揺しながら返す言葉を模索するけど、適当な言葉は見当たらない。
間接キスになるからです、て、やっぱり言えないよね。

「……なんて、」
「え?」
「本当は気付いてるんですけどね、理由」
「は、はいい?」

口元に手を置いてくすっと笑った観月くんは、何処か意地悪そうに見える。さっきまで穏やかなカンジで、質問して来た時には不思議そうにしていて…今は意地悪そうとか凄い表情の変化。えっと…観月くんってこんな風に笑う人だったっけ?

「僕は構いませんよ。むしろ喜んでお受けしますが?」
「な、にが、でしょう…」

余裕があるのは観月くん。色々と混乱してるのは私。

「間接キス、ですよ」
「な…っ」
「もっとも、僕は直接でも触れたいですがね」

静かに手が伸びて、綺麗で白い指が私の唇に一瞬触れてすぐに離れた。何をしようとしたのか、何がしたかったのか…聞くまでも無くそのまま白い指は観月くんの唇に触れてた。洗礼された動きに見えた。まるで映画のワンシーンを観ているかのように思えた。彼が浮かべた微笑みは何よりも綺麗で…今になって心臓が無駄にドキドキと動き出す。

「……物凄く驚いてますね」

あ、当たり前だと思います。

「もし…僕が怖くなったら二人きりにならないことです」

彼がそう告げた時、良いタイミングなのか悪いタイミングなのか皆が買い出しから戻って来て、急に家庭科室が騒がしくなった。沢山の材料を抱えて来て、参考になるようにと沢山のケーキを買い込んで来て、少しげんなりした観月くんをただ見つめた。ああ、いつもの彼に戻ったんだ…そう思ったら、少しだけ胸が痛くなった自分が居た。



御題配布元 CouleuR この言葉から始める5のお題「こういうの、いかがですか?」

テニゲー学園祭っぽく。
自然にこんなことしそうな観月にて(080510)


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