LA - テニス

07-08 携帯短編
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皆に祝って貰っている。皆にプレゼントを貰っている。
それなのにどうしてだろうか、その表情は何処か哀しいものがあるように見える。
もう少し喜んでも良さそうなものなのに…何処か物悲しさを帯びていて…
不意に、そんな彼と目が合ったから単純に驚いて目を…逸らした。



あのの笑顔



特に知り合いってわけじゃなくて、ただ単に私が知ってるだけの人。
今日はそんな彼の誕生日だってことで学園中が大騒ぎ。まるでお祭り騒ぎ。
前回の跡部くんほどではないにしても、彼も人気が高いようで凄いことになってる。
私はただ傍観しているに過ぎないけど…圧倒させられるものはある。
彼のファンの子って凄いなーとか、そのプレゼントは高そうだなーとか思ってみたり。
あくまで第三者、今件には関わりは一切ありません…みたいな。
そんな風に思いながら過ごす他愛も無い一日になる、予定でした。



「……すまん、匿ってもろて」
「いえ…」

それなのに放課後、誰も居ない家庭科室に彼がやって来たのには驚いた。
しかも、少しだけ開けておいた窓から突然、息を切らして入って来たかと思えば…
「志月さん。後生や、ちょい匿ってんか」
そう言って、ドアの死角で窓からも死角の場所へと滑り込んでいた。

「結構、しつこうてな困っとってんや」
「はあ…」
「他の部員さんとかけーへん?」
「今日は集合日ではないので…」

「助かった」と呟いて安堵していらっしゃるのは良いのですが…驚きました。
むしろ、出来たら靴は脱いで頂きたいです。衛生面でよろしくはないので。
ジッと足元ばかりを見てしまっていることに気付いたのか、彼は靴を脱いでくれましたが、
特に去る様子も無く、まだここに居座られるようで…

「で、志月さんは休みに何しとんの?」
「あ…友達に差し入れを作ってまして」
「友達…友達て女の子?」

分かってて聞かれると少し痛いです…はい残念ながら女の子です。ハイ。
運動部は異様にお腹が空くとかで差し入れ持っていくのです。時々。
とは言え、材料も限られているのでクッキーくらいしか作ってませんが。

「もう出来てるん?」
「は、はあ…あとちょいで」
「さよか」

そんな返事をしている場合ではないと思うのですが…
校内からも外からも呼ぶ声が聞こえていますよね?貴方を呼ぶ声。
匿うのは別に構わないにしても、ここで見つかったら私が恐ろしい目に遭いそう…
出来れば、様子を見て窓から出て行って下さると助かるのですが。

「ええ香りすんなー」
「……不味そうな香りがしたら差し入れにはなりませんけど」
「そらそうやな。でもオモロイな自分」

あ、今笑った。
笑った理由はともかくとして笑ってる。

「あ…良かったら味見しますか?」
「……え?」
「今日、誕生日でしょう?折角の縁ですし…」

ピタリと止まった笑い。物凄く驚いている彼を横目にオーブンへ。
沢山出来ているわけではないけど、一つ二つくらいだったら問題ないし。
そう思って取り出して適当なお皿に置いて差し出せば…反応ナシ。
……ああ、プレゼントを貰うのが嫌で逃げて来たんだった。迂闊。

「あ、やっぱりいいです。すみませ――…」
「貰ってええんか?」
「……はい?」
「一つ二つやのうて、全部…貰ってええ?」

意外な一言。なるほど、彼はこんな甘い香りのするクッキーが好きらしい。
これは友達とその他部員さんへの差し入れ用だったけど…ま、いいや。
それ用のラッピング箱に全部入れて、彼の方に差し出せば…また反応ナシ。
結構、ポーカフェイスな人だ。それがウリだって誰かが言ってたけど。

「こんなんで良ければどうぞ」
「あ…ああ。おおきに」
「味見、してませんけど不味かったら捨てて下さい」

多分大丈夫だろうけど…と言おうとした瞬間、お皿に置いてた分をパクリ。
彼はモグモグ音を立てて食べて、うんうんと頷いてる。

「大丈夫。美味いで」

……何とも言えず、不思議な人だと思った。
ほぼ初対面、会話をしたのも初めてで縁もゆかりもない人だったはず。
ここに乗り込んで来なければ、今後二度と話す機会はなかっただろうと思う。
それがどういうわけなのか、普通に話しているあたり不思議。

「なら良かったです」
「てか…俺の誕生日知って……」
「はい。朝からお祭り状態でしたから」
「せやな…こんななっとったら志月さんも気付くはな」

ん?どうも…問題はそこじゃない気がしたのですが。
私、一度たりとも名前を名乗った覚えもないのですが…クラスも違うし。

「むしろ、何で私の名前を?」
「今更かい」
「ふと今気付いたんです」

質素に学園生活を送る私と、悠々自適に学園生活を満喫する彼。
相手は有名な人であっても私は違う。私は普通であり、一般的な学生さん。
目立つ行動はしてないし、素行も悪くないから、本当に普通で…

「……堪忍、な」

急に謝られた理由が分からなかった。分からなかったけど…すぐ分かった。
ふわりとなびく髪が見えて、微妙に私の顔に眼鏡が当たって、近くで目が合って…
急に添えられた手がゆっくり離れていくのを、呆然として見ていた。
触れられたところに熱が残る。私の熱なのか、彼の熱なのか…分からない。

「……部活」
「は、はい」
「終わるまで待っといてくれへん?」

脱いだ靴と私の渡した箱を持って、彼は窓際に移動していた。
「ちゃんと説明したいんやけど、時間掛かったら跡部にキレられるさかい」
そう言って彼はふわりと窓の外へと降り立っていく。

「ここで、待っといて?」

ああ…今日見たこの表情。何処か哀しいものがあるように見える。
何処か物悲しさを帯びているような…そんな表情で、だから考えなしに頷いた。
するとどうしてだろう。彼は笑って、手を振りながらすうっと姿を消して行った。



「ホンマは、甘いもん苦手なん」



捨て台詞だったのだろうか?
彼が食べたクッキー、持ち去った箱の中身、甘いものだったと思う。
砂糖を多めに入れておいたから相当甘いものだったと思うけど…手元にない。

よく分からない数分間の出来事。
ただ私は硬直状態で、頭を働かすことも出来ずに座り込んだ。
他愛も無い、平凡な一日の予定だったのに…変革。
まだ、時刻は5時前を指していた。



御題配布元 taskmaster
Happy birthday to Y.Oshitari. vol.2

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