LA - テニス

07-08 携帯短編
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"下校の時刻になりました。校内に残っている――…"

放課後、しかも俺らが部活が終わる時間帯に流れる校内アナウンス。
ハッキリとした口調で真っ直ぐに響く声。
決して業務的な言い方でもなく、まるで会話のように流れる言葉。

"今日も一日、お疲れ様でした"

耳を傾けている連中がどれだけいるかはわからない。知る由もない。
もしかしたら誰も気に留めていないのかもしれない。毎日流れるものだから。
それでも俺だけには響く。この優しさに溢れた、彼女の声が…



君だけにぐ!



毎週、月水金の放課後のアナウンスを担当している彼女。
放送部の部長でクラスメイトで当然、面識もある女。
普段の様子も知っていれば、普通に会話もしたことのある女。
その時は特に深く興味を持つこともなければ、関わるようなこともなかった。
ある日の放課後、生徒会室へ彼女がそう直談判に来なければ…

「放送機材の予算を検討して下さい」
「アーン?」
「放送部内の機材は随分劣化しています」
「それで?」
「部費では負担出来ませんので、予算の検討をお願いします」

生徒会室に部費だとか諸経費の要請だとかを直談判して来る輩は少なくない。
全てを均一均等に割り振っていない分、不満などは当然出てくるものだから。
だが、我々は我々なりに検討して割り振った予算であり、贔屓などは決してない。
だから直談判して来ようが来るまいが、予算は降りることは有り得ない…
そう、この時までは確実にそれが言い切れたというのに。

「志月。具体的な劣化の詳細は?」
「音声調整部の微調整が不可能に近いです」
「ほう…他は?」
「設置されたスピーカーの一部が割れています」

予算が降りないと知りながら、それでも乗り込んで来た彼女の気迫と目。
否定され、拒絶されることを分かっていながら、それでも懸命に動く姿。
クラスメイトのはずなのに、見たこともない一面を持っていたことに気付かされた時。
どうしてだろうか、惹かれるものが瞬時に生まれていた。

「で?それによっての被害等は?」
「え…それはどういう意味ですか?」
「何か問題でもあるのか?」
「……放送には今のところ支障はありませんが」

意外性を買った、とでも言えばいいのだろうか。面白いものを見つけた、と言うのだろうか。
あまりにも突拍子もなく生まれた感情に、最初は自分自身も戸惑っていた。
今まで気にも留めていなかった女で、クラスメイトで、放送部の部長で。
知らないわけでもない女なのに…あっさりと俺様のゾーンへ食い込んで来るとは。
普通に考えてそれこそ有り得ないもので、これがそんな感情だなんて思えなかった。

「だったら予算は無理だ。諦めな」
「ですが…」
「支障のないものを交換するわけにはいかない」

きっぱりとした否定の言葉を吐いた俺に見せた、一瞬の諦め…
その次の瞬間に変わった、諦めることを止めた彼女の表情。これが極めつけ。
どうやら俺はこんな表情、こんな目、諦めない姿勢を見せる女が嫌いじゃないらしい。
初めて思った。俺は間違いなく、この女と関われば好きになるだろう、と。

「……諦められません。検討だけ再度お願いします」

最後に吐いた言葉だけを残して、彼女は生徒会室を去っていった。
その日は金曜日。放課後の放送は彼女が担当していた。

"今日も一日、お疲れ様でした"



「……おい忍足」
「おー生徒会お疲れさん」
「んなことはどうだっていい。お前放課後の放送聞いてるか?」
「ん?帰りの放送のことかいな」
「ああ」

毎日毎日流れる当たり前の放送。時間の確認程度にしか聞かないもの。
それに耳を傾け始めた頃に感じた彼女の優しい声。
それにどれだけの人が気づいただろうか。どれだけの人が知っているだろうか。

「今日もお疲れ様ーてな。ええよなアレ」
「……そうか」
「癒されるで?特に月水金担当の子」

月水金は部長である志月ゆいの担当。
声だけでの演出に過ぎないから、忍足も気付いていないんだろう。
普段とは少しだけ違って、声が半音程度高く、落ち着いた口調で話す。

「それ、志月だぜ?」
「はあ?それホンマかいな!」
「ああ。ついでにな――…」

言葉を続けた時の忍足の表情の変化には笑えるもんがあった。
眼鏡越しでもハッキリとわかるくらいに目を見開きやがってな。
コイツでも心底、驚くようなことがあるとは知らなかったな。別に惚れはしねえけど。

「跡部…それ本気で言うとんの?」
「当たり前だ」
「そないなことしたらお前のファンの子が…」
「何かしたら全力で潰すまでだ」

俺は突然、誰かに惚れちまうほど惚れっぽいわけじゃねえ。
今までそんなことがあるとも思わなかったし、今だって正直、自分自身に驚いてる。
どうして、アイツなのか。何故、アイツのことを考えてしまうのか。
だけど思った。そんなのはどうだっていい。
もうこれはすでに始まっていて、これから嫌でも大きくなっていくと確信した。

「俺様の誕生日が勝負だ」
「……何やらかすんや」
「サプライズ、だな」

――突拍子もなく、決意は固まる。



「お前自身がプレゼントになれ、志月ゆい」

全力疾走して来たのは一目瞭然で、彼女にその気がないのも一目瞭然で。
それでも自分の誕生日に欲しくなった唯一のモノ。
今まで生きてきて、こんなに欲しくなったものがあっただろうか。
それも…どう足掻いても誰かが持ってくることなど不可能なプレゼント。
思わず抱き締めていた。誰が見ていても構わない――…

「お前自身が俺に貰われろ」
「……ざ、雑用にする気?」
「ま、それも悪くはないな」

心が告げた日から耳を傾け始めたスピーカーからの志月の声。
俺だけじゃない。校内に残る全員へ贈る、誰よりも優しいメッセージ。
"今日も一日、お疲れ様でした"
忍足の言うとおりだった。その言葉だけで癒されると気付いたから。
他でもない俺様のためだけにもう一度、そう一言告げて欲しいと思った。

「それ、職権乱用、じゃない…」
「誰が学園予算で金を出すと言った?」
「だって、予算出すって…」

それが、そう思った心が、どうして恋じゃないと言えようか。
俺にも理解出来ない、予測出来なかったくらい急に生まれたもの。
それにフタをするほど俺様も馬鹿じゃねえし、腐ってもねえ。

「俺が全額負担する。だから…」
「だから?」

俺のために紡げ、俺のためだけに告げよ。
本当の笑顔で、今までのように優しい言葉で、俺の目の前で。

"今日も一日、お疲れ様でした"と。



Happy birthday to K.Atobe. vol.2

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