LA - テニス

07-08 携帯短編
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---通り過ぎた



変わった子がいるなあ、そんな風に最初は思っていた。
声を掛ければ少し体が震えていて、微笑めば拝みそうな素振りを見せて。
そう、いつだったかな。友達の笹川さんの会話を聞いたよ。「女神」なんだって?僕。
この表現には驚かされたけど笑った。通りで今にも拝みそうだったわけだね。

そこから3年間、同じクラスだったこともあって少なくとも見ることも多くて。
自分から声を掛けることも多かったと思う。何気ないことだったり、どうでもいいことだったり。
その話を部内ですれば乾からサディストの称号を貰ったよ。そんなことないと思うけど。
そう、その時に初めて気付いた。これが初めての恋なんじゃないかな、て。



「志月さん」

卒業式が終わって最後のHRが終わって。ざわついた教室で誰よりも先に彼女に声を掛けた。
来年もほぼ皆が高等部へと上がっていくっていうのに泣いたみたいで目が赤くて。
そんな彼女を見て可愛らしい、なんて。よく今まで見て来たなーて感心する。自分自身に。

「ちょっと…いいかな?」
「あ、はい、あの…」
「少しでいいんだけど…予定ある?」

そう聞いたならブンブン首を振ってたから少し笑った。首、痛めかねないね。
この行動が全て作りじゃなくて本心からの動きだから可愛いと思えるし、好きだなって思う。
今更思うとかいうのは変だけど…本当に昨日でハッキリしたんだ。ついでに決意したんだ。
今までどうして言わなかったのか、それが分からなくなるほどに「好き」になってたこと。
それに気付いてしまったから…誰よりも先にお返しすることでそのことを言おう、て。


誰にも邪魔されたくなくて、とりあえず部室の方に行ってみれば後輩たちが居て。
「此処を借りたい」それだけ告げれば波のように引いてってくれて助かった。
ま、すぐに聞き耳立てるんだろうけど。それはそれで僕としては構いはしないところで。

「あ、あの…」

黙って付いて来た彼女は目も顔も赤くして、わたわたした様子でまた笑ってしまった。
昨日の様子も少し違ってたね。あれはあれで初めて見る姿だったように思えた。
僕の4年に1度の誕生日、手渡されたものが何だったかはすぐに分かった。
誕生日プレゼントではない。だけど何よりも嬉しい誕生日プレゼントだった、て君は知らない。
チョコレートだった。賞味期限ギリギリではあったんだけど喜んで食べたよ。

「昨日は有難う。ちゃんと頂いたよ、チョコレート」
「はッ、く、腐っ…」
「大丈夫。賞味期限なんて少し短めに書いてあるものだし」

貰った時に気付いたんだ。このチョコ…もしかしなくてもバレンタインの時から持ってたんだよね。
つまりは…そういうことなんだろう、って勝手かもしれないけど思ってて。
僕らしくもなくあの時、どうしたらいいのか分からなくなって。本当に嬉しくて嬉しくて。
誰も居なかったなら抱き締めてた。確実に抱き締めて、離すことはなかったと思う。
……その前に逃げられていたかもしれないけどね。あの引き下がり方もごめん、笑っちゃった。

「で、かなり早いけど…コレはお返し」

鞄の中、昨日必死で買いに行った君へのお返し。
色々考えたんだけど…中身はシンプルなスケジュール手帳にした。

「もう持ってるかもしれないけど…手帳にしてみた」
「あ、有難う…御座います…っ」
「春休みの予定、立てないとね」
「は、はい?」

もしかしたら、そういう気持ちでなく僕にくれたかもしれない。
そんなネガティブな考えが無かったわけじゃないけど、逃がすつもりも逃すつもりもない。
意外とマイペースで強情で…こんな独占欲が僕自身にあるなんて知らなかったよ。
気付かせてくれて有難うと言うべきなのか、気付かせなかった方が良かったねと言うべきか。
どちらにしても逃すつもりのないチャンスと逃がすつもりのない君と…手に入れたい。

「今年は他の子から受け取ってしまったけど、来年は受け取らないよ」
「あ、あの…」
「ゆいのだけ受け取るからね」
「な、名前呼び…っ」

戸惑って挙動不審になる君が可愛いって、好きだって言ったら怒るだろうか。
確信に触れずに遠回しに言葉を発する僕を見たら、間違いなくサディストって言われるだろうな。
それでも戸惑う姿が見たくて、戸惑いを隠せない言葉が聞きたくて。
そんな姿を見せる君自体が愛おしくて、だからそろそろ告げようと思って近づけば後退された。

「……そんな逃げなくても」
「いや、あの、足が…ですね」
「好きだよ」

このままで終わるとか出来ないほどに想う。今更気付かされた想い。
受け止めてもらわないと困るし、受け止められないのならば無理矢理にでも渡す。
後退された分、前進して腕の中に引きずり込めば…まるで物みたいに硬直してしまった。
呼吸は…かろうじてしてると思うけど、彼女からの言葉はなくてこれには少し困る、かな。

「今更だけど君が好きなんだ。気付いてた?」

そう尋ねてみれば軽く首を横に振られた。
ま、これは当然と言えば当然だね。今、初めて口にしたことだから。

「だから嬉しかった。チョコ貰えて。それは分かる、かな?」

今度は首は振らなかったけど足かな?震えてる気がする。
嬉しかった事実は僕の中で起きたことで、それを分かるか分からないかとかじゃないって話。
ただ、分かって欲しいことではあるから口にしたけど、伝わってるかどうかは分からないな。

「お返しの手帳は今後の予定を立てたくて買ったんだ」

「半分は自分のためだったりするよ」て付け加えて言えば、ようやく彼女は顔を上げた。
そんなにキツく抱き締めてないから顔を動かすことは出来たと思うけど、ようやく僕を見てくれたね。

「春休み、会えるときに会おう?」
「は、春休み…」
「携帯場号、教えて?」
「ば、番号…」

少しまだ意識が飛んでいるのか、一部の言葉を復唱するだけの唇に思わず自分のを重ねて。

「僕と付き合って下さい」

順番の違う告白をした時に…彼女が泣きながら頷いたからもっと強く抱き締めた。
泣かれるとは思ってなくて、そこに多少の動揺はあったけどそれ以上に嬉しいのは彼女が頷いたこと。
卒業式で別れるものが、離れるものが多いなかで手に入れた大事なもの。
ある意味、お互いに片想いから卒業出来た…なんて青臭いことを思っててもいいのかな?

「ゆっくり話してあげる。僕が君を見ていた経緯とか…ね」

もっと長く一緒に居よう。長く一緒に居たい。そしたらまた話せる。
恋が去って恋愛に変わる瞬間、今日の日のことを――…



-通り過ぎた恋-
御題配布元 taskmaster


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