LA - テニス

07-08 携帯短編
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---通り過ぎた



チキン、気が弱くて何も出来ないような子を指す言葉と言われてる。
要は私のことであって…今も情けないことにウジウジしている自分が此処にいます…
バレンタインは皆に便乗して買いはしたものの、渡すことは出来なかった。
いざ渡そう!と意気込んでも…あの微笑み向けられた途端に何も出来なくなった。
出来ないでしょう。あの微笑み向けられた日には硬直して身動きすら出来なくなるんだよ。
恐れ多くて。同級生なのに、クラスメイトなのに、あの微笑みだけは犯罪だと思う。

……あまりにも綺麗すぎた。

男の子に対して綺麗とか、それはある意味嬉しくないのかもしれない。
その言葉を言われた時とかは何気にスルー方向で「有難う」って言ってるのは見たけど。
うーん…あまり嬉しくはないんだろうなーって思ってみたり。コンプレックスではなさそうだけど。
で、それに気圧されてしまって私、未だに持ち歩いています。あの日のチョコレートを。
賞味期限はギリギリ。部屋の冷蔵庫に入れてたから…分離はしてないと思う。多分。
これだけはどうしても渡したくて、ギリギリまで粘ろうとしている辺り情けない。
このチョコが分離して、黴が生えちゃったりした時は…確実に私の恋も終わってしまう。
だからその前に…自分から告げて、告げることで変わりたいと願った。

願ったけど、ちょっとこの仕打ちは酷い。



「はあ?」

カレンダー日付、目の前のチョコレート。
交互に見比べた時に重大なことに気付く…いや、気付かなかった私が悪いんだけども。

「よりによって…また…」

ベタベタな設定だと思う。いや、本当に気付かなかった私が悪いんだけどもね。
カレンダーの日付は2月最後の日。賞味期限もまた2月最後の日。
そんな日に限って…4年に一度しか来ない、好きな人の誕生日だってことに気づく。
いや、好きな人の誕生日を忘れてたわけじゃない。そういうわけじゃないけど…
何気に過ぎていく時間の早さに驚いて声も出なかったりするわけで。

「……」

息を飲んで、生唾も一緒に飲み込んで再び決心する。
今度こそ渡さないといけない。今日が本当に最後の日になってしまう。
便乗して買ったものだけど…それには確実に私の気持ちが組み込まれているんだから。
そう、何度も自分自身に言い聞かせていた。



不思議な縁で、私と彼は3年間ずっと…変わることなく同じクラスだった。
まあ、結構凄い確率なのかもしれないけど気にしているのは確実に私だけの状態。
特に気に掛けた様子もなく彼は、「また今年もよろしくね」と笑って言ってくれたくらい。
仲が物凄く良いわけでもなくて本当にただのクラスメイトで過ごして来て。
何気に話すことはあったけども、社交的な彼からすれば本当に社交辞令ってやつ。
誰にも平等に気を遣う彼は聖人君子で、プラスしてあの微笑み…女神だと思った。
あ、いや、同性じゃないから女神って表現も変だけど、でも…女神だった。

自分にない物を異性の彼が持つ、最初は本当に憧れの存在として見ていて。
気付けばそれが変換されて「好き」の二文字へと変わってしまっていた。
この変換という変化は…「恋」と言えるかどうかも不明なまま。



「……」

バレンタインの再来とでも言うべきだろうか。声も出ないくらいビビる。
物凄い女子生徒に囲まれちゃってるんですが。しかも初めて見た。少し困ってる。
いつもの微笑みが少しだけ違うくて、何となくだけど困ったような表情をしてらっしゃる。

……ああ、そうか。
去年は28日と1日とで分散されて彼はプレゼントを受け取っていたけど今日は違う。
うるう日で29日がちゃんとあって…それで受ける集中豪雨みたいなものに驚いてるんだ。多分。
中学に入って初めての正式な誕生日だもんね。よく考えたら…そうなんだよね。

「不二くん」

その他大勢に混じるのは少し勇気が必要だけど、どさくさに紛れて渡してしまおう。
そう決意して声を掛けたならば、彼の表情は何処となく「またか」みたいなものに思えて怖かった。
でも…渡すと決めたんだ。告げると決めたんだ…ってこの空気の中で告げれは、しない、な。

「志月さん?」
「あ、あの…た、」
「た?」
「誕生日、おめでとう。それでコレ…」

ヤバイ、何かもう挙動不審な人だ。で、もうコレ、明らかに中身とかバレバレの代物。
賞味期限ギリギリもいいとこのチョコレートだって誰が見ても分かる…分かっちゃう、よね。
そんなことに今更気付いた私は馬鹿だ。悩む前にラッピングとか変えれば…

「……有難う」

うーんうーんと今更になって悩んで、変なとこで手が止まってしまっていたチョコの箱を、
不二くんはわざわざ手を伸ばして受け取ってくれた。中身が何かも分かっていると思うけど…すんなりと。
それだけでもう十分だと思う自分とは裏腹に頭の中でもう一人の自分が耳元で囁く。
どうせ中身が分かってしまってるんだから「好きだ」って言いなよ、と。

確かに、その通りだと思う。むしろ、逆に今更渡すことに疑問を持たれてるんじゃ…
い、言おう。何かもうどさくさに紛れて言うしかないと思う。そう思って意気込んで見た不二くんは。



「は、早めに処分を…」



……何とも言えない微笑みを浮かべた女神だった。

結局、女神の微笑みに圧倒されて何も言えなくなって後退りした自分は本当に不審人物だろう。
そんな様子を見ていた不二くんが…少し吹き出したっぽかったけど、今はその場から離脱することしか頭になくて。
人の机にぶつかりながらも教室を出て、廊下で何度も大きく深呼吸をする。

何も言えなかった。気持ちを告げることは出来なかったけど…少しだけ満足していた。
賞味期限ギリギリのチョコレート。食べてもらえるかどうかは分からない。
分離してるかもしれないし、溶けてるかもしれないし、黴とか…生えてるかもしれない。
それでも渡せて良かった。そう思えた自分が居て、変に満足感が私に残されていた。

だけど…どうしてだろうか。
それを渡すことで自分の恋の期限も切れたような…そんな気がした。



-通り過ぎた恋-
御題配布元 taskmaster


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