LA - テニス

07-08 携帯短編
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---マーブル様。



「木手くん!」

マイペースでのんびりした声に反応して振り返れば微笑んだ彼女。
ただ、それだけのことで安心感を覚えるだなんて俺らしくもない。
相変わらず俺を名前で呼ぼうとしない彼女は、そう、雲みたいな存在。
ふわふわしていて、何処へ流されるかも分からないけど…

「ゆい」
「ようやく見つけた」

どうやら俺のところには戻って来るらしい。
ふわふわと何処を漂っているのかは分からないけれど、それでも俺のところへは…

「俺を捜していたのですか?」
「そうだよ。教室に行っても居なかったから」
「それはすみません。で、何か用でも?」

他人はこのやり取りを見て俺に冷たいと言いますが、彼女は特に気にした様子もない。
不思議な人だと思います。本当に俺の感情に流されてしまったかのようにも思えますが…
それでも今日も楽しそうに笑っている。それが何とも言えないほどに心地良くて。
あの日、告げた俺の心の声は間違っていなかったと思える。少し笑えるようなことですが。

「うん。いつも通り簡潔だね」
「……で、用件というのは?」
「そういう木手くんがいいよ」

天然っぷりは相変わらず。プラスしてマイペースさも変わらず。
人の話を聞いていないんじゃないか?と心配になりますが、それすら許してしまう俺。
どうしてでしょうね。君を見るとそんなことがどうでも良くなるんですよ。不思議です。

「屋上、少し寒いけど気持ちいいねー」

沖縄と言えども冬は寒い。本土から比べたならそこまでないのかもしれませんが。
そんななか、彼女は何処か嬉しそうに背伸びをして、大きく深呼吸なんかしている。
この島が好きで、自然が好きで…それは俺も重々承知していますが…

「空ではなく俺に用があったんですよね?」

こうして突っ込みを入れなければ、彼女は本来の目的を忘れやすい。
つい先日も同じようなことがありましたよね?
大通りにある人工的に植えられた木に見惚れて本屋に寄り忘れた、とか。
海の色に吸い込まれて歩いて、この真冬に制服を濡らして帰った、とか。
そう、そんな時に限って彼女は雲のように単独行動を取っていることが多いのですが。
俺が傍に居たならば…少なくとも後者のことはさせなかっただろうと思う。

「そう!木手くんに用があるの」
「でしたら早く言いなさいよ」
「はい!」

……迂闊、でした。今日はバレンタインでした。
今の屈託のない笑顔と、目の前に突き出されたプレゼントを見て赤面しそう、でした。
彼女は…臆面もなく、本当に自然なままにそういうのをやってのける。
クリスマスの時もそうでしたね。俺は…情けない話ですが、どうして渡そうか悩んだプレゼント。
でも君は堂々と笑顔で俺のところへ持って来て。今みたいに俺の心拍数を上げた。
「どうしたの?」と聞かれるまで俺は口元を押さえて俯いてしまいましたよ。

「……有難う御座います」
「一応、手作りにしてみた」

目が、輝いているのですが…これは今すぐにでも開けろということでしょうか?
少し冷えた屋上、そこには誰もいなくて、照れたとしても彼女しか見ていない、のですが。
それでも少し照れる、なんて言ったならば平古場くんは間違いなく笑うでしょう。

「今開けた方がいいんですか?」
「勿論。ご利益なくなっちゃう」
「……ご利益?」

何です、それは。
ご利益のあるようなチョコレートなんて聞いたことないんですが。
お守りのカタチでもしているのか、神に関係する者のカタチでもしているのか…
まさかとは思いますが、シーサーのカタチで作って来たということは…ないとは言えないですね。

「いいから早く!」

急かされるがまま、綺麗…というより精一杯にラッピングされた物を開けてみる。
少し小さめの箱の中に敷き詰められていたのは、型に嵌まったようなチョコレートではない。
きちんと整頓されたかのように並べられたマーブル模様のクッキーが収められている。

「なかなか綺麗に出来てるでしょ?」
「そうですね。君にしては良く出来てる」
「じゃ、ご利益あるうちに…」

「ですから、ご利益の説明を…」と言いたかったけど、それは次の瞬間に出来なくなった。
どうしてでしょうね。君は本当に不可解なまでに恥ずかしげもなくソレをやってのける。
確かに誰も居ませんし、誰も見ていないのは分かります。ですが…俺にやれというのでしょうか。

「はい。あーん」
「……」
「大丈夫。毒は入ってないから」

いえね、そういう問題ではありませんよ。俺を潰す気でしょうか…
笑顔のまま、その手作りのクッキーを食べさせようとする彼女は羞恥心などない。
ただ、その羞恥心は俺の身に降り掛かっていて…でも、無下にするわけにもいかず。

「……美味しい?」

食べました。顔から火が吹き出るということはこういうことを言うのでしょう。
特に反応出来ずにいる俺に彼女は徐々に心配そうな表情へと変わっていく。

「美味しい、ですよ」
「本当?良かったー」
「で…そのご利益って言うのは?」

未だに説明して頂けない「ご利益」とやらを追求すれば…彼女はようやく説明を始める。
「屋上で好きな人に自分の作った物を食べさせたら、その気持ちは伝わる」
「それがバレンタインであれば効果は高まり、自然なままで傍に居られる」
女性というのは…どうもこういうのに弱いんですね。占い、おまじないに似たもの。

「……それはご利益と言うよりジンクス、でしょう?」

そう告げたなら、彼女は笑いながら「どっちでもいいんだよ」と答える。
ロマンチストかと思えば、そういうところで大雑把というか…少し欠けた面を見せる彼女。
やはり天然ですね。そんなジンクスを信じなくても、少なくとも俺たちは自然なままでいる。
少なくとも今までも、そしてこれからも間違いなく今のままで居ることでしょう。

「……これからも」
「これからも?」
「仲良く時間を過ごそうね」

年老いた夫婦みたいな言葉みたいですね。
ですが、それだけの時を彼女と一緒に過ごせたなら…きっと幸せかもしれない。
そう思えたから、片手に箱を握り締めたまま、贅沢にも彼女を抱き寄せていた。



マーブル模様。

微妙にボケたヒロインが書きやすいと気付く。
何気に引っ張る木手の続編にて。


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