LA - テニス
□07-08 携帯短編
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---向かい風。
「にぎゃあ!」
……けったいな声出す子もおるんやね。
人が折角昼寝しよるっちゅうに…て、まあ授業サボって裏庭におんねんけど。
あとちょいでジローみたく夢ん中に行けるやろかーちゅう時に響いた声。
先生来たらどないすんねん。そう思いながら体起こして声のした方向を見た。
他校生や。氷帝の制服やない女ん子がその辺に植えられとる木をワタワタ見上げとる。
何しよるんやろか。てか、こないな現場見つかった日には不法侵入言われて怒られてまうで。
「ど、どうし――…」
「何しよるん自分」
「ひぎゃあ!」
……今のは耳に来た。ほんま、けったいな声出す子やね。
耳にキーンて来そうなくらい響いたで。ちゅうか、ほんま何しよるんやろか。
「ちょっ…けったいな声出さんといてーな」
「あ、あの…す、すみません!」
「先生来たら不法侵入やて言われ――…」
近づいて声掛けて注意くらい促したろ、そう思うて近づいたんは良かってんけど…
振り返った女ん子、微妙に涙目で見上げて来とって、ドクンッて、心臓跳ねたんやけど。
うわ、何なんコレ。むちゃくちゃドキドキしよる自分がおって、全然何か理解とか出来てへんねやけど。
何やいきなし跳ねよって、何なんいきなしバクバク早鐘打ちおって。
「いや、あの、不法侵入とかじゃなく、て…」
変に動揺しよる俺と同じくらい相手も言われた言葉に動揺しよって…変な図やわ。
よう分からん心臓の働きはちょお置いといて、とりあえず不法侵入ちゃう言うとる彼女を見た。
何処の制服なんやろか…見たことあれへんねんけど。名札…とかもあれへん、な。
「私、此処の編入試験を…」
「……編入?」
「はい、それで、その、変質者とかでは…」
いやいや、俺は変質者までは言うとらんし。ちゅうか、何をどう変換してそないな言葉が出るんやろ。
うわー今にも泣きそな顔しとる。警察突き出されて尋問とかされたないっちゅう表情やね。
ヤバイ、何やこの子。めちゃめちゃタイプなんやけど、つーか、ストライクもストライクやん。
何があかんのか、俺を見んとぷるぷるして俯いたまんま、とりあえず不法侵入やないと言い続ける。
ま、合間に変質者やないっちゅうんも入っとるんやけど…ほな、何しよるんやろか。会場探しよるんやろか。
「そしたら自分、こないなとこおらんとはよせんと…」
「あの、それが…」
ん?何や視線がまた上の方に行きよるんやけど…ええ天気やな。お日様出とる、て。
空は関係あれへんやん、て突っ込むべきなんやろか。ちゅうか…その泣きそな顔、ええな。可愛え。
「受験票が、風で」
「飛ばされたん?」
「この木に、取れなくて」
……言葉足らずな子やね。そのちっこい手なんかワタワタするだけで意味あれへんし。
空やのうて木を見よったんか。陽射しが眩しゅうて見えにくいねんけど…あ、確かに紙っ切れあるな。
ああ、コレ飛ばされた所為でけったいな声出しよったわけか。せやけど「にぎゃあ!」ちゅうんは…なあ。
飛んでも届くよなトコにはあれへんし、かといって木に登るんも出来ひんし、で、オロオロしよったんか。
せやね、編入試験かて面接はあるやろし。木登って制服汚れてもアレやしな。
「ほな、此処で待っとき」
たまにはええことしてもバチは当たらんやろ。ほんまは面倒やさかいスルーするトコやけど。
何やこの子見よったら情が湧いてくるとか不思議なもんやな。全然知らん子やからやろか、ついでに可愛いし。
「あ、あの…」
「俺が取って来たるさかい」
あー微妙に泣きそな表情とプラスして驚いた表情とかせんといてーな。
そないな表情されたらアレや、逆にこっちがどないしたらええか分からんくなるやろ?
とりあえず心配とかせんでええっちゅう意味で彼女の頭を軽く撫でて木に足を掛けて登り始める。
木登りとか…何年ぶりにするやろ。向こうにおった時は謙也とよく登った気はすんねんけど。今はないな。
「お嬢ちゃん」
「……う、は、はい!」
何や返事に違和感あるなあ。ちゅうか、認識するまでに間あったし。
いや、よう考えたら名前も聞いてへんさかい、こう呼ぶんが普通やと思うたんやけど…何かちゃったか?
「こっから紙の位置が見えんねん」
「あ、はい」
「いや…返事はええねんけど。そっから指示してくれん?」
「は、はい。分かりました!」
うん、ええ子やね。返事がスパッとしててええわ。
それから彼女が指示する通り、更に上行って上行って、右行って右行って…て、器用に挟まっとる紙発見。
枝と枝の間、ほんま器用に挟まったまんまでヒラヒラしよる紙。手伸ばしたら届くやろか。
そう思いながら手伸ばしたら掴んだ、掴みは出来たんやけど…うわ…ちょお縁起悪いな。枝、折ってしもた。
紙は…破れてへんから良かってんけど。ほれ言うやろ。折れるとか破れるとか落ちるとか…
何かの時は言うたらあかんて。俺は別にええけど、彼女は今から試験、やしな。
「ちゃんと取れたで、お嬢ちゃん」
「あ、有難う御座います!」
「ちょお降りるさかい、離れたって」
下見つつ、彼女が木から離れたのを確認して木から飛び降りたら…情けないわ、ちょい足にジーンて来た。
言うてもこの痛みは誰にも伝わらんからええけど、痛がったらカッコ悪いやん?そこは悟られんようにして…
「……ハイ」
「有難う…本当に有難う御座います!」
……ああ、初めて笑ろてるとこ見たわ。
結構ぎょうさん表情持っとる子なんやね。たった数分やけど色んな表情見た気するわ。
何やろ、不思議な子やわ。ほんまに情って勝手に湧くもんなんやな。ちゅうか、また心臓バクバクしよるし。
可愛らしい子てええな。何かほんわかするもんやから…また彼女の頭に手置いて撫でよる自分。
「頑張ってな」
「は、はい。有難う御座います!」
深々と頭下げて紙を受け取った彼女は嬉しそうに校舎へと駆け込んでった。
そん時ふと思うた。こないな時期に編入試験とかあるんやろか、て。
始業式始まってもう数日経過したで。普通やったら春休み中とかにするもんやないんか?
ま、事情とかあるんやろけどアレやな。中途半端っちゅうんが一番厄介や。俺かて経験済みやし。
……て、今更気にしてもしゃーないねんけど。
彼女がおらんくなって、また所定の位置に戻って昼寝再開しよー思うて転がるんやけど、
何かあったハズの睡魔はもうおらんくて、目は冴えたまんまで空を、動きよる雲をぼんやり眺める。
んーこないな予定やなかってんけど。せやけど不思議と文句言いたなる状況にはなってへん。
邪魔されたんには間違いないねんけど何でやろか、不思議と気分は悪ないな。
たまにはええことするもんやね。自然とそう思うた所為か、口元が緩む。
「……あ」
また、不意に気付いたことがあって口から言葉が零れた。
名前聞いてへんかった、な。学年も分からんし、何処から来たんかとかも聞く暇なかってんな。
ちゅうか自分の名前も名乗ってへんかったし…まあ、編入試験に合格したら分かるやろ。
……合格、するとええな。
全然知らん子のため、何で俺がこないなこと思わなあかんのやろ。
せやけど…また会えたらええなって思う自分がおって、不思議な気持ちが自分の中に残る。
また会えたら、ええな。そう俺が思うとる気持ちが風に乗って、彼女んとこに届いたらええのに…そう思うた。
-向かい風-
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