LA - テニス

07-08 携帯短編
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---向かい



「今日も酷い有様で疲れた…」
など、多少年寄り臭いことを思いながら歩く帰宅路。
トボトボというような表現が似合うだろうか…
つい先程の弦一郎の叫び声が耳から離れないのだが。
あいつのタフさ、俺も見習いたいところだな。

何気に溜め息が出た。
どうやら色々と疲れているらしい。
こんな時は志月に愚痴れると楽なのだが…
今日に限って見当たらない。弦一郎が引き止めたのだろうか。

弦一郎の親戚でマネージャーである志月。
彼女は唯一、弦一郎の暴走を止めることが出来る女性。
そして、弦一郎が唯一まともに話すことが出来る女性でもある。
アイツと来たら急な女性からの告白からはいきなり離脱し…
プレゼントなどを突きつけられた日には慌てて職員室へ持っていく。
「見知らぬ女子が忘れ物をしている」とか何とか言って。
正直、この現場に居合わせた俺と志月はどうして良いものか…
と、お互いに頭を捻らせたものだ。勿論、結論は未だ出ていない。

「はあ…」

……弦一郎のことを考えるのは止めよう。
ただでさえ疲れているのに更に疲れてしまいそうだ。


「やーなーぎ!」
「……志月?」

背後から軽快な音を立てて何かが近づいて来ているとは思っていた。
声を掛けられるまでその足音の主が誰なのかも気にする必要もなかったのだが、
急にその声の主が志月であることに気付いて…嬉しくなる自分がいた。

「良かった。まだ近くに居て」
「どうかしたのか?」
「いやね、もう聞いて欲しいことだらけだよ」

俺も同じだ。そうは言わなかったが、顔を真っ赤にして息を切らせて…
そんな彼女に未使用のタオルを渡しつつ、話を聞けば俺と同じく弦一郎の愚痴で。
やはり俺が思った通り、彼女は弦一郎に引き止められていたらしい。
そして…やはり同じようなことで彼女もまた弦一郎に手を焼いているようだった。

「何かさ、今日手紙貰ったらしいのね」
「ほう。ヤツもなかなかモテる男だな」
「意外よね。で、その手紙がさ…」

そうもキッパリと「意外」などと言ってやるな。身内からすればそう思うのかもしれんが。
アイツはアレで結構人気のある男だ。俺にはよく分からないが…渋いらしい。
体育で剣道があった時なんか誰もが弦一郎を見ているとか。あのテが似合うのは確かだが。

「字が丸文字で許せん、そう言ったのだろう?」
「そう!そうなんだよ。内容を気に掛けろって」
「それが出来たら苦労はしないな」
「……だよね」

俺が手渡したタオルで滲んだ汗を拭った彼女はそのままタオルを持ったまま。
返して貰うべく手を伸ばせば「洗濯して返すから」と言うから…とりあえず了承しておく。
以前、同じようなことになった時、彼女と延々とその辺のやり取りをして時間が過ぎたことがある。
……どうしてだろうか。今はそんな平行線の続くような会話はしたくない。

「部活中にも…」

肩を並べて歩く。この時ばかりは俺の歩調が少しだけ彼女に合わせられる。
横並びに歩いて…時折、鞄が接触するまでの位置に彼女が居て、それが嫌じゃない。
変に安心感を覚えるのは…きっと、彼女という存在に慣れているからだろう。

「聞いた聞いた。部室の方まで聞こえたよ」
「あの叫び声が耳から離れないな」
「そのような声を挙げるとは…女子たるもの破廉恥な!でしょ?」
「……ああ。今時破廉恥などとは」

彼女と声が重なる。「時代錯誤」という言葉。
どうやら同じくらい苦労しているのか、彼女とは意見が一致することが多い。
気が合うのだろうか。いや、そんなことは今更だな。彼女とは気が合うと思われる。
俺が好む作家の本を読んでいるのを見掛けることがある。俺が持つ本を読んでいるのも。
部誌もまとめ方も何処か俺に似た雰囲気もあったり、筆跡的なものも似ているような。

「お互い苦労するけど見守るのが使命なのかな?」
「……そんな使命はお断りだがな」
「はは、同感だね。疲れちゃうし」

そう、疲れるもんだな。自分のことでなく弦一郎のことで苦労すると疲れる。
アイツもわざわざ俺や志月を捕まえて悩みなどをぶつけなくてもいいのにな。

「だが志月と話すと楽になるから助かる」
「……え?」
「疲れた時、志月に愚痴れると楽になるな」

そう思っているからだろうか。無意識に彼女の背中を捜すことがあるのは。
もしかしたら意識的に捜す習慣が付いてしまってるのだろうか。話したくなることが多い。
特に今日みたいな放課後なんかはそうだ。歩きながら周りを見渡すんだ。
前方後方と集団で歩く制服の中から、彼女を捜すために。

「柳」
「ん?どうかしたか?」

立ち止まられたから立ち止まって彼女を見れば不思議な表情。
こんな表情はあまり…いや、今までに見たことのないもので正直困るんだが。
俺が何か余計な一言を言っただろうかと考えるが、変なことは言った覚えが無い。
立ち止まって、彼女が口を開くまでに数分。
ただ、こうして戸惑いながら待つだけの時間というのも不安なものだな。

「……あのさ」
「ああ」

彼女がゆっくり言葉を紡ぐのを俺もまたゆっくり待つが…タイミングが悪かったのか。
唇がゆっくり動いているというのに、急に吹いた風が言葉を攫って行ってしまった。

「……すまない。今、風が」
「うん。まだ言わない方がいいみたいね」
「は?」
「じゃあ、また明日ね。ばいばい」

あまりに突然、彼女はそれだけを告げて走り出した。
いつもならば…もう少し先のバス停までは少なくとも共に歩いているというのに。
彼女の行動、彼女の言動が…今の俺にはよく分からないでいる。



またトボトボというような表現が似合う一人の下校が始まる。
あの時、突拍子もない風が吹かなければ…今もまだ彼女と共に歩けていたのだろうか。
そう女々しいことを考えながらも、自然現象には文句も言えずただ歩く。
風に攫われた彼女の言葉を気にしながら、挑むように吹く向かい風を感じながら。



-向かい風-


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