LA - テニス

07-08 携帯短編
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「さて木手くん、あの雲は何処へ流れて行くでしょう」
彼女は不意にそんなことを言い出して、俺はいつものように溜め息を吐く。
マネージャーの仕事もロクにせず、空ばかりを眺めている彼女。
ねえ、たまには仕事しなさいよ。部誌の感想欄が「空が青かった」では困ります。
流石に早乙女監督にはソレは見せれませんからね。



雲の行方



「……真面目に仕事しなさいよ」
「は?私、結構真面目に――…」
「嘘吐きにはゴーヤ食わすよ」

ウチのメンバーで珍しく…いや唯一、ゴーヤが平気な彼女。
だけど彼女曰く「木手くんが料理したのは不味い」と。
どういうことでしょうか。別に不味くしたつもりは一切ないのですが…
それでも彼女はそこだけは主張して来るので譲れないところなんでしょう。
俺としては不愉快なところでもありますが、ま、仕方ありませんね。
自分で作っておきながら食べることは一切しませんし、味見もしませんから。

「大体何です?その質問は…」
「いや、純粋な質問です」

これだから…君はマネージャーに向いていないようですね。
のんびりした雰囲気は悪くはないと思いますよ。俺も嫌いじゃありません。
ですが、それでは困るというもので…スコアブックの付け方くらい覚えなさいな。
そんな訳の分からない質問など繰り出す前に…

「さすがの木手くんにも分からないですか?」
「……呆れてるとこです」
「は?」
「雲の流れは風と共にあります。その方向に流れるんですよ」

はい、答えてあげましたから部誌の書き直しをして下さい。
そう言いたくて手渡そうとしているのに…彼女はただ上を見上げた。
……つられて俺も見上げた空。真っ青に浮かぶ、白い雲。

「そう、かな?」
「……何がです?」
「あの雲、適当に流されてるわけじゃないと思う」

空に浮かぶ雲はゆっくり、ゆっくりと流れて、薄れていく…
何処へ流れていくのか、どうして薄れていくのか。
そんなこと、考えたこともなかった。

「あの雲は…明日に向かって流れていくと思うよ」

「私たちと同じだね」と彼女は微笑んで、俺の顔を見た。
どうしてだろう。どうしたんだろう。この瞬間に何処かで何かの音が鳴った。
ドクンッと。耳元で大きな音で響いて――…

「……今、何か聞こえましたか?」

そんな、自分らしくもない質問をして、彼女は小首を傾げた。
「別に聞こえなかった」と言われることが分かっていながら俺は…

「どうかした?木手くん」
「……いえ」
「何か…変なの」

笑う彼女に俺は冷静に、今度こそ部誌を手渡して修正を依頼した。
物凄く不本意そうでしたが彼女は書き直しに応じて…
そして、部室へと走り去って行った。まるで、雲のように…流れていった。

この瞬間、この会話は、きっと忘れることはないでしょう。



――部誌の感想欄

「空が青かった」
「白い雲が流れていった」
「雲の行方を木手くんに聞いた」
「木手くんは風に流された方向に行くと言った」
「でも私は…」
「明日へと流れていく、と思う」



-雲の行方-

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