LA - テニス

05-07 PC短編
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---音楽を鳴らす



今日に限って運が悪い。
音楽の教科書、忘れてしまった。
これだけ沢山のクラスがあるにも関わらず、
同じ日に音楽のあるクラスは、たった一クラスだけ。
不甲斐ない自分を恨まずにはいられない…


情けない、とは思いつつも階違いの教室前。
普段あまり交流のないクラスに入るのには勇気がいる。
知ってる人もいる、それ以上に知らない人もいる。
私の存在なんか、誰も気にしてはいないだろう。
だけど、当の本人だけが異様に周りを気にしていた。

大体、持ち帰った覚えのない教科書。
必要ないからずっと机の中に入れっぱなしだと思ってた。
主要5科目の教科書は持ち帰る。
予習だって復習だって必要になってくるから。
だけど、音楽なんかは…その必要はない。

「珍しいのぅ」

廊下で佇む私に声を掛けた男が一人。
やる気なさげに、だらしなくコチラに近づく。
「珍しいのはアンタでしょ。仁王」
「俺、このクラスじゃけぇ、居て珍しゅうないぜよ」
幼馴染みというのだろうか。それとも腐れ縁?
気付かぬうちに近所に住み始めて、気付かぬうちにウチに出入りする。
親同士が仲良くなってしまって、遠慮も糞もなく入り浸る。
それが彼、仁王雅治だった。
「違う。私が言いたいのは午前授業に参加してるコト」
「プリッ」
「まぁいいや。音楽の教科書貸して」
私にとっては好都合。
音楽の教科書を確実に持ってそうな仁王に会えたコトは。
どう見ても、教科書を持ち帰る習慣はない。
それがテスト期間中であっても、間違いなく。
それでも、今までの成績が悪くないのが許せないくらい。
「それが人にモノを頼む態度か?」
「…はぁ」
「ゆい、わかってないなぁ」
ニヤニヤと嫌味な笑いを浮かべた仁王。
好都合が、最悪なパターンへと変わっていく…
「どうしたらええんじゃろなぁ」
「…貸してクダサイ」
言葉を改めて、睨みながらもお願いする。
本鈴まであと5分くらい。
移動があるから…そろそろヤバイ。
「上からモノを言うんじゃ貸せないじゃろ?」
廊下で男女二人の睨み合い。
タダ事ではない雰囲気に見えるのだろうか。
通り過ぎていく人が振り返っている。
いやいや、痴話喧嘩なんかじゃないんです。
ただ単に教科書を借りに来ただけなんです。
そう心の中で呟いてみる。
「貸して下さい。お願いします」
「そうじゃのぅ…」
考え込むフリをしている仁王。
本鈴まで…あと3分。

「今日、帰りに何か奢ってくれたらイイぜよ」


教科書を受け取ると走った。
階段を駆け下りて、自分の教室へ戻って…
誰もいない教室の様子に焦りを感じながら走った。


無事に授業を終えての放課後。
先にホームルームを終えた仁王がいた。
「間に合ったか?」
「お陰様でねッ」
借りた教科書を仁王に突きつけて、引き取りを要請する。
嫌がらせに落書きも沢山してやった。
使った形跡のない教科書に私の落書きがよく映えた。
「ほんじゃ。約束通り、何か奢ってもらうぜよ」
「待て待てッ。教科書…」
受け取られない教科書を再度突きつける。
すると、あの時のようにニヤニヤ、不気味に笑う。
「ずっと貸しといてやろうか?」
「…何ゆえ?」
「それ、俺んじゃなかけん」

持ち主の名前を聞いて絶叫した。

「や、柳生くんの教科書ッ」
「何をそんなに驚くことがあるんじゃ?」
ハナから想定の範囲内ということ。
私が嫌がらせに落書きをする、ということは…
「仁王ッ。アンタねぇ…」
「まぁまぁ。今回は俺が悪いじゃろうな」
「当たり前よッ」
コトもあろうか、柳生くんの教科書に落書き…
いくら紳士でも…今回の件ばかりは怒られてしまう。
「とりあえず、今回は俺の奢りじゃ。」

強引に手を引かれ、落書き教科書を持ったまま。
こっそりとテニス部部室に教科書を置いて、逃走を謀る。
よく見れば、教科書の裏に名前が書いてあった。"柳生比呂士" と。



◆Thank you for material offer 煉獄庭園
御題配布元 BERRYSTRAW 学園ラブ 5のお題「借りた教科書」


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