LA - テニス

05-07 PC短編
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今思えば、あの頃の自分は"負"を背負っていたのかもしれない。


「幸村さん!!」
「おかえり。今日はどうだった?」

真っ白な牢獄とも言える病室。
そこへ制服のまま、放課後になると真っ先にやってくる。
俺の大事な、大事なお節介さん。

「臨時集会がありましたよ。もうすぐ夏休みじゃないですか」
「そうだね。赤也がはしゃいでたよ」
「それで注意事項とか言って――…」

まるで向日葵のように、俺に元気をくれる子。
いや…俺が向日葵で、彼女は太陽なのかもしれない。
俺が元気で居られるのは…

「まぁ、浮かれすぎは良くないからね」
「わかっていますよ」
「課題も沢山出てるだろうし…」
「あ!!言わないで下さいよー」

こんなにも健気で可愛い、彼女が傍に居てくれるから。

入院して時間は結構流れている。
毎日毎日、顔を出しては話をしてくれる。

"今日はこんなコトがあった"
"先生にこんなコトを言われた"

他愛もない世間話だとしても
ありふれた学校生活についてだけど
それがとても心地良く、懐かしく感じる。
自分のコトのように思えるほどに楽しい時間。

手を伸ばせば触れられる距離。
柔らかな髪を撫でて、彼女の顔を見つめる。

「大丈夫。ゆいの課題くらいだったら教えられるよ」
「ああ!!それはイイ考えです!!」

嬉しそうに彼女は笑顔を零した。
この笑顔を見るため、それが俺の生きがいだと言ったら…
彼女はどう思うだろうか?

「ある程度は自分の力でしないとダメだよ?」
「はい!!」


長い長い夏休み。
彼女は何も言わないけど、きっと寂しく思っているだろう。
面会時間は限られている。

病気を患ってしまった俺は…
"遊びに連れて行くことの出来ない彼氏"

彼女は何も言わない、言わないけど…
普通だったら、二人で予定を立てているだろう。
行きたい場所も沢山ある。
やりたいことだって沢山ある。
俺だって…彼女のために何処かへ連れ出したい。

体は病んでも、心までは病まないように…
そう考えて、一人で過ごす病室は苦痛でもあった。


遅くに彼女を帰すわけにもいかず、早くに彼女を解放した。
面会時間はまだ多く、余地を残していたとしても…
ココから出られない以上は、彼女を第一に考えて。

「また明日、来ますね」

去り際の彼女の一言。
これがどれほど嬉しく、切なくなるだろうか。
本能は"帰したくない"と俺に告げる。
だけど…俺の理性はきちんと働いている。

病室の窓から見下ろした景色。
色鮮やかなモノたちの中に彼女の姿を見た。
彼女は…俺の視線に気づいてか、手を振っていた。

真っ白な、だけど闇にも近い病室。
ココは彼女がいるような場所ではない、そう思えた。
だけど俺は…今、ココにいる。

嫌な考えばかりが浮かび、蝕んでいく感覚。
首を振っても、別のコトを考えようとしてもダメだ。
"負の連鎖"というヤツか?
良くないコトばかり考えてしまう。

"これからどうなっていくのだろうか?"
"彼女は俺でいいのだろうか?"

そう考える自分が嫌だった。


「幸村」
「あ…真田か」
「体調はどうだ?」

時間があればやって来る、俺の大事な仲間たち。
彼らもまた、この白い牢獄のイメージなんかない。
だから、不似合いな場所では寛ぐことなど出来ないだろう。
誰もが何かに腰を下ろすことなどなかった。

「回復には迎えると思う。ただ…」
「…手術、か?」
「ああ。今度、受けようと思っている」

カレンダーに記されたマル印。
それは関東大会の日だったはずなのに…
空欄に記された"手術"という文字。

「みんな…頼むよ?」

戦う場所は違えども、志は同じだから…

「俺たちは無敗で全国へ行く」

真田の言葉に誰もが頷き、覚える安心感。
俺もまた…その場に戻っていくために戦う。
戦って、今度はみんなと共に…

「そういえば…赤也はどこへ行った?」

あまり騒がしくないと思ったら…
いつも退屈な病室で大騒ぎをしているはずの赤也がいない。

「ああ…さっき、志月がおったからダベリよったぜよ」
「でも、いくら何でも遅すぎですね…」

ゆいをココから送り出して、もう30分は経つ。
すぐに真田たちがやって来て…

「きっとまだ話しているんだろうね」

ゆいと赤也は同じクラスで仲も悪くはない。
きっと、いろいろと話しているんだろう。
それくらいでは…

「切原赤也、ただいま参上!!」
「遅いなり〜」
「すんません。ちょっと志月を送って来たっス」

妬かない、つもりだった…

「…送って来てくれてありがとう」
「いえいえ。これくらいしか俺には出来ないっスから」

"これくらい"のコトも俺は出来ない。
彼女が大事であっても、それすら出来ない。
出来ないんだ…

僻むつもりなんてなかった。
ただ、こんなにも自分が情けなくあるとは思わなかった。
なんて…情けないのだろう。

「赤也」
「はい?」
「これからも…いろいろと気を遣ってやってくれないか?」

ココで見る彼女と他の場所で見る彼女は違うだろう。
隠された想いに、俺は気づいてやれないかもしれない。
だったら、俺に出来ることは…
自分じゃない誰かに、頼ることしかないんだ。

「任せといて下さい!!」

屈託のない笑顔に打算なんて感じられない。
赤也はそういう子だから、全てに深い意味などない。
それなのに、こんなにも不安なのはなぜだろうか?

こんなにも女々しい自分。
誰にも悟られたくない。

「そろそろお暇しようか」
「…うむ」

彼らの話も上の空で、何を聞いたのかもわからない。
ただ、全てを真田に任せてしまって…
部長であるはずの自分はココにはいなかった。

「何も心配せずに手術を受けて来い」
「…わかっている」

心、ココにあらず…
頭の中には手術のこともなくなった。


今、彼女は何を考えているだろうか?
夏休みのこと、課せられた宿題のこと、これからの…こと?

俺は、彼女のために何を考えたらいい?
彼女を想い…何をすべきなのか?

答えは出ぬまま、時間はただ過ぎる。
ただ…これだけは平等に過ぎていくんだ。

不安は更なる不安を呼び、心は病んでいく。
そうならないよう思っていたとしても、じわじわと…
まるで、水面に出来る波紋のように。

なす術もなく、飲み込まれていく感覚。
それは何にも表現し難いモノとなって、ゆるゆると俺を…




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