LA - テニス

05-07 PC短編
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真田弦一郎 立海大付属中学三年
志月ゆい 立海大付属中学二年



―――After that.



彼女はいつも楽しそうに笑っていた。本当に楽しそうに、笑っていた。
俺とは毛色の違う人種で、関わることもないような女性だと客観的には思う。
だけど、彼女はそんな客観的なモノを吹き飛ばすくらいに真っ直ぐ、ただ真っ直ぐ突っ走る。
見ていて気持ちが良いほどに…だからこそ、不思議な子だと思う。



「真田くん」

何度か廊下で見掛けたことのある女子生徒、確か一度だけ委員会が同じだったような…
しかし、その程度の面識がなく、こうして話し掛けられる理由など見当たらない。
何だろうか…変な違和感がある。目の前の彼女は嬉しそうに微笑んでいるようにも思えるが…
眉間にシワを寄せられたり、何処かぎこちなく話し掛けてくる女子生徒は多いのだ。
何だ…この妙な感じは。この変な違和感は…何だろうか。

「突然呼び止めてごめんね。今平気かな?」
「あ…ああ」

目の前にいる女子生徒と俺の関係を一生懸命模索してみるが、特に接点という接点がない。
しかし、わざわざ俺に声を掛けて来るとなっては何らかのことがあるに違いはない。
そうでなければ進んで声を掛けたくなるような男ではない、と自分自身も自覚はしている。
少し失礼ではあると思ったが…違和感の原因を探るべく彼女の顔をマジマジと見てしまった。

「あの…あまり凝視されるとちょっと…」
「あ…す、すまない」
「えっと…ね」
「な、何用だろうか…」

言葉に詰まる。それは双方共に詰まってしまっていて…全くもって会話が成立していないような。
だが、先に意を決したかのように頷き、口を開いたのは彼女の方だった。

「ゆいが迷惑掛けてるみたい、だね」

……ああ。なるほど、な。
だから俺は蓮二から勘が悪いだとか鈍いだとか、そのような言葉を投げ付けられるのか。

「志月…?」
「うん。あ、私はゆいの姉になるんだけど…分からなかった?」
「あ、ああ…」

すまない、そう謝れば彼女は特に気にした様子もなく首を振った。
違和感もあるはずだ。何処となく目の前の彼女と…あの子が重なって見えていたんだから。

「物怖じしない子だとは思ってたけど…」
「……確かに、しないだろうな」
「真田くん相手に突っ込むなんて私にも予測出来なかったわ」

最初に出会った時はまっさらの状態だった。
お互いが何も知らず、何も知ることもなく、ただ同じ時間を過ごしただけ。
だが偶然にも彼女は此処へやって来て…様々なことを知った上で突っ込んで来たと思われる。
いや、下手したら得られた情報をよく噛み砕くこともなく突っ込んで来たのかもしれないな。あの子のことだから。

「知らぬが仏、というヤツだろう」
「……意外。真田くんってそんな面白いこと言える人だったんだ」

くすくす笑う彼女を目の前に俺はただ首を傾げる。何か面白いことを言っただろうか、と。
どうも俺の周りに存在する女子生徒たちは少し俺に対して偏見を持っているようだな。
確かに俺は人より柔軟性というものが欠落していて、物事を堅く考えてしまう節があると思う。
自覚はしているが、人が思うほど変な人間ではない。変わり者、ではあるかもしれないが。

「真田くん。あの…有難う、ね」
「……何がだ?」
「ゆいのこと支えてくれて」

……そうだった。彼女が手引きしたんだったな。
気晴らしに、とあの日、ゆいを家から見送ったのは彼女だった。何か変わるように、何か違ったものが見えるように、と。

「いや…俺は何もしてない。彼女が自分で動き出したんだ」
「それでも、真田くんに会ったことでゆいは変わったみたい。だから…有難う」

礼を言われるようなことは何一つ出来なかったと思うが、とりあえず頷いておいた。
あの日の俺は聞くことしか出来ず、何も言えないままに時間が勝手に過ぎていただけ。
ただ相槌を打つだけのやり取りしか出来ずに歯痒くて、情けなくて…
それでも彼女の支えになれた、そういうことなのだろうか。思っても良いのだろうか。

「俺の方こそ…」
「え?」
「ゆいに会えたことで自分自身の――…」

"新たな一面を見つけることが出来た"と続けるつもりだった。

「弦ちゃん見ーつけた!」
「ゆい!」
「あ、お姉ちゃん」

物凄い勢いで何かが突進して来たかと思えば…腕、だろうか。思いっきり鳩尾に入った。
いや、普段ならば避けれるはずなのだが、丁度良い具合に話し中で彼女の影で何も見えなくて…思いっきり鳩尾に入った。
その鳩尾に腕か何かを入れて来たゆいはといえば…特に気にした様子もなく姉と話していて。

「ゆい…突進して来るのは止めておけ」
「あ、ごめんごめん。つい、ね」

笑っていた。とても楽しそうに、偽ることなどない笑顔を振り撒いてそこに居た。
きっと今、彼女は何も後悔などすることなく学校生活を送っているのだろう。色々な人に囲まれて楽しく。
前の学校であったことを忘れてはいないだろうが、それでも今は楽しく過ごしているのだろう。
全てを乗り越えて、色々なものを跳ね除けて、だから笑っているのだろうか。

「じゃ、私は教室に戻るから。真田くんに迫りすぎて嫌われないようにね」
「あー分かってないな、お姉ちゃんは」

きっとそうなんだろうと思う。そうでなければ、いけない気がする。
どうしてだろうか。そんなことを考える自分に驚く。今までこんなこと考えたこともなかったのに。

「弦ちゃんは押しに弱くて、押されると断れない人なんだよ」

そこで「ねー」と聞かれても困るが…それもあながち間違いではなくて…どう返事すべきなんだろうか。
この場合、俺はどんな対応をしておけば無難というものだろうか。
……こんな時に限って蓮二も仁王も居ない。いや、居ても困るのだが、こう、対応が出来ない。





「で。私さ、まだ返事貰ってないんだけど」

ブッと思わず吹き出しそうになった。折角、彼女が持って来たスポーツドリンクだというのに。
奥ゆかしさだとか恥じらいなどは一切ない。全てにおいて直球にストレートに言葉を発してくる彼女にいささか戸惑うな。
確かに…俺は未だ何も返答していないのは事実で、それをどう言葉にして良いのかまだ分かっていないのが現状。
いや…俺がどうしたいのか、どうすべきなのかは分かってるんだ。決めていることなのだが…
いざ、こうしてみると、その…どう言ったら良いのかとか全く分からなくて…真っ白だ。情けないことに。

「迷惑、とかじゃないよね?」
「あ、ああ…」
「うっとおしくもない?」
「ああ…」
「邪魔でもない、かな?」
「ああ…むしろ…その…」

好意を持たれることがこんなにも嬉しいとは思っていなかった。
普段は避けられることが多い俺としては、今の状況は何とも言えないむず痒さを覚える。
だから戸惑う。だけど、ゆいもまた…他の女子と同じように俺を避けたならば寂しく思う。間違いなく、だ。

「ん?」
「むしろ…だな」

これを、この感情を一言で表すならばきっと「好き」だということに繋がるんだと思う。
彼女が「傍に居たい」とストレートに告げるのと同じ気持ちが俺の中にもあって…だからそういうことなんだろうと思う。

「その…」

くそ、こんな時にどう言ったらいいんだ?全く分からん。
もう少し誰かのアドバイスだとかを聞いておけば良かったのか?だが、そこそこのリスクもあって…
そうか、柳生に聞いておけば良かったのか?アイツなら真面目に俺の話を聞いて良いアドバイスを――…

「まどろっこしいっス!」
「あ、赤也。覗きとかしないでよ変態ー」
「そっちが勝手に来たんだろ?つーか、まどろっこしい!」
「馬鹿だねーそこが弦ちゃんのイイトコなんだよ?」
「スパッと自分の気持ちも言えないのの何処がいいんだよ!」

……赤也の言う通りなのかもしれん。

「ゆい」
「あーほら、弦ちゃんが怒って――…」
「お前が好きだ」

今回ばかりは赤也に教えられたような気がした。
自分の気持ちもハッキリ言えぬようでは俺もまだまだ未熟者だな。精進が足りないとみた。
何を戸惑うことがあろうか、素直に思ったがままに告げれば良かっただけのこと。他には何もないんだ。

「お、お邪魔しました…」
「ああ。悪いな、赤也」

気を利かせたのか、退散していく赤也の背中をしばし見送る。時には役立つものだな、アイツも。
そして見た彼女の顔。何を驚くことがあっただろうか、今の返事をずっと待っていたのだろうに。
すまないな、随分と遅くなった気がする。ずっと心の中では決まっていたことなのだが…口に出すまでに時間を要した。
男として情けないものだが、それでも彼女が俺を望んでくれているのであれば――…

「これからも傍に居て欲しい。変わることのない笑顔で…」

旋風を巻き起こすが如く、彼女は上陸した。
全てを越えて、新たな風を背に笑顔で俺の前へと舞い降りた。
それはきっと偶然なんかではない。きっと俺を変えるためにも舞い降りたのだろうと思う。
だから、変わらない笑顔のままで傍に居て欲しい。それが今の俺の望みへと変わっていった。


After that.




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